渥美清 没後20年“寅さんの向こうに”小泉信一監修 週刊朝日MOOK
山田洋次監督“寅さんと渥美清と”より
「渥美さんは東京の下町で貧しい少年時代を過ごしました。病弱で学校は休んでばかり。戦後の混乱期の不良少年時代を経て、浅草のストリップ劇場でコメディアンとしてデビューし、そしてテレビ、映画を通して喜劇スターとなる。その渥美さんの人生観や美意識、感性を土台に落語に登場する「熊さん」をモデルにして生まれたのが「車寅次郎」です。
詩人でした。人間を、自然を、実に美しい言葉で表現する人であり、社会のあり方や時代について鋭い批判眼をもった人でした。組織や団体に帰属することなく、ひとりの個人として、何が正しくて何が間違っているかを厳しく判断できる人。偉い人や権力者にはまったく興味がない。不幸な人、大きな声を出せない人、つまり社会の弱者の味方であり、生涯を通して決して、それを裏切らなかった人でした」
映画撮影の合間などに、渥美は時々カメラマンのムトー清次を散歩に誘った。東京浅草の「駒形どせう」で鍋をつついた時のことだ。渥美はつぶやいた。
「どじょうなんて、馬子が食うようなものだったがね。立派になっちゃって」
ムトーが
「佐藤(栄作)首相も好きらしいですよ」と返すと、渥美は言った。
「栄作さんも、馬子だったのかねえ」
にやりと笑った渥美の顔を、ムトーは昨日のことのように覚えている。