先日、渋川市で地域の古典文学の学習会を指導されている狩野さんとお話をしていた際、次の学習課題が百人一首であると聞きました。
「百人一首」といえば、私にとってはもう30年以上昔に出会った、林直道『百人一首の秘密』(青木書店)の衝撃が忘れられません。その感動の思い出を狩野さんに話したら、この本のことご存知ではありませんでした。経済学者が書いた本ということもあり、未だに古典文学研究の世界では、この衝撃的な発見のことは認知されていないようです。
本書の概要は、検索したら下記のサイトに完結にまとめられていたので、以下に転載させていただきます。
http://angohon.web.fc2.com/rekisi/hi-haysai-hyakuninisyunohimitu.html
1 百人一首は、タテ10首、ヨコ10首の方形の枠の中に、百種を特殊な順序で配列することにより、上下左右に隣り合うすべての歌同士が何らかの共有語=合せ言葉によって結び合う。
2 この歌織物は、右から第7列目をタテに走る月八景によって左右に二分され、右側6列部には、合せ言葉を絵の具代わりに、花咲き、雪舞い、紅葉映え、滝落ち、川流れ、芦しげり、浜辺に波が打ち寄せる、山紫水明、美しい日本の四季の景観が豪華な絵となって浮かびだし、左側3列分には、人を恋い忍び、恨み、なげき、悲しむ、情念が織り込まれている。
3 たんなる観念的な日本的桃源郷の図ではなくて、ある特定の具体的な地域、すなわち新古今花壇のふるさと、水無瀬の里の地形・風物・史実と合致する、極めてリアルな描写となっている。
4 四隅には四人の主要人物の歌が配置され、島流しとなった二人の帝王・後鳥羽院と順徳院、薄幸の佳人・式子内親王の3にんの帰ってこぬ人に対して、定家が「来ぬ人を待って身もこがれつつ」と呼びかけている。
5 右半分には、後鳥羽院の「見渡せば山もと霞む皆瀬川」の歌、左半分には、式子内親王の歌が合せ言葉文字鎖の技法で封じ込まれている。
6 政治的な部分をカットし、別の歌と差し替え、組み替えたのが「百人秀歌」
この2、の説明中で「月八景」なる言葉が出てきます。
この10×10列の歌織物の第7列の10枚の歌が「月八景」ということです。
どういうことなのか、林直道の説明順に歌を並べてみます。
79 秋風にたなびく雲の絶え間より もれいづる月の影のさやけき 左京大夫顕輔
いづる 月
いでし 月
7 天の原ふりさけ見れば春日なる 三笠の山にいでし月かも 安倍仲麿
月 ・ 見
月 ・ 見
59 やすらはで寝なましものを小夜ふけて かたぶくまでの月を見しかな 赤染衛門
かた ・ 月
かた ・ 月
81 ほととぎす鳴きつるかたをながむれば ただ有明の月ぞ残れる 後徳大寺左大臣
月
月
57 めぐり逢ひて見しやそれともわかぬ間に 雲がくれにし夜半の月かげ 紫 式部
月 ・ 見
月 ・ 見
31 朝ぼらけ有明の月と見るまでに 吉野の里にふれる白雪 坂上是則
明け ・ 月
明け ・ 月
36 夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを 雲のいづこに月やどるらむ 清原深養父
月 ・ 明
月 ・ 明
21 今こむといひしばかりに長月の 有明の月をまちいでつるかな 素性法師
長 ・ 月
長 ・ 月
68 心にもあらでうき世に長らへば 恋ひしかるべき夜半の月かな 三条院
あらで ・ 月
あらぬ ・ 月
23 月みればちぢに物こそかなしけれ わが身ひとつの秋にはあらねど 大江千里
十首の間をとりもつ表現が、9ではなく8になるのは、あまり深く詮索しても意味はなさそうですね。
ただ、「月夜野百景」をうたう側からするとこの十首は、「百人一首」の歌織物の左右を分かつ歌として、右側6列部に、合せ言葉を絵の具代わりに、花咲き、雪舞い、紅葉映え、滝落ち、川流れ、芦しげり、浜辺に波が打ち寄せる、山紫水明、美しい日本の四季の景観の絵となって浮かびだします。6列部の上から5首だけ以下に抜き出してみると、
12 天つ風雲の通ひ路ふきとぢよ 乙女の姿しばしとどめむ 僧正遍昭
7列との関係 風 ・ 雲 下行との関係 天
風 ・ 雲 天
60 大江山いく野の道の遠ければ まだふみも見ず天の橋立 小式部内侍
天の ・ 山 橋
天の ・ 山 橋
6 かささぎの渡せる橋におく霜の 白きを見れば夜ぞふけにける 中納言家持
夜更け ・ 見 おく
夜更け ・ 見 おく
83 世の中よ道こそなけれ思ひいる 山の奥にも鹿ぞ鳴くなる 皇太后宮大夫俊成
鳴く 思
鳴く 思
77 瀬をはやみ岩にせかるる滝川の われても末に逢わむとぞ思う 崇徳院
逢 瀬 ・ 川
逢 瀬 ・ 川
・
・
・
左側3列分は、人を恋い忍び、恨み、なげき、悲しむ、情念が織り込まれている。
これもまた上から5首だけをあげてみると
58 有馬山ゐなのささ原風吹けば いでそよ人を忘れやはすも 大弐三位
7列との関係 風 ・ いづ 下行との関係 原 ・ 人
風 ・ いで 原 ・ 人
39 浅茅生の小野のしの原しのぶれど あまりてなどか人の恋しき 参議 等
原 小野
原 尾の
3 あしびきの山鳥の尾のしだり尾の ながながし夜をひとりかも寝む 柿本人麿
寝 ・夜 ひとり寝
寝 ・夜 ひとり寝
91 きりぎりすなくや霜夜のさむしろに 衣かたしきひとりかも寝む 後京極摂政前太政大臣
鳴 ・ かた 鳴く
鳴 ・ かた 鳴く
44 逢ふことの絶えてしなくばなかなかに 人をも身をも恨みざらまし 中納言朝忠
逢 恨
逢 恨
・
・
・
この構図が「月」のもつ日本的役割を際立たせる
最高のお手本であることを強調しておきたいのです。
「月夜野百八燈」のなかに、百人一首の月の歌11首を入れてつくりました。
http://blog.goo.ne.jp/hosinoue/e/de7ef57c3367d4e9f351aea639ac1c36
この歌織物の配置についての参照おすすめ
林直道公式ページ「林直道の百人一首の秘密」
http://www8.plala.or.jp/naomichi/
小倉百人一首は歌織物 《秘められた水無瀬絵図》
http://www.ogurasansou.co.jp/site/hyakunin/hyakunin02.html
このことは、この月八景の十首の歌の左右の歌列が、それぞれまたこの青字のような言葉の相関で織り込まれていることでさらに驚きが増すことと思われますが、その実態は是非、本書を読むことで味わってみてください。
余談ながら、四隅に配置された定家と後鳥羽院、順徳院、式子内親王の位置づけのなかでも
対角線状に配置された定家と式子内親王の関係 http://www.nippon.com/ja/views/b02802/
年齢差から実話ではないとかの説もあるらしいけど、歌の位置づけから、ただならぬ想いであることは間違いない。