hyperclub

パソコン教室アイラブハイパークラブです。
教室に流れるBGMなどを紹介します。

音楽もバックアップ

2005-05-19 23:58:00 | 音楽
 長男が大量のCDを抱えて教室にやってきた。サーフィンへ行く途中だと言う。
「そのCDって、もしかして…」
「うん、焼いてぇ」
それにしても20枚はあるぞ。

 息子の考えはこうだ。これから暑い夏。車で聴こうと思って置きっ放しだと、車内の日中温度は想像もできない温度だ。赤ん坊が死ぬほどの暑さであり、もしかして生卵が温泉卵に化けそうに思えるほどだ。それが分かっていて、高価で、大切な原盤を置き晒にできようか。バックアップであればオリジナルは救われる。

 とか、なんとか結局、うまく言い含められてしまったようだ。

 最近、気づいたのだが、喋るのが面倒くさいといった風情が消え、積極的に話しかけるようになった。帰宅すると茶の間で妹や弟と語らっている姿を目にすることが多い。哲学めいたことやら、アイデンティティに触れる類のものも少なくない。我が家のペースメーカーになっておるのか、自然と家庭内でのコミュニケーションも活発になっている。

 特に長男における芸風が変わったと感じたのは、こんなことがあった時のことだ。流しで滅多にやったことのない洗い物をしていた。このぼくがである。昼食を摂りに来た息子がそれを見て言ったのだ。
「ありがとうなぁ。ええことやなぁ。これからも続けたいなぁ。」 

 もし、それが
「これからも続けよなぁ」
だったらどうだろう。立派な強制もしくは命令と受け取れる。おそらく、ぼくの対応は、カチンと来るか、そうでなくともいささか気分を害したに違いない。

 ところが、
「続けたいなぁ」
であるから、こちらもとっさに、
「そうやなぁ」
と応じた訳だ。

 勢いで、
「座布団、一枚!」
と掛け声を上げたくなったが、表現ひとつで人間関係が円滑になるということを教えられたような気がし、息子を育ててくれている職場に思わず頭を下げた。

 しかし、最近の若者の音楽の趣味は悪いと思うのだが、そう言っちゃあ学習が足りないか。逆に、オヤジの趣味こそ古いと切り返されそうだ。


天使の声を永遠に

2005-05-18 23:38:22 | 音楽
 内孫に恵まれたばかりのYさんは還暦を何年か前に越された元栄養士さん。定年で退職されてからのパソコンでの活躍ぶりは、文字通り、「使い倒す」という表現がぴったりあてあまる。

 積極果敢といおうか、デジカメをもう一台購入しようかと検討されておられるようだし、先だっては、より高品質、高機能なプリンタを導入されたばかりだ。もちろん、それもこれもすべてお孫さんの成長をしっかりデジタルで記録させるためだ。

 古風で、純日本的女性の代表ともいえる彼女だが、多芸多才は皆の知るところ。ばかりか、定年後も新しい資格を取得するため留学されたり、ライフワークともいうべき健康体操の推進に勤められたりと、まさにアクティブを絵に描いたような方で、ぼくは「やんちゃ姫様」とお呼びする。大変失礼な言ではあるが、ニコニコと受け止めてくださって、誠に豊かな包容力の持ち主でもいらっしゃる。

 今日の質問は「音が出なくなった」から始まったのだが、これは難なく解決し、ボリュームの位置、マイク端子の位置を確認すると、
「えっ、パソコンで音声が録れるのですか?」
「あのー、音楽CDを前に録ったじゃありませんかぁ…」
これは迂闊であった。ぼくが不親切だった。お孫さんのお声をカセットデッキに納めてみえるという。申し訳ないことだ。だって、歯が生える前の声はまた格別で、まるで天使の声なのだから。

