小津安二郎の「秋刀魚の味」がDVDになっている。この映画は何度も繰り返して観ている。昭和37年の芸術祭参加作品だ。
小津は明治36年東京の深川に生まれ、大正2年松坂に移転、宇治山田中学校を卒業した後、飯南郡で小学校の代用教員を勤めている。三重県に縁のある監督だ。
年頃の娘(岩下志麻)を持つ父親(笠 智衆)が、老いた恩師(東野栄治郎)と嫁ぎそこなった娘(杉村春子)の生活状態をみて、娘を嫁に出す決心をするというお話だ。日常の生活が、時には小さな波乱があったりして、ほほえましいユーモアを交えながら淡々と流れていく。
昭和37年当時の情景を見るのも楽しい。銀座のビルに立つ、森永ミルクキャラメルのネオンサイン。少し郊外に出ると、そこには荒地が残る。トリスバーの前には、バヤリースオレンジの木箱が置いてある。工場の煙突と機械の音が住民の生活と同居している。戦後、ようやく落ち着きを見せ始めた頃の風景だ。
長男(佐田啓二)と嫁(岡田茉莉子)は近くのアパートに住む。2DKの小さな住まいだが、当時は憧れの住宅だった。隣へ物を借りに行った岡田茉莉子は、置いてある掃除機を見て、使い心地を尋ねる。テレビ・冷蔵庫・掃除機が三種の神器と言われていた。
DVDになって、画像が見違えるほどきれいななった。居間の茶箪笥には明治屋のジュースと味の素が見受けられる。東野栄治郎の営む小さなラーメン屋の机にも、味の素の空き缶が箸立てになっていた。味の素はよく使われていた。オイラが小さい頃、ご飯に胡麻と塩をかけて食べようとして、間違って味の素をかけて震え上がったことがある。
トリスバーのある路地にはバヤリースオレンジの空き箱が目に付く。カウンターのあるバーでは、トリスウイスキーをストレートで小さなグラスに入れて、豆をほおばりながらグイッと飲んだ。
椅子を出して佐田啓二が柱時計のネジを巻くシーンがある。ついこないだまで時計はネジを巻かなくては動かなかった。
娘がいよいよ嫁ぐ当日。父親に挨拶をして家を出る岩下志麻。そして画面は式の終わった夜に飛ぶ。結婚式の様子はここには出てこない。
娘の居た二階の部屋と、寂しさを噛みしめるかのような父親の後姿を、少し離れたところから撮ってこの映画は終わる。
音楽もいい。この作品が小津の遺作となった。何度観てもいい映画だ。