本蔵院 律良日記

熊本県にあるお寺“真言宗 本蔵院 律良のブログ”日々感じるままに活動のご報告や独り言などを書いた日記を公開しています。

合槌稲荷神社

2020-01-19 19:25:43 | 住職の活動日記

御池の駐車場に車を止めて

そこから「合槌稲荷神社」を

(あいづちいなり)目指します

 

 

三条大橋を渡り、

ここが東海道五十三次の西の起点

ということもあってか

 

 

駅伝発祥の地でもあります

 

 

こういうモニュメントも

立てられてます

 

 

やはり擬宝珠は立派です

天正18年ですか、豊臣初之

秀吉が最初に作ったと彫られています

そこから西に向かって歩きます

 

 

ここを左へ行くと平安神宮

右へ行くと青蓮院・知恩院さん

があります

 

 

平安神宮の鳥居を左に見て

さらに西へ

 

 

ショウウインドウの中に

何と本物のわんこが

何とも気持ちよさげに眠ています

ここらあたりからゆるやかな

上り坂になります

 

 

すると町屋の間に朱の鳥居が

見えてきます

 

 

小さいながらも

立派な扁額が掛かっています

中に入るとまるで民家の通路

 

 

たぶん石畳があるのでそれに沿って

左へ曲がると

 

 

石の鳥居があって

その奥に小さな祠があります

 

 

 

 

この小さな神社ですが

ちょっとした物語があって

平安時代中期・一条天皇の頃

天皇が神からのお告げにより

「三条小鍛冶宗近」

(さんじょうこかじむねちか)に

刀を打たせよ、と

しかし、宗近は光栄ではあるが

自分には今、

相槌を打てる弟子がいない

そこで、一生に一度の大仕事

家の向かいにある御百稲荷神社を

お参りし、一心に祈ると

 

「何を案ずることがあるのか

お主の腕を見込まれて任された

話であろう!

さっさと帰って支度せんか!」

という声、そばに童がいる

まさか、お稲荷様の使いか?

 

ということで

その童と共に打ち始めると

立派に相槌を務め

刀は出来上がる

刀銘は「小狐丸」じゃ!!

 

その相槌を務めたキツネが

祀られているのが

「合槌稲荷神社」

 

 

なかなか面白い物語です

この話は能の謡曲「小鍛冶」

にもなっています。

 

今、御百稲荷神社は

ウェスティン都ホテルの中にあり

工事中で

お参りすることは出来ません。

 

 

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老人必須アイテム!

2020-01-18 16:41:21 | 住職の活動日記

寒がりの私にとっては湯たんぽは

欠かせない必須アイテムです

といっても私の湯たんぽは

「ペットボトル」

これにお湯を入れてタオルで巻いて

両端を輪ゴムで止めるという

簡単なもの

寝る前に足元に入れておくと

ほど良い暖かさ

「頭寒足熱」です。

 

ということで、思い出したのが

仙厓和尚の老人六歌仙にある

「身に添うは 頭巾襟巻 杖眼鏡

  たんぽ温石 尿瓶孫の手」

というものです

若い頃三浦先生に教えてもらい

面白いもののあまりピンと来なくて

他人事のように思っていましたが

最近は私の必須アイテムになって

きたのです。

 

頭巾はこれはあまり被りませんが

大黒様が被っている代物

英語でいうとフードです

パーカーとかの後ろに付いている

あのフードです

そういうとあれがあるだけで

首元も頭も暖かいものです

 

襟巻はマフラーです

首元を温めると体中暖かい

首に巻くだけで着物一枚羽織った

のと同じ効果があるそうです

気功の鍋島先生

「首を温めて!」と

手首足首、それに首、お腹です

なるほど足首レッグウォーマーは

必需品、これがあるだけで

随分と違うものです

 

お坊さん方も白い襟巻をしています

「帽子」というのです

絹で出来ていて一枚あるだけで

着物は首回りがスースーして寒い

これが一枚あるだけで暖かい

なるほどよくできたものです

 