 世はデジタル時代、K氏などは自分の過去のクラシック・ギター演奏会のライブ・テープをデジタル化すべくONKYOのオーディオ・プロセッサーを導入して、せっせと作業に余念がない。PCマイクは一本、千円もしない。まあ、大切なお孫さんの声をそんなチープな機械で扱うには役不足だろうが、不可能ではない。まずは録音できることを確認する程度でよいだろう。

 マイクをパソコン内臓の端子に差し込んで、「アクセサリ」から「サウンドレコーダー」を起動する。操作は、普通のデッキにあるものと同じようなものが画面上に表示されるので、録音ボタンをクリックするだけだ。停止ボタンをクリックして、「ファイル」メニューから「名前を付けて保存」…、他のソフトと手順は何ら変わらない。

 将来、民生機といえども、もっと廉価で、より高機能な再生装置が誕生するのも不思議ではない。そのために高音質な音源にしておくことが望ましい。そこで、マイクロフォンやオーディオ・プロセッサーにこだわることになる。

 それを教えてさし上げれば、Yさんの眼、さらに輝くことになるだろう。彼女にとってお孫さんはなにより宝なのだから。ぼくの声が悪魔の囁きに聞こえないだろうか、ちと心配である。

 フラット・マンドリンで「My Old Kentucky Home」を弾き始めた。楽譜がないので我流を通しているが、フライドチキンが食べたくなるほどの出来にはなって来ている、と言ってみるテスト。


XPでシステム設定ユーティリティ?

2005-05-17 23:57:00 | 音楽
 リアルプレーヤーのアイコンがシステムトレイに入って点滅している。目障りでしょうがないので、削除したいのだが…と、電話による質問が入った。リアルプレーヤーを必要とする音源は滅多に使わないし、XPになってからのWindows Media Playerがお洒落だし(おそらく10になってからね)、こちらを使いたいから不要だという訳だ。

 実は先日も同じ質問があり、常駐するソフトを外すには、「システム設定ユーティリティ」の「スタートアップ」へ行こう、と答えたばかり。「アクセサリ」から「システムツール」と行って「システム情報」を開く、そして、「ツール」メニューから「システム設定ユーティリティ」を呼び出せばOKだよ。

 ところが、ところが…。お気づきだろうか、これ、Windows98やMEでの場合だ。XPでは、「システム情報」はあっても「システム設定ユーティリティ」はどこにもない。思わず恥をかくところだった。

 そういえばXPでは常駐ソフトはどれだけあっても気にしたことがない。メモリ管理が上手で、以前のOSに比べシステムリソース不足を気にしなくてよい。だから、「システム設定ユーティリティ」など使ったことがない。今回が初めての事例だ。

 そういやあ、MEでも、「スタート」→「ファイル名を指定して実行」から「msconfig」と入力して入ったっけ…、と、思い出した。で、XPでもやってみる。行けたぁ。でも、名前が「システム構成ユーティリティ」と変わっている。

 日々、メモリ管理においてXPはすごいと実感する。MEでは日に3度は飯ならぬ再起動が必然だ。だから、滅多に使わない機能として隠したのかな。

 XPで常駐ソフトは外す必要が生じるときはおそらく起動時間を早くしたいときだろう。無駄な常駐ソフトを外せばそれだけ早く立ち上がる。覚えておきたい。ただ、すべて外すのは危険だ。システムとウィルスソフト関連のものは残すというのが鉄則であるのは言うまでもない。

 ここんとこ朝夕めっきり寒く感じる。油断して体調を崩すのはこんな時だ。隣のシェフから借りたCD、アコギによる「明日があるさ」を聴き元気をもらうことにする。息子にも早く聴かせてやりたい。


女は実体だが、男は現象だ

2005-05-16 23:56:00 | 音楽
 「灯台下暗し]とはよく言ったもので、隣のシェフがクラプトンの「Tears in Heaven」のギター譜を所有しているとのこと。さっそくメールを息子に送ってやる。すぐさま返信がきたが、その文面はこうだ。
「やったぁ~。本当に嬉しい!アルペジオみたいな感じの楽譜なん? ハウルのパンフレットにのっていた言葉なんやけど、『女は実体だが、男は現象だ』っていう意味わかる?」
少年と青年が同居しているかのような文面に思わず顔がほころぶ。それにしても、後の方の問いに何と答えるべきか。しばし悩む。メールでは語りつくせない重みがあるようで、じっくり週末に語り合いたいものだ。

