水上陽平流の表現でいろいろな事を書いています。本館は http://iiki.desu.jp/ 「氣の空間」
三日間続けて訪れた。
その次の日にお礼をもって本人が来た。
そして感激の言葉を頂いた。
最初の日で痛みが無くなった。
三日目で血膿が止まった。
信じられない。
私は生駒やセミナー等で目の前での変化を見ている。
いろいろな人がたちまち変化するのを見ている。
だから、信じられないわけではない。
この氣功が変化を促すのは、充分信じていた。
戸惑うのは、それを私がした事の方だ。
私自身は他人に影響を与えるような人間じゃない。
更に、何もわからないままだったのに・・・
後には、いろいろ理解できる。
何もわからなかったから、ストレートに伝わった。
余計な考えや、余計な力みも無かったのが幸いした。
私の能力では無い事を、充分意識していたのが幸いした。
で、思った。
他人に氣功するには、知らない事が多すぎる。
知りたい事が多すぎる。
今後は、もっとマトモに学ばなくては・・・
私には珍しい、マジメモードが始まった。
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。
治療・若返り・悩み相談受付中。日本中出張します。
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17年間封印していた本物の「氣入れパワーストーン」を販売開始)
毎日が初めての出来事だ。
しかも予測も対処もわからない。
何が起こるかわからない。
それでも怖さも拒否もなかった。
お前(私のこと)は、多分、大丈夫だ。
聞こえない声だが、何となく言われている。
10ヶ月前の異次元現象のお陰のようだ。
潜在意識か何かに、事前の準備をしてくれていたようだ。
意味が解明されなくても、心は安心できるのだ。
次の日。
訪れると、その婦人はやたらに明るい。
そして、また同じように手を近づけた。
今なら平気で触れるし、その方が効果が上がる。
だが当時は、他人に触るのは苦手だった。
10代の頃から、触るのも触られるのも苦手だった。
15年後になり、私は元々氣功師の体質があったと気づく。
やはり同じように身体から冷たい風が吹く。
やはり同じように気持ち悪くなり、痛みだす。
それでも少しは慣れたのか、厳しさが少し弛んでいるようだ。
昨夜と同じように、そろそろ限度、というところで止めた。
また、次の日の依頼を引き受けて。
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母以外でも痛いと感じる。
冷たい、そして私の手も冷たくなる。
何よりも、気持ち悪いのだ。
私の胸が何とも表現し難い嫌な感じが湧き起こる。
私が初めて「癌の氣」を感じた日だった。
後には、幾度も同じような感覚になる。
十年も過ぎると、癌の感覚も様々な違いがあると知る。
ともかく、その時には初めてだらけの出来事。
どこで手を引き、いつ止めるのかも判らないまま。
仕方ないので、限度だ、というところまで我慢した。
後に、御師匠様となった白髪のオッサンに言われた。
手を引き上げるのが、それでは遅い。
自分の心臓に入る前で止めろ。
そうでないと・・・死ぬぞ。
一時間くらいだったろうか。
あまり憶えていない。
私は多分、かなり疲れて帰ったような気がする。
次の日も氣功に訪れる約束をして。
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60歳になるというその婦人は、まず身の上話から始めた。
夫を病院の過失で亡くしたという。
その後病院を憎み、自分の病などの検診さえ訪れなかったようだ。
やがて、どうやら乳癌のようだと気づいた。
不安と、憎しみの間に時を過ごして、症状は進行したようだ。
今では、毎日痛く、そして乳首から血膿が出るという。
当時の私は癌の知識も無かった。
次の年から3年間、東京に病と健康についての勉強に通う。
更に後に、鍼灸師資格の為に3年間学校にも通う。
そこで解剖、生理、病理などの基礎を学ぶ。
だが、その時には何も知らなかった。
それが、どんなに厳しい状態かも知らなかった。
とにかく、胸の上20センチ離して手を近づける。
その途端に、胸からビュービューという勢いで風が吹く。
相変わらず戸惑う事ばかりだ。
私だって人体から風が吹くとは信じられない。
だが、事実なのだ。
それもクーラーの冷たい風のようだ。
私の手が、たちまち冷たくなってくる。
気持ち悪い・・・
冷たい・・・
痛い・・・
とは、本人の前では言えない・・・
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ぜひ、私の身体を診て氣功して下さい。