杖眼鏡もいつのまにか

身に添っています

杖だけは今のところ

ポールウォーキングということで

別な意味で大切な代物

今は老眼も落ち着いたのですが

なり始めは進むのが早く

2年に1回は作り変えていました

 

たんぽ温石(おんじゃく)は

タンポは湯たんぽ、漢字で書くと

「湯湯婆」となります

温石は石を温めて寝るとき

それを抱いて寝るというもの

昔は釜土があったので

その残り火に入れて温めたのです

懐石料理の懐石と同じで

修行中は朝昼2回の食事、夜抜き

空腹を誤魔化すため温めた石を

お腹に懐くということで

私の頃はそれがなく

仕方なく白湯を飲んでお腹を温め

ると何んとなく寝れたものです

 

尿瓶(しびん)孫の手と

まだ今のところ尿瓶は必要ない

というところですが

これもまあ時間の問題かも?

今のところ孫の手は使わない

ということですが

これは一つには

風呂上がりにすぐに体中に

クリームを塗るという

娘に教えてもらったのですが

老人性の痒い痒いはないようです

 

他人事のように思っていましたが

いつの間にやらこういうものが

身に添うように

なってきたのですね !!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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あざみの歌

2020-01-17 21:34:47 | フラワー

いつもの散歩道

同じ景色を見ながら

歩いているのに

今日初めて気づくとは

 

 

ノアザミが顔を出していた

春に咲く花なのに

本によると5月から8月と

穏やかな日差しに勘違いした

のかもしれない

今年の暖冬のせいかも

 

 

近寄ってみると

ここ2,3日で咲いたような

初々しい花を咲かせている

 

ふと、昔よく歌った

「アザミの歌」を思い出す

 

山には山の 愁いあり

海には海の 悲しみや

ましてこころの 花園に

咲きしあざみの花ならば

 

と、私の頃は倍賞千恵子さんが

歌っておられました。

この歌は私が生まれるちょっと前

昭和20年に復員してきた

当時18歳の横井弘さんが

疎開先の下諏訪の八島高原で

野に咲くアザミの花に

みずから思いを抱く

女性の姿をだぶらせて

書いたものです

 

2番は

高嶺の百合の それよりも

秘めたる夢を ひとすじに

くれない燃ゆる その姿

あざみに深き わが想い

 

と続きます

今どきの歌もいいのですが

ふたたびこの歌詞を読み返して

みると

心にしっくりきます

 

 

3番は

いとしき花よ 汝(な)はあざみ

心の花よ 汝はあざみ

さだめの径は 涯(は)てなくも

かおれよせめて わが胸に

 

と歌っています

ふとそんなことを思い出しながら

散歩を楽しみました

 

 

また、帰って調べてみると

葉の様子からアザミと似ている

たぶん?

キツネアザミというようです

けど

葉に棘がないので

キツネにだまされたのかな

というのが名前の意味で

アザミの仲間ではなく

昔、稲作文化と共に渡来した

史前帰化植物といわれています

春にはアザミに似たピンク色の

花を咲かせるでしょう

楽しみに見守りたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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多様性・個性・独尊

2020-01-16 20:32:14 | 住職の活動日記

昨日の茂木先生のお話で

一つキーワードになった言葉に

「多様性」ということがあります

人はそれぞれ違う

姿かたちも違うように

考え方も違う、脳が違う

ということです

講演の中では、

東国原さんや橋下さんの例で

話されていましたが

ああいう考え方はそれぞれ脳が

違うということです。

それぞれ脳の作りが違うのだから

考え方も違ってくる

十人十色です。

 

そいう意味で

多様性を認められたのは

お釈迦さまもそのお一人

ではないかと思います

お釈迦さまの十大弟子といっても

それぞれ強烈な個性の持ち主

何かに秀でた方々です

記憶力とか説得力とか

 