 確かに知命を過ぎると、ペシミズムの陰が色濃く漂うようになる。そんな辛いネガティブがかった言葉は、弱冠はたち、前途洋洋の若者には納得しがたいだろう。フィルターをかけるのは慎みたい。そこで、
「男というのはどんなに偉ぶってたとしても飄々と風に舞う枯葉のようなものさ。それに比べ女性はドッカと地べたに足を下ろししっかり影を落としているだろう…」
さらに惑わすようなことで煙に巻いてどうするとは思うが、もっと深く自分なりに探求してもらいたい。自分の言葉で、自分の等身大で、真摯に考え始めたばかりなのだ。

 隣のシェフは新しいパソコンを前にデータの移行に懸命で、せっかくの休業日もパソコンの前に付っきりだ。

 かたや、師匠の旅館のHPでは、リンクのページからバナーの画像が×になってしまうと女将さんからメールが入る。さっそくプロパティを調べ、FTPサーバーでは受け付けない記号がファイル名に付いていることを指摘する。独自の健闘努力の甲斐あって時間をおかずに無事復旧とのこと。が、今度はマップの画像が消えた旨、メールが届く。これも解決は時間の問題だろう。成長の著しさに目を見張るばかりだ。

 友人のレストランの移転に伴うHPのトップページ変更とオークションで落札した分の送金手続きをあわてて処理する。

 夜はモモちゃんの授業。先週は授業中居眠りしていたんだとぉ。ブログにも書いてあるらしいが、ちっとも気づかなかった馬鹿がひとり。『女は実体だが、男は現象だ』。


本日ノートン・デー、強力なサポーターだ

2005-05-15 23:58:00 | 音楽
 土曜日から日曜日にかけて更新が滞ったのは、三日坊主のせいではないと宣言したい。また、ご心配をおかけする向きには体調不良によるものでもないことを明言し、ご安心いただきたい。

 実は、K氏宅のパソコンにスパイウエアが潜り込み、とんでもないことになっているという報に接したからだ。さっそく、SYMANTECのサイトからオンラインスキャンをかけてみる。恐るべし、感染ファイル数、612。数えるだけで、Dialer.WSV、Adware.SAHAgent、Trojan.Adclicker、Dialer.Target、Spyware.Apropos、Adware.BargainBuddy、Adware.BetterInternet、Adware.NetOptimizer、Adware.180Search、Adware.Sa、Adware.BargainBuddy、Adware.SAHAgent、Adware.Envolo、PWSteal.Trojan、Downloader.Trojan、Adware.SAHAgent、Spyware.Apropos.B、Backdoor.Trojan、SecurityRisk.Downldr、Adware.Websearch、Adware.UCMore、Adware.ZangoSearch、Trojan.Anicmoo、Bloodhound.Exploit.6、と、トロイの木馬のデパートだ。まあ、土曜の夜は、偵察のようなものだった。

 氏の塩ビ管のスピーカーをぜひとも拝聴したいと息子たちが言い、あるじの気鬱に思いを馳せることもなく物見遊山で同行する。天真爛漫に感動する子らに、パソコンの状況など忘れたかのように懇切丁寧に解説してくれるK氏の度量に感嘆した。教え上手はさすがだし、プロだ。