イキナリ言われても・・・
母には毎日氣功していたが、その他にはしたことがない。
診方も治療の仕方も、更にいえば氣功の仕方だって知らない。
身内(母)だから勝手に手を向けてできるのだ。
その時には、他人に氣功をしようとか思わなかった。
そんな重いモノを背負うようなマネは私には似合わない。
私は、母が少しでも楽になればよかったのだ。
あの、白髪のオッサンが好きだから追いかけていただけだ。
だから、そういう方向で氣功を学んでいなかった。
私は全くの素人だという事情を説明した。
ところが、その婦人は真剣そのものだった。
切羽詰っていた。
それでもいいから、と言う。
元々優柔不断な私だ。
断りきれなくなっていた。
私の店では氣功する場所もない。
(その頃は、横にならないと出来ないと思っていた。
今は、立っていようが眠っていようが出来るけど)
すると、その人の自宅まで来てくれ、と言う。
私は戸惑いながらも、なるようになれ、と訪れた。
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私の身体が変質している事を自覚できた。
すると変えてくれた白髪のオッサンが恋しくなる。
初めてのオトコが忘れられなくなるオナゴのようなものか・・・
こ、こんな、身体にして・・・憎いヒト・・・
(す、すいません、私は不良品の弟子です・・・)
本妻も三歳になったばかりの息子も一歳前の娘も忘れたわけじゃない。
一応家族、家庭持ちだという立場を忘れたわけじゃない。
ただ、薄れていただけだ。
その代わりに、あの白髪のオッサンを追いかけ出した。
セミナー、体験講演会、講習会・・・
そして、帰ってきて数日経つと、また感覚が変わる。
より細かな区別や、新たな感覚が判るようになる。
私は、鈍感な体質だと思っていた。
今でも敏感だとは思えない。
それでも感じるモノは感じる。
区別できるモノは、区別できるのだ。
私の感覚が優れているからではなく、変わっただけなのだ。
そうして、また母に氣功すると、母も変化する。
毎日一緒に暮らしている姉が、その変化に驚く。
驚くから友人知人に言う。
ある日、私の店(土産店)に一人の婦人が訪ねて来た。
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自分が最初から不出来だから幸いした。
これが出来る人だと、つ、つい、混同するらしい。
自分が、つ、つい、進化したのだと勘違いするらしい。
努力する人だと、自分の努力が実ったと思ってしまうらしい。
私に努力の才能はほとんど無いのが幸いした。
人間、何が幸いするか判らんぞ。
あのキリちゃん(キリスト)も言っていたらしい。
心貧しき者(私だ)、お前ぇ等はラッキーだぜぃ。
超偉大なキリちゃんの言葉だ。
今の世間の常識より信用できる。
私は、人(特に私)は未熟な生物だと思っている。
謙虚なのではない。
どう見ても、単なる事実だ。
これほど世界の交流が出来ても、未だ戦争しているんだぜ。
人間がアホじゃなければ、どう説明するんだ。
ともかく、氣功中は自分の氣を極力使わないですむ。
「氣」は「命」とイコールじゃないが、かなりカブる。
そういうわけで、私は通常よりゆっくり進むこととなる。
進むも老いるも成長も同じだ。
だから、食事も睡眠も少なくてすむ。
才能も努力も微少だと、貧乏には事欠かない・・・
この氣を中継している身体は、貧乏向きともいえる・・・
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17年間、少しも進化もマトモにもならなかった。
というか、私は進化や老化が遅くなっていた。
最近、特に当時を知っている人から言われる。
先生、変わらないねぇ・・・
変わらないわけじゃないのだ。
通常より、時間速度がゆっくりなのだ。
故御師匠様が言っていた。
これは「お前の氣」じゃないぞ。
「自分の氣」だと思ったら、自分の氣が出てしまう。
そんなモノ(私の氣)より、ずっと大きな氣を扱っているのだ。
私は元々、自分の性格を(ある程度)知っている。
自分の氣など、高が知れてる事をわきまえていた。
使えるようになった氣が、元が宇宙だか地球だか知らない。
だが、一人間より遥かに大きな氣だと知っている。
私はいいかげんだが、自分の氣と混同するほどボケてはいない。
私は傲慢だが、そこまで混同する勇気がない・・・
それが、どうやら「この氣」を長く扱えるようになった要素らしい。
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相