どうでもいいこと

M野の日々と52文字以上

厄除けの前の

2017-01-24 23:44:49 | 日記

厄年というのは男女で違います。女性の厄年は少し早いですね。そこはどうなのかと思いますが、なかなかに面白いのは男性の基礎代謝の変わる頃が厄年になっています。たしか最初は26歳ですか。ここで激太りが増発しますね。それは若いと思っているから若い時のように食べるからです。それは基礎代謝が下がってきたからです。で、40代の厄はさらに下がる頃です。内臓から全部が衰えてゆきます。厄というのは男性では、けっこうあてになるものです。老眼が先にわかることかもしれません。

厄払いで重要なのは自覚でしょう。自覚があった上で厄払いは有効だと思います。日本の神様は助けてくれるけど、根本的なことは自助努力ですから、自分でわかって厄払いしないと、神様も助けようがないわけです。そう、日本の神様は救いませんからね。助けますからね。でも拝まないと怒るのが厄介です。

ということで。厄払いしなかった私ですが、余裕があったらやってください。儀式というのは自覚させるためにあるものです。そのための準備とかめんどくさいのですが、そこも含めての厄払いです。ただ自覚したからといってシタの息子が覚醒するわけではありません。

ただ、厄年が固まった年代より、今の時代の方が長生きになっています。その意味では厄年というのは今は少し違うようになってきていると思います。女性の厄が希薄になり、男性の本当の厄も少し先延ばしになっているように感じられます。

自覚が希薄であればこそ、厄払いは大切だと思います。自覚するためにね。


なんだろうね

2017-01-24 22:00:41 | 日記

 

今日も平和でしたと言いたいことなのだが、私は平和でも、私の未来は相変わらず暗いし、世界はさらに暗い。まるでSF小説を見ているようだ。

 

 

自由主義経済のいいところは、責任が明快だということだ。東芝が倒産しそうなのだが、なぜかメモリー部門を売り払って原子力部門を残すという。逆に今だと原子力部門を買い叩きたい企業がいっぱいいるので、そちらが優先されそうなのだが変なことになっている。

株主はどう考えるのだろうか。

わかるのは原子力部門は国家と繋がりすぎているのだ。国家が助けてくれればいいのだが、国家は民意で動く。政権でも変わる。その怖さが、この中にある。原子力部門は、他に売却できないのではないのか。東芝が解体されない限り三菱も日立も引き受けないのだろう。

国家はここがとても怖いところがある。だから企業は自由でなければいけない。

 

 

今週はプーランクばかり聞いている。「仔象のパバール」の管弦楽団版を再認識できた。とてもいい曲だ。

ただね、プーランクってなんでこうまたイラつく曲ばっかりなのだ。すごくいい曲が多いのだが、何かイラつかせるのだ。多分これはパリっ子に対する私の僻みなのかもしれない。

そう、フランス音楽の最大の問題はイラつくことだ。なぜかラヴェルにはないのだが、それは彼がスペインの重い血を受けついでいるからかもしれない。構造がしっかりしていて気がついたらどこか別なところに持ってかれてしまうのだ。ドビッシーは実はワグネリアンなので、その辺実は安全なのだ。

プーランクのエスプリは、全くそういったことがなく徹底的にパリなのだ。もうその軽やかさに対する管弦楽の扱いの全くの現代音楽ぶりと、流行の取り入れ方とか、その手癖とか、いいんだけど大好きなんだけど、ものすごくイラつくわけだ。

で、なんでプーランクを聞いているかといえば、トランプさんを忘れられるからだ。もっと酷いのがいるからそれを忘れるために、全く真逆な、トランプさんにはありえないエスプリ、イラつくエスプリを注入しているのだ。アメリカ人も日本人も理解できない世界をね。

世界は大きな物語を希求しているように思える。だが大きな物語が瓦解した時にプーランクはいたわけだ。彼の音楽は、小さな物語すら瓦解した世界では、極めてロマンティックに響くのだ。たとえイラついてもだ。クセナキスのように生真面目な音楽は今はとても良くない。

几帳面に不真面目であることこそが、今重要なのだ。

 

 

 

「alternative facts」の訳なのだが、ようやく適正な訳にたどり着いた。「もう一つの真実」だ。

さすが冷泉氏だ。確かに交換可能とかそういった意味合いはあるが、二者択一という意味合いがある。その意味では「 もう一つの真実」は苦しいが正しい言い訳でもある。

ただ、なぜオルタナティブという言葉を使ったのかはよくわからない。別な言葉があるのではないのかと思う。「選択可能な真実」という言葉でもあるからだ。その危険性は誰もがわかる話だからだ。