 今日も夕刻前にモス志摩店にアンチウィルスソフトのインストールに出かけ、日曜の大繁盛の最中、皆さんのお邪魔をしつつ片付けてから、さらに授業の後、K氏宅に。Norton アンチウィルス2005をぶち込んでみた。どうやらインストールは成功。アクティブ化も、アップデートも、多少時間がかかったものの、何とか行けた。ウィルススキャンに行くまでに512ほどを検出、削除し、さらに完全スキャンをかけている。次の予定があったので、氏に完了後、さらにセーフモードで再度完全スキャンをかける旨、指示して、教室に戻っている。あくまで応急処置で、おそらく、レジストリの大掃除が待っていると考え、準備をしているところだ。

 思えば、今日はノートン・デーだった。夜の授業でも、アップデートに失敗するというノートパソコンにSYMANTECのサイトからLiveUpdateの最新版「lusetup-lt.exe」をインストールして解決した。LiveUpdate を実行すると「LU1803: 更新版の取得中に LiveUpdate が失敗しました」というエラーが発生する方には、お勧めだ。

 今日はまったく音楽には縁のない一日だったが、充実感はあった。体調は回復の気配だ。

 ※後日談として※ 結局、K氏宅のパソコン、再セットアップすることにした。トロイの木馬も2、3個なら後学のため駆除に勤しむのはやぶさかではないが、数が数だけに再セットアップが早いと決めた。事実その通りで、多少の外観の使用感は否めないが、ソフト的にはまるっきり別もののごとく切れのよいマシンとなって復活した。常駐ソフトを厳選したこともあり起動時間も見違えるほどになった。ノートンを入れ直したのは言うまでもない。


鬼のかく乱

2005-05-13 23:32:22 | 音楽
 昨日、久々に身体が不調を訴え養生することにした。思えば嫌な天気で、予感はあった。どんよりとして、今にも振りそうな按配といったときに年に一度は起きるいつもの症状だ。少し前までは風邪だと思い寝りゃ直ると思っていたからノー天気だった。睡眠と運動が不足し、ウエイトが若干過剰になれば、という条件に気づいてから自制に入るのだが今回は手遅れだった。悪寒と吐き気、眩暈が同時に来る。撃たれ弱さを自覚する。おまけに脂汗と来ては、すぐ降参だ。

 元気なときと違い、時間の流れが遅く感じられる。症状を和らげるべく、ひたすら目を閉じようとするのだが、些末なことばかりに思いが駆け巡る。答えのなさの堂々巡り。知性の欠如に虚しさを覚え、自己嫌悪に陥るばかり。

 明け方には回復はしたが、目覚めの思考はこうだった。
「ご主人様と呼べ!」
なんぞと口走るのだけで妄想が入っている。現実の社会で実現させたいと思った瞬間に病院行きだ。

 どうやらテレビをつけっぱなしにして眠ってたらしい。ニュースが睡眠学習としてインプットされていた。嫌な世の中に戻ってきた。

 テレビを消し、「 O Brother, Where Art Thou? 」を聴けば、いつもの朝だ。節煙と禁煙の文字が浮かぶ。


12弦ギターの登場

2005-05-11 23:17:17 | 音楽
 オールドタイムミュージックとフォークソングがダウンロードできる、 「WOODSONGS OLD-TIME RADIO HOUR」 を徘徊していて思いだしたことがある。もの心ついてからの音楽シーンでもっとも衝撃を受けたのはおそらく12弦ギターの登場ではなかっただろうか。

 中坊の頃だろうから、今のようにたやすくギターを買える時代ではなく、まして田舎だからフォーク・ギターなんぞ見かけることはなかった。ギターと言えば、レコード店の天井からぶら下がる胴の丸いやつだけだと思っていた。それすら欲しくてたまらないのだが、正月が10回ぐらい来ても到底手に入らないように思え、遠い存在であり、憧れの的だった。

 ズンズンと重厚で、腹に響く迫力のあるそのギターの音色に始めて接したのは、ルーフトップ・シンガーズの「ウォーク・ライト・イン」を聴いたときだったか。女の子ひとりと男性2人のグループだったように思う。女性のボーカルが素直で、透き通っていて、ギターの重みと妙なコントラストを醸しだしていた。