そのようなお弟子の中で

際立っているのは「周梨槃特」

(しゅりはんとく)という方

自分の名前も忘れるくらい頭が

悪かったということです

あんな馬鹿な人が

お釈迦さまの教団にいるのは

お釈迦様の名前を汚すことに

なります、破門しましょう

と、他の弟子たちが言うのですが

偉いとか賢いということと

悟りを開くことは別問題として

周梨槃特に箒を与え

「塵を払わん・垢を除かん」

この文句だけ唱えて修行しなさい

ということで悟りを開いたという

 

ですから、頭の良しあしと

目覚めるかどうかということとは

関係ないということです

お釈迦さまはそれぞれのあり方を

尊重されました

一概に仏教といっても

いろいろな形があります

真言宗のように護摩を焚いたりと

また、只管打座といって

ひたすら座禅するという禅宗

専修念仏という

南無阿弥陀仏の念仏を唱える

浄土系の仏教というのがあります

 

しかし、よく考えてみると

お釈迦さまも

さとりを開かなかったら

それこそひどい人です

王子でありながら国を捨て

妻も捨て、子供も捨てて出家した

出家といいますけど

すべてを放棄したのです

常識から言えばこんな無責任な

ことはないと思います

 

お釈迦さまがさとりを得て

国に帰ってこられた

それを見たお釈迦さまの妻は

息子に、

「あの人が私たちを捨てて

 出て行った人です」

文句の一つも言いたかった

のでしょう

息子をお釈迦さまのもとへやると

お釈迦さまの話に頷き

息子も出家してしまう。

 

お釈迦さまのお弟子も最初は

少人数だったのですが

話を聞き付け

教団を率いていた人たちが

こぞって弟子になります

それで教団は大きくなるのですが

お釈迦さまは

自分の考え方にするのではなく

それぞれの考え方を大事にされ

教えの根幹になる部分だけ

諸行無常とかの四法印だけは

おさえてやり方はそれぞれに

任されたのでしょう

 

経典を見ると

三帰依・四法印・四弘誓願

などはどの宗派も共通で

お経になると

各宗派で異なってきます。

そういうところから

お釈迦さまはそれぞれの個を

大切にされたのです。

 

茂木先生の話に依ると

今、日本の教育が大きな転換点に

来ているということです

これからは多様性を大事にする

個性を伸ばしていく教育が

重要になってくるのでしょう。

 

面白いことに

仏さまのことを如来ともいいます

如からやって来た

如というのは「ありのまま」

ということです

自分の本当の姿、ありのままの姿

それが自分自身に現れた

それを如来と

その個性こそ尊ぶべきもの

独尊というのは

自分のありのままが現れた

他に代え難いもの

代えることができないもの

だからこそ尊いのだと

 

お互いに多様性を認め合って

お互いが尊いという世界が

あるように思います。

人間幾つになっても

可能性はあると

若い人はなおさらのこと

 

そういう世界を望みますが

あまりにも先入観が充満した世界

では難しい面もあります。

そういうことがないと

これからの世界では

戦っていけないとおもうのですが

…  …  …

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ど忘れを思い出す力」・茂木健一郎講演会

2020-01-15 20:58:48 | 住職の活動日記

「忘れる」という問題

日々身につまされることです

忘れるという漢字、

同じりっしんべんが付いても

下に付けば「忘」

横に付くと「忙」となります

忘は、わすれる

忙は、いそがしい、となります

忙の方は物事を忘れる原因となる

いそがしさを表す字です。

 

今は忙しくなくても

忘れることが多くなりました。

 

ということもあって

京都新聞で見た茂木先生の講演

早速出かけました

会場を見渡すとそれなりの方々

しかし圧倒的に女性が多い

この企画京都新聞140周年を

記念して行われました

 

 

やはり、

テレビでお見受けする通りの

お人柄で楽しく分かりやすく

それでいて元気を頂くような

お話でした

かいつまんで、

 