 オルタナティブ・ライト思想の表明なのかもしれないと、かなり疑っている。

いずれ単純な数字だけでこの言葉を出すのは、全く良くない。


少し晴れた

2017-01-24 01:01:43 | 日記

 

今日は午前中だけ晴れた。

 

 

 

トランプさんの側近が、インタビューで「あなたは嘘だと言っているが、彼らがスパイサー報道官に示したのは、alternative facts(代わりの事実)だった」と言った。代替的な事実?選択的な事実?全く意味がわからない。事実は選択できるのだろうか。確かに誰もが正しい数字を持っているわけではない。全ては推定値であり、トランプさんが150万に見えたけど?というのも一つの数字だし、報道官の72万というのも主催者側の過大な見積もりというよくありがちな話だと言ってもいい。確かに日本でも警察発表と主催者発表が大幅に食い違うことはある。だからマスコミは書き方を変えたり、印象の部分で書き方を変えたりする。

 alternative factsという言い方には、そう言った意味合いがあるのだろう。だがここでは多分、トランプさんから示唆された数字から導き出された、選択された事実なのだろう。少なくとも150万ではないと認めてはいる。



それではテレビの視聴率はどうだったのか。

ニールセンの大統領就任式の視聴率調査は、69年のニクソンから始まっているが、12回の大統領就任式の調査結果がある。一位はレーガンの1期目の4180万人、2位はオバマの1期目の3779万人、3位はカーターの3412万人、4位はニクソン2期目の3295万人だ。5位にトランプさんの3060万人が来る。

結論から行けばトランプさんは確かにオバマ2期目の2060万人より多いのだが、本人が1100万人多いとツイートしているのだ。トランプさんは数字に弱いのではないのかという指摘がされているが、今回もこのいい加減な数字の扱いには驚く。

彼は富豪の経営者なのだ。



ただ、この件はとても後を引きそうだ。

21日にドナルド・トランプ氏自身が「マスコミとは戦争状態にある」と述べたほか、22日にはラインス・プリーバス首席補佐官が米メディアについて、「この大統領の正当性を損なおうとしている。ただ何もしないで座視するつもりはない」と述べた。」

NBC番組「ミート・ザ・プレス」で司会のチャック・トッド記者はコンウェイ氏に、なぜスパイサー報道官は最初の記者会見で「ほぼ確実に虚偽の内容を口にしたのか」と質問。これに対してコンウェイ氏は、「そのような言葉で報道官について話し続けるなら、あなたたちとの関係を考え直さないとならないでしょう」と返答。」

マスコミとの戦いを演出しているのだろうが、本質的な意味を忘れている。この政権は事実を見ようとしないと印象付けたに過ぎない。いやむしろ白を黒と言い放つ、虚偽に持ち溢れた政権だと自信満々で言ってしまったのだ。その上で「そのような言葉で報道官について話し続ける」という言い方がえらく気になる。この政権はとても権威主義だということになる。

そしてなのだが、この数字の問題はトランプさんのプライドには触っただろうが、極めて些細な話なのだ。こんなことで患う必要もないことで、どんどん悪い方向へと引っ張ってゆく。いや、これが悪いことだと全く思っていないのだろうか。嘘をついたとかそう言ったことを細かくいうつもりはない。

この政権は、こんな些事でこんなにグチャグチャなことをいうということは、中国共産党の方がまだマシに思えるような隠し事をしかねないということなのだ。習近平やプーチンのようなデリケートさは全く感じない。独裁者を尊敬しながら、独裁者のやり方は全く知らないようだ。



今日もトランプさんの話題になってしまった。だがやっぱり彼の醸し出すものは、明らかに問題がある。

こんなゴミのような数字で、マスコミと対立する意味もないのに。しかも閉ざした政権を目指しているのではないのか、そう言った可能性も見えてくる。

議会はどう考えるのか、こんなちっぽけな問題がかなり響いてくるのではないのか。政府のだすものには虚偽が混ざっている可能性がある。そう判断するのではないのだろうか。

そしてだが、炎上商法は体力があった方が勝つ。その意味では政府の方が強い。だがアメリカのメディアは寝技が得意だ。彼らが何をするのか、楽しみだ。