 東京でオリンピックが開かれた頃のことではなかっただろうか。すべて記憶は微かで、頼りない。町全体が音楽における未開地だった。ラジオでこんな前衛的な、ジャジーで、ブルージーっぽいものを流せるような時代ではない。友だちのお兄さんからか、親戚のはるか年長の兄貴からか、ソースがどこからだったのか今でも謎だ。銭湯で浪花節をうなるのが普通という時分だっだ。

 その少しあとだろうか、同じグループの「MY Grandfather's Clock」を聴いてバンジョーに魅せられたのは。軽めに流すギターのリズムとスィング・コーラスの後、間奏にバリバリとブルーグラス・バンジョーが走り出すのだ。大胆なアレンジメントにはひとたまりもなかった。カントリー・ジェントルメンの同曲も悪くはないのだが、強烈な洗礼を受けた分、印象は薄れる。

 ネットをさ迷っているうちに、いつしか自分のなかでフォークソングとブルーグラスがクロスオーバーした瞬間に立ち入っている。不思議な感覚だ。


突然かな入力になってしまった

2005-05-10 23:58:00 | 音楽
 パソコンに向かうと途端に摩訶不思議なできごとに遭遇する。どんな操作をしたものやら、果たして自分がしたのか、いいや自然とそうなったのものか、判断がつかないまま画面は現実に異次元に飛び込んだかのごとき様相を呈する。

 今日の質問の電話は、突然、
「ローマ字入力がかな入力になってしまった」
というもの。税理士N氏からだ。ふだんから冷静沈着、物静かな風貌からは想像もできないようなあわてぶりで、これはこれでレアもの動画集に留めおきたい所作である。

 メールアドレスを入力しようとすると「カナ」が出てきて、何としてもローマ字に戻せないというのだ。
「キーのどれかを押してしまったんだんだと思うのだが、ハテ…?」
この質問、実は意外と多い。

ずばり解決策は、
[Alt]キーを押しながら[カタカナ/ひらがな]キーを押す
だ。Windowsの環境下で日本語入力を「MS-IME」に設定している場合、ローマ字入力とかな入力の一時的なキー操作での切り替えを[Alt]+ [カタカナ/ひらがな (ローマ字)]に割り当てている。[Alt]キーはキーボードの左右にあるのだが、右側の[Alt]と [カタカナ/ひらがな (ローマ字)]は隣接している。おそらくショートカットキーを覚えたての氏は、[Alt]キーを押すつもりで、両方押してしまったものと考えられる。事実、彼の指はフランクフルト・ソーセージより太い。タイミングの問題だろうが起こりがちだ。

 ちなみに[Shift]と[Ctrl]を同時に押し続けながら[カタカナ/ひらがな]を押してもよい。

 タッチタイピングというぐらいだから、叩くのでもなく、押さえるのでもなく、ピッチを浅く、赤ちゃんの肌をなでるような感触でキーボードを扱うとよいだろう、とアドバイスしたのは言うまでもない。

 今日、冬のソナタの音楽が話題になった。携帯の着信音がそれだったから。あらためて思ったのだが、いい曲だ。マンドリンでマスターしたら女性に受けるかも知れない。ギターで弾けるようになったというさっとん、あんたの狙いは確かだ。成果が気になってしょうがないのだが…。


ハートのエースが出てこない

2005-05-09 23:57:00 | 音楽
 朝から探しものだ。ものはWEBデザインのネタ帖

 昨日の夜、もっとも乱雑なコーナーを片付けていて見つけ出したのだが、これを必要とするひとに思い当たり大切に扱おうと別の場所に置いたつもりなのだ。

 HPづくりはいつも新しい芸風を注ぎたいもの。悩んだときもう一度原点から見つめなおすのはとてもよいことだ。違う視点で見つめるのに極めて役立つ本なのだ。

 最近、こういう忘れ物が多い。いや、子どもの頃から、クラスで一番を誇る忘れ物の名人だったか。とみに増して近ごろは顕著だ。

大事なものだから整理しとこう
当然置き場所が変わる
いざ要るとき探さなければならない
どうでもいいようなときに見つかる
結局、失くすために整理していることに気づく
じゃあ整理しなければよいのだ
挙句、欲しいときに探す羽目になる