頭を鍛えるには

歩く・寝る・雑談する

ということです

ちなみにどんなに進んでも

AIは雑談できないそうです。

150人ほど友達を持って談笑する

のがいいそうですが

普通の私たちには無理なようです

それから、

ど忘れというのは

あれあれ、

とここまで出かかっているのに

出てこない

それは前頭葉で知っていることで

記憶を貯めている所は側頭葉

そこから前頭葉へ伝達がいかない

そのもやもやした気持ちが

ど忘れということで、

何かの拍子に思い出す

すると嬉しい感情が起きる

そのときドーパミンが出ている

ということです。

 

年と共に時間が過ぎるのが

とても早く感じる

若い頃は時間がたつのが

とても遅く感じられる

それはドーパミンが多量に出る

それは年と共に

すべてのことが当たり前と過ごし

感動もなくなると

ドーパミンの量が少なくなる

若い頃には

何にでも興味がわくものです

そして挑戦したくなる

そういうことがドーパミンがでる

要素ということです

 

それから、

人間の多様性ということ

今の教育にも

限界が来ているのではという

指摘もされています

偏差値よりも多様性が大事で

それぞれの個性を受け入れる

偶有性(偶然的な性質)を

認め合う

勉強できなくても素晴らしい

といえるような

お互いを認め合う心が大切と

こうあるべきと思い込んだ時

人は不幸になるのでは

ありのままを受け入れたとき

人は幸せになる

 

その幸せと感じることが出発点

幸せと感じる所が安全基地

その安全基地があればこそ

新たな挑戦もできる

安全基地がスタートラインとなり

そこからチャレンジができる

 

これは何も若い人だけに

限ったことではなく

脳も筋トレと一緒で

鍛えれば鍛えるほど

働きがよくなるということです

ですから、

もう年とは言わずに

色んな事にチャレンジしてみる

好きなこと楽しいことに挑戦する

それがドーパミンを出し

いつまでも若々しい脳を作り上げ

ていくということです。

 

何かしら心が軽くなるような

何時からでも新しいことに挑戦

今更、英会話習っても

誰と話すわけでもなくという

消極的ではなく

学ぼうという姿勢が

ドーパミンを生み新しい脳が

日々作り上げられる

というように感じました。

 

私なりの受け取り方ですが

私なりにとても感動したのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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できる出来ないを超えてやる!

2020-01-13 20:35:19 | 住職の活動日記

できる限り力の限り精一杯やる

というのが普通なのですが

仏教では

できないことをあえてやる

というか

できるとかできないという

ことを決めないで

やるということがあります。

 

矛盾しているようにも

思えるのですが

できる事はできるし

できないことはできない

というのが正直な気持ちです

 

ところが、

菩薩の誓願ということがあって

有名なのは

「四弘誓願」

(しぐせいがん)

という菩薩の願いがあります

その第一は

「衆生無辺誓願度」

(しゅじょうむへんせいがんど)

その意味は

すべての生きとし生けるもの

すべてを目覚ましめんと誓う

ということです

常識的に考えたら

そんな事は無理に決まっています

そして他の誓願も

できるわけないことを

誓っているのです

 

できそうだからやる

できそうでないからやらない

というのはそろばんではないか

ともいえるのです

人間の自分勝手な分別で

できるとかできない

できるならやるけど

できないならやめておく

というのは

私たちの自分勝手な算盤勘定

になるのかもしれません。

 

私たちに感度をくれた

ラグビーのワールドカップ

誰も最初は

ベスト8に残るとは

思ってもいませんでした

しかし、選手たちはだれしも

負けるとは思っていなかった

絶対優勝するのだと

そういう気持ちで臨んだのです

世界の目からしても

弱小の日本がベスト8に残る

とは想像していなかったのです

しかし、

選手たちは自分たちの力を信じて

仲間を信じて力を出し切り

ベスト8を勝ち取った。

 

