きのう配信しました。
今号のコラムは、前号で示した「何でもいいから本人がやっていることを認める」という考え方を受けて、特に「インターネット」や「ゲーム」の場合を取り上げ、親御さんが具体的に何が心配なのかによって本人への伝わり方が違うことを指摘したうえ、116号のテーマ「本丸を攻める前に堀を埋める」を引用して、対応のあり方をひと通り述べています。
ひと言でまとめれば「やらせるかやらせないか」から「どのようにやらせるか」へと視点を変える、ということになります。そこには「熱中することの良し悪し」より根本的な「安心感や肯定間の有無」という問題意識があります。
「インターネット/ゲームをどうしたらやめさせることができるか」とお悩みの親御さんに発想の転換を迫る内容ですので、疑問や不満をお感じになった方が少なくないであろう“問題作”です。
そういう親御さんには、今週土曜日に開催する家族会「しゃべるの会」という、筆者に直接疑問や意見をぶつけ、答えを聞く絶好の機会がありますので、ぜひご参加ください。また、次号では今号のような内容をなぜ書いているのかについて、その一端を説明する予定です。どうぞ配信をお待ちください。
『ごかいの部屋』202号を読む
「しゃべるの会」の要項を見る
今号のコラムは、前号で示した「何でもいいから本人がやっていることを認める」という考え方を受けて、特に「インターネット」や「ゲーム」の場合を取り上げ、親御さんが具体的に何が心配なのかによって本人への伝わり方が違うことを指摘したうえ、116号のテーマ「本丸を攻める前に堀を埋める」を引用して、対応のあり方をひと通り述べています。
ひと言でまとめれば「やらせるかやらせないか」から「どのようにやらせるか」へと視点を変える、ということになります。そこには「熱中することの良し悪し」より根本的な「安心感や肯定間の有無」という問題意識があります。
「インターネット/ゲームをどうしたらやめさせることができるか」とお悩みの親御さんに発想の転換を迫る内容ですので、疑問や不満をお感じになった方が少なくないであろう“問題作”です。
そういう親御さんには、今週土曜日に開催する家族会「しゃべるの会」という、筆者に直接疑問や意見をぶつけ、答えを聞く絶好の機会がありますので、ぜひご参加ください。また、次号では今号のような内容をなぜ書いているのかについて、その一端を説明する予定です。どうぞ配信をお待ちください。
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