確率として、乱れているときの方が探しやすい。新しい法則の発見だ。

 そうした最中、豊田市で働くよっちゃんからSOSが入った。CDを焼いているときに、キャリブレーション・エラーというメッセージが出て、焼きに失敗するんだとか。PCはメビウス、ソフトは「Drag'n Drop」だそうだ。
「再起動をかけても駄目だし、いったん電源を落しても同じです。一枚目はうまく行ったのに…」。
メディアとの相性が悪いか、焼きの速度が速すぎないか、ドライブが壊れたか、いろいろな原因が考えられるが、まず設定を見てもらう。それから、Googleで、「"Drag'n Drop"?キャリブレーション・エラー」で検索してご覧とアドバイスする(?はスペースだ)。冷たいようで気がひけるが、遠く離れた子には自助努力が必要だ。

 30分ほどして成功の報がはいる。
「速度が最大になっていました」
とりあえず、2~4倍速あたりに設定を変えたとか。

 めでたい。しかし、探しものは見つからない。それほど大きな教室ではない。まさに迷宮と化している。キャンディーズのあの歌を口ずさんでいる。半分泣き声だ。


茶どころ志摩の新茶

2005-05-08 22:35:48 | 音楽
 志摩半島は茶どころでもある。温暖な気候とリアス式海岸特有のなだらかな丘陵が茶の栽培に適している。ぼくの住む鵜方では、大正年間から昭和の初期、緑茶用の木を利用しての紅茶の栽培まで手がけていたらしい。ブランド名を「日の本紅茶」といい、産業振興博覧会で優良国産賞を受けるなど優秀な品質を誇ったという。

 今でも町の人はお茶にはうるさい。古老のお宅にお邪魔すれば、炬燵ではなく鉄茶釜がしゅんしゅんと沸きたつ火鉢の前に案内され、茶道具から煎茶碗まで自慢話をさんざ聞かされながら何杯もいただくことになる。当然トイレの御用が多くなり寒い冬の日などは泣かされる羽目になる。お暇してからも大変なのだ。

 ぼくの祖父が昔お茶の先生だったと聞かされている。道理で古風な茶道具が何組も納戸から出てくる訳だ。遊びざかりに、
「ホタエルなっ」
と、一喝されることが多かったのは、ぼくがヤンチャだったからではなく、掛け軸や黒檀の棚、もろもろの陶器類を壊されたくなかったからに違いないと、あまり茶に対する印象はよろしくないのだが、いただくのは好きである。ときに家人が興に乗れば点ててくれる抹茶は格別のものがあり、茶筌の動きに見惚れるている。食後のお茶、三時のお茶、接客のお茶と、日本茶の持つ深さは限りなく、日本人としての誇りのようなものを意識させてくれる。ただ、作法には無案内で、茶の客としては最低であり、それでも無頓着を通すあたりが哀しくもある。

 今日はN氏が新茶を届けてくれた。このGW中、暑さと毛虫に悩まされながら摘み取ってくれた苦心の賜物である。茶の道にはうとくても、茶摘の労苦が並大抵でないのは知っている。
「ありがとう」
の一言では到底感謝の念はあらわせるものではない。重い気持ちをありがたく頂戴する。茶どころ鵜方でもピンの部類の逸品であり、舌先に覚える妙味は筆舌につくせるものではない。自然と顔が綻んだ。条件反射である。

 古来、町に伝わる茶山節という古謡がある。

お茶の茶の茶の茶の木の本で
お茶も摘まずに色話よ

歌詞は無数にり、本来は高尚で、粋で奥深いものが多い。残念なことにぼくはこれしか覚えていないど阿呆だ。