それから、

お経の中によく出て来る言葉に

「清浄」ということがあります

この言葉を『理趣経』では

「せいせい」と読みます

お経は面白いもので

同じ言葉が繰り返し繰り返し

出て来るのです

何回も言うのであれば

あとは、以下同文で

すませれば短くなるし

簡素化できると思うのですが

この繰り返す言葉が

とてもいいリズムを生み出して

いるのです

 

ところで

その「清浄」ということは

分かったようでわからない

何が清浄なのか

清浄の反対は染汚ですか

辞書には

「悪い行為による過失や

 煩悩のけがれ」

と、書いてあります

 

『十地経』には第二地を

「離垢地」(りくじ)といいます

垢をはなれることによって

清浄になるとでています。

垢ということは煩悩

私たちの勝手な思い込みとも

いえると思います

 

ですから、清浄ということは

私たちの考えの枠を離す

こうと思い込んで決めている

考えの枠を取り払う

つまり、

できるだけのことをやろうとか

できる見込みがあればやろう

というような

そういう自分の思い込みを外して

できる出来ないを超えて

やるというところに

人間の清浄な心が生まれる

その心に自分も感動し

人にも感動を与える

 

まさに、ラグビーのWCでの

活躍は、選手方の

できる出来ないを超えてやる

というところに大きな感動を

生んだと思います

 

できる出来ないを超えてやる

ということは一見無理なような

考えにも思えますが

そうではなく

何事かをやるというときには

当然この心がなかったら

できないということです。

 

(できるからやる

 できないならしない

 というのは人間の浅はかな

 料簡のようにも

 思えてきます)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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世尊

2020-01-12 16:30:42 | 十地経

どのお経にも「世尊」という

言葉がよく出てきます

仏教では「世尊」というと

お釈迦さまを指しますので

当然のことなんですが、

 

世尊という元の意味は

幸せなとか、輝かしい、とか

荘厳な、崇高なというような

ということのようです

そういう意味が

世の中で最も尊い者

つまりお釈迦さまを指して

当時はそのように「世尊」とか

「仏世尊」とお呼びしていた

ということです

 

もとになったインドの言葉は

バガヴットBhagavatで

それを薄伽梵(バガボン)とも

音写するのです

ですからお経には

「世尊」とか「薄伽梵」という

表現で出てきます

 

いつも読む

『理趣経』というお経では

「薄伽梵」と

それを真言宗では

「ふぁきゃふぁん」と読みます

この言葉は繰り返し繰り返し

出てきます

それからもう一つの経典

『観音経』では「世尊」と

いうように出てきます。

 

『十地経講義』では

「世尊」という言葉に

二つの意味があるのではと

言っておられます。

まず第一は

世尊ですからお釈迦さまに

帰依する、帰命するという意味

それからもう一つは

世尊と呼びかけるわけですから

何か問題意識を持って

お釈迦さまに問うたのでしょう

そこで「世尊よ」と

私はこういう問題を持っています

と、

そういえば

『観音経』では

「世尊妙相具 我今重問彼

 仏子何因縁 名為観世音」

というように、

重ねて問う、という言葉で

始まっています。

 

仏さまに帰命するということは

お経の最初は必ず「帰命」

という言葉で始まっています

何となく、帰依するとか帰命とか

分かっているような

仏さまに一切をお任せすという

形で表せば「五体投地」

ということになるのですが

「帰命」、命を帰す

どういうことなのか今一つ

腑に落ちなかったのです。

 

ところが講義では

命というのは命令という意味

ではなく、命言というんです

もう一つは性命という意味も

あるわけです

天の命、これを性となすと、

そういう場合もあるが

ここでは命言ですね

世尊のみことに帰する

そういう意味で帰命という。

 

世尊を礼拝するということになる

というと、一つに礼儀ですけど

礼拝というより帰命という

これは内面的なことなんです

みことに帰する、ロゴスに帰する

ということになります

世尊というような何か形とか

徳とか、人格とか、偉い人だとか

そういうようなところに

帰するんじゃないんだ

世尊の言葉やね、

真理をさとってそのさとりを

表した言葉、つまりロゴス

ロゴスに帰するんだ。

 

