水上陽平の独善雑記

水上陽平流の表現でいろいろな事を書いています。本館は http://iiki.desu.jp/ 「氣の空間」

「迷説幸福論・134」

2010-01-11 23:03:29 | Weblog



幸の項(こうのこう)

この世に生また役割。
誰でも共通の役割。
唯一の役割。
「生きとし、生きる」

最後が何時だか、わからない。
何処だか、わからない。
どんな理由か、わからない。
わからない事は、わからない。

だが、明確なことがある。
生まれてきた。
そして、生きている。
最後まで、精一杯生きる。

         
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
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「迷説幸福論・133」

2010-01-10 20:58:23 | Weblog



幸の項(こうのこう)

感謝は一方通行じゃない。
一体感に近い。
共通した生命を感じる事。
自と他の生命が同じだと知ってしまう事。

自分の望みが叶う事ではない。
欲が満たされる事でもない。
自他の境が消える事。
そこに幸が出現する。

何かを得る事ではない。
「こだわり」が消えると幸が出現する。
夢や望みとは違うのだ。
夢が叶っても幸は出現しない。
幸は生命に関与する。

         
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
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「迷説幸福論・132」

2010-01-09 21:41:40 | Weblog



幸の項(こうのこう)

生命への関わり方。
この世に存在する大きな鍵だ。
生命が基本であり、全てとなる。
だから、生命賛歌は全ての解決への道でもある。

生命への感謝で幸は出現するが、
感謝は言葉じゃない。
態度でもない。
意識でもない。

意識を超えた所。
あるいは、意識を静めた所。
生命を感じた所。
生命と一つになった所。

         
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
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「迷説幸福論・131」

2010-01-08 18:51:11 | Weblog



幸の項(こうのこう)

言葉にすれば違和感がある。
それでも言葉でしか表せない。
幸が出現する方向。
「生命に感謝」

生きているモノなら出来る。
誰でも、何処でも、どんな状況でも。
今、生きている事に感謝。
それで、幸が出現する。

幸が出現すれば、方向が適している証拠だ。
生命が全う出来る方向だ。
それが、この世に生まれた意味になる。
全う出来れば、体験できる。
方向が適していれば、体験は濃くなる。

         
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
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「迷説幸福論・130」

2010-01-07 18:20:24 | Weblog



幸の項(こうのこう)

幸になる条件は無い。
強いていうなら、生きている事。
この世の幸だ。
生きている事が前提だ。

それなら、誰にでも当てはまる。
どんな状態でも当てはまる。
余命一ヶ月と宣告された患者さんでも。
意識不明の重病者でも。
爆弾が降ってくるガレキの下で暮らす人々も。

明日の生命はわからない。
だが、今の生命はある。
ならば、幸になれるのだ。
グレちゃん(創造主)は生命に平等だぜ。

         
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
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「迷説幸福論・129」

2010-01-06 20:57:19 | Weblog



幸の項(こうのこう)

生きている肉体は単なる物質ではない。
見えないモノが肉体と重なっている。
心、意識、感覚、精神、魂、志、等々・・・
見えないモノは、見えるモノ(肉体)に付くのだ。

幸は見えないモノの代弁者となる。
生命が光る、温まる、やわらぐ時に出現する。
出現しても、見えないけどねぇ・・・
だが、本人は自覚できる。
あぁ、幸せ・・・・

幸せ感がある方向。
それが生命が全うできる方向。
何も特別な条件が必要なわけじゃない。
方向は、誰でも向くことができるのだ。

         
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
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「迷説幸福論・128」

2010-01-05 20:36:17 | Weblog



幸の項(こうのこう)

幸は目的だと思っていた。
しかも、最終目的地かと思っていた。
天国とカブっていると思っていた。
方向探知機、方向指示器とは思わなかったなぁ。

この世では、ある意味、あやうい生命だ。
肉体が故障や壊れると、生命は危機になる。
そうならないように歩く方向がある。
それが、大きく広い意味での「健康」だ。
それにより、生命は全うできる。

だが、大きすぎて方向がわからなくなる。
それぞれが、勝手な健康を主張する。
その為に、誰でも判断できる仕組みが肉体に付いている。
自分で判断できる仕組み。
それが、幸だ。

         
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
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「迷説幸福論・127」

2010-01-04 22:06:18 | Weblog



幸の項(こうのこう)

幸の役目。
単純に嬉しいだけじゃない。
幸福感という感覚だけじゃない。
それは方向を示すシグナルなのだ。

そうかぁ・・・
幸は方向探知機なのかぁ・・・
だから、この世では幸福感でいいのかぁ・・・
有限の生命に、永遠の幸福はそぐわない。

有限の生命だから、下手すると切れてしまう。
予定より早く終わってしまう場合がある。
いずれ終わるが、全うするほど意味が多くなる。
それには、全うする方向がある。

         
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
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「迷説幸福論・126」

2010-01-03 22:45:07 | Weblog



幸の項(こうのこう)

素直になれば、当たり前に気づく。
物質界にの特徴。
人間という肉体の特徴。
有限で、一方通行の変化。

成長し、熟成し、老衰する。
それぞれの変化の体験。
いつ、どのように終わってもいい。
固有の体験となる。

ならば、幸はどうなる。
それぞれの肉体に固有に付く。
そして、ある方向で感じる。
物質界の幸は、幸福感でいいのだ。
真実、不変の幸ではなかった。

         
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「迷説幸福論・125」

2010-01-02 19:27:35 | Weblog



幸の項(こうのこう)

真実世界とこの世は別次元。
この世は物質(色)界。
幸は物質(肉体)に付く。
幸は有限である。

この世からは、真実世界は幻世界だ。
真実世界からは、この世は幻世界だ。
今、自分が何処にいる?
この世にいるなら、この世のルールがある。

幸は肉体に付く。
ここに気づけば、求める方法が判る。
立派な幸の道は、実用的でないと判る。
精神(魂)の進化は、あの世ですればいい。

         
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
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