一昨日、精養軒に勤めてみえた伊藤さんからハガキが届いていました。
精養軒跡にて
翌日は精養軒の奥様と会われたそうで、昔話に花が咲いた様子でした。
バスを降りるとすぐに精養軒さんの喫茶店は見つかりました。奥様とは同じ年代で終戦後の混乱期を苦労して来られたので、話が合い楽しいひと時でした。 昭和32年精養軒在職中の昼食は、売れ残りのパンを蒸し器で蒸して頂いた、そんな毎日でしたが、奥様が「私も食べました。それはお婆さんの指示でした」と言われたのには吃驚しました。旦那様が使用人以上に遊び好きであり、使用人の遊びは寛大であった様です。四日市での良き思いでとなりました。
精養軒跡にて
翌日は精養軒の奥様と会われたそうで、昔話に花が咲いた様子でした。
バスを降りるとすぐに精養軒さんの喫茶店は見つかりました。奥様とは同じ年代で終戦後の混乱期を苦労して来られたので、話が合い楽しいひと時でした。 昭和32年精養軒在職中の昼食は、売れ残りのパンを蒸し器で蒸して頂いた、そんな毎日でしたが、奥様が「私も食べました。それはお婆さんの指示でした」と言われたのには吃驚しました。旦那様が使用人以上に遊び好きであり、使用人の遊びは寛大であった様です。四日市での良き思いでとなりました。