それから第二に、

世尊よと呼びかけるところには

帰する意味もあるけど

同時にそこには何か要求がある

世尊よと呼びかけとる要求

帰することを通して

そのそこには一つの要求がある

そのときに「乞加神力」という。

 

(乞加神力-人力を乞い願う)

十地経に出て来る一句です

 

世尊という言葉には帰する

という意味と

何か乞うという、乞い求める

という要求が内にあるだろうと

 

自分の能力を超えたような事業の

ためにはですね、

自分のできる事をやるんじゃない

自分を超えたことをやらんならん

からして、

神力を乞加すると。

 

自分でできる範囲のことを

やるというようなことじゃないん

ですよ

そのようなことでは事業にならん

のじゃないですか

事業という深い意味には。

自分のできるだけじゃなく

できるできんを超えてやらなきゃ

ならんというものが

あるんじゃないですか。

 

というように

講義は続いていくのですが

いろいろな意味で

自分には何となく納得できる

言葉に出会いました。

 

このように

一つの言葉を掘り下げて

話は展開していくのですが

そこがこの講義の

醍醐味のようなところで

ただ順番に解いていく

というのではなく

自分の身に添った話に

なって行くところが

面白いところです。

 

 

 

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まるで歓談しているよう!

2020-01-11 20:53:51 | フラワー

お正月の花から楽しい花へ

お正月というとどことなく厳粛な

花が活けられます

それはそれとして

その花を見ると見も引き締まったり

いいものですが、

令和初めての教室とあってか

にぎにぎしい花が活けられました

 

 

パッと見た瞬間

花同士が賑やかに歓談している

そのような感じを受けます

 

 

我家が一遍に明るくなったような

心まで和やかになってきます

 

 

花器もまだ正月の雰囲気を

残したような姿

 

 

上からのぞいても

花同士がニコニコしている

ようにも見えてきます

 

 

競い合うことなく

それでいてお互いがお互いを

引き立てあっている

 

古来仏教でも

花はとても大事にされました

その中でも一番は蓮の花蓮華です

仏さまが坐られる台座にもなり

さとりを象徴する花にもなり

極楽浄土を荘厳するのも花々です

また、

仏さまが歩かれる時には

「散華」(さんげ)といって

花びらを散らします。

 

そして何よりも

生け花のもとになったのは

荘厳華といって仏前を飾る

仏さまにお供えするお花です

そのお花の活け方が元になり

色々の流派が生まれて

外国にも取り入れられ

フラワーアレンジという形も

現われてきたのです

いずれにせよ

お花を生かし私たちも

生かしてくれるという花は

心を和ましてくれます。

 

今週はこのお花で楽しみましょう

 

 

 

 

 

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初子(ね)の日

2020-01-10 21:36:09 | 住職の活動日記

ネズミ年ということもあって

何かとネズミに関することが

気になるのです。

 

京都新聞で連載されている

「新古今和歌集の森を歩く」

というもの、

小林一彦さんが

執筆しておられます。

 

題 「玉箒(たまばはき)」

『初春の初子(ね)の

  今日の玉箒(たまばはき)

 手にとるからに揺らぐ玉の緒』

 

と、読み人知らずの歌があります

 

初子というのは

その月の最初の子の日で、

特に正月の最初の子の日という

ことです。

その日には野外に出て小松を引き

若菜を摘んだ。

千歳の齢をもつ松を小さな姫松の

内に根ごと引くことで、

引いた人に千年の命が宿ると

信じられていた、ということです

 

玉箒は初子日に蚕室を掃くために

使った箒で、寿命を意味する玉を

飾ってあります。

他しか正倉院の御物の中にあった

ように思います

玉箒を揺らすと魂が活発になり

邪気を払ったということです。

 

