フリードリッヒ・グルダ「バッハ・アーカイヴ」 (DG)
輸入盤タイトルは「Gulda Plays Bach」である。モーツアルトの時も国内盤ではアーカイヴという単語を使ったが、これはおかしい。
アーカイヴというからには、かなりの量のストック、それも版権などを横断したものが定義されていてその全体を指すか、最低限それから選出したものという背景がなければならない。
それはさておき、フリードリッヒ・グルダ(1930-2000)が1955年から1969年にライヴ、またはプライヴェートで録音したものが探し出され、息子パウルによってリマスター、リリースされたのはうれしい。
平均律Ⅰ・Ⅱ全曲(フィリップス)を聴いても、バッハは得意なはずだが、そのほかにまとまったものがないのは不思議であった。
イギリス組曲第2番、第3番、イタリア協奏曲、ハ短調のトッカータ、旅立つ最愛の兄に寄せる奇想曲、そして自作というLPなら2枚分は、コンサートとしても成り立つだろう。
こうしてきくと、グルダのスタイルはベートーヴェンのピアノソナタ全曲のときとかわらない。バッハの方が録音は先だが、それはあまり関係ないだろう。練習し、譜面を読み込み、解釈を確立して演奏を披露する、それがまったくないわけではないだろうが、それよりも楽譜を見て弾き流していくうちに出てくるもの、それをその瞬間瞬間に感じ取りながら、もちろん時間的な前後、音空間の中で吸収しながら、それを前進のパワーとしていく、その快感が常にある。
グルダのピアノを聴いて、いつも音楽の本質に触れる感があり、しかもそれが気持ちいいのは、そういうわけだろう。グルダのジャズ指向というのも、ジャズが好きだからこういう演奏というわけでなく、逆である。
この中で、イギリス組曲第2番とトッカータは期待通り素晴らしい。また、もう聞き飽きた感があったイタリア協奏曲がこれだけのテンションで弾かれると新鮮だ。そして奇想曲は題名はよく知っていたものの落ち着いて聴くのは初めてで、なかなか面白い曲である。
ところで曲目を見ていると、はてどこかで見たレパートリー?
そう、マルタ・アルゲリッチ唯一のバッハ・アルバム(1979、DG)はこのトッカータとイギリス組曲第2番、そしてパルティータ第2番で、これだけ?とはいうものの、選曲といい、演奏といい、きわめて優れたものであった。
アルゲリッチは若いころグルダに習ったことがあり(グルダが教えた人は稀であるが)、もしかしたらバッハについてはこれらの曲が教材に使われたか、あるいはグルダの選曲嗜好を知ったか、何かあるのかも知れない。想像すると面白いことである。