まあ、そいうことを詠った

歌なのでしょう。

天皇から玉箒を拝領したのち

揺れる玉の緒とともに

命も清らかになった

それから新年の宴になった

ということです。

 

面白いことに

万葉集にも同じ歌があり

それは大伴家持の歌とあります

それが新古今和歌集になると

読み人知らずとして

取り上げられています。

というのは当時広く知られていた

話にこのようなことがあります。

 

「高貴な姫君が寺参りに出かけた

牛車の窓から外を眺めていると

気味の悪い老法師と目が合った

翌日、

ひどく腰の曲がった法師が

姫君を訪ねてきた。

草庵で70年ほど修行に

専念していたが

お顔を拝してからは何も

手につかない。

念仏の気持ちも失せて

長年の修行も無駄になるかと

思うほど悲しくなり、

せめてもう一度お目にかかりたい

と杖にすがって泣く泣く

まかり越したという。

 

ようやく姫君と対面がかなった

老法師、今度は御手を少しの間

頂戴したいと申し出る。

姫君の手を額に押しあてて

「初春の初子の今日の玉箒

 手にとるからに揺らぐ玉の緒」

の歌を詠じ、

90年生きてきてこれほどの

喜びはない、

と泣いたという。

 

「玉の緒」には、

いのちの意味もあり、

御手をとるだけで

魂が動揺するほど感動した

と家持の歌を借りて

姫君に伝えようとしたのか

自詠に代えてその場に適し歌を

用いることは

風雅な振る舞いとされていた

作者は家持だが

名も無き老法師の純愛は

捨てがたい

それゆえ、よみびとしらず

として入集させたらしい

ということです。

 

なかなか面白い話です

こういうお坊さんと女人の話は

他にもあって、

神通力で飛んでいた仙人が

川で洗濯をしている女人の

裾の中が見えた

すると神通力をなくしてしまい

落ちてしまったとか。

 

一休さんでしたか?

同じように川で洗濯している

女人のものが見えた

すると、

「南無観世音菩薩」と

手を合わせて拝んだという

それを見た周りの人が

「スケベ坊主が!」

というと、

次のような歌を詠んだ

 

「女人をば 法の御蔵というぞ

  釈迦も達磨も

   ひょいひょいと生む」

 

ということです

皆、人というのは

女人の御蔵から生まれてから

まさにお観音さんではないか

ということです。

 

まあ、初といえば

今日は「初ヨガ」でもありました

ふと窓越しに見ると

 

 

美しい虹が出ています

今年も何かいいことありそうな

そんな気がしました。

 

 

 

 

 

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三上山(近江富士)

2020-01-09 20:44:08 | 住職の活動日記

ずっと気になっていたお山

名神高速で通るたびに

美しい姿の近江富士(三上山)を

心の中で念じていました。

 

 

間近に拝む三上山

たまたま、

別の用事で訪れたところが

このお山のふもとにあるお宅です

時間も時間

夜の帳が降りるそのわずかな時間

 

 

角度を変えながら

お山を拝していました

この地に来て初めて知ったのですが

やはり

三上山はご神体でしょう

その麓には「御上神社」があります

 

 

三上でなく御上と書くのか

何となく納得

 

 

立派な神社です

もう薄暗くなってきます

神仏は非礼を受けず

ということがありますので

今日のところはその旨を告げて

 

 

外からだけ一礼して

失礼しました

駆け足でその近くを回ると

 

 

大嘗祭に用いられた田

「悠紀斎田」があります

昭和3年の大嘗祭の時に

三上山の麓の田よりお供えされ

 

 

その後が今もって大切に

残されています

 

 

その先には三上山への登山道の

案内標識があります

是非一度、お山へも行きたいと

思っております

 

通りすがりで見ると

一つのお山のようですが

近くで見ると二つの山が重なった

姿なのです。

 

ある方からのお話を聞いて以来

私にとっては特別のお山

ですから、とても身近に感じる

山なのです。

 

またよく勉強をしたうえで

お参りしたいと思っております。

 

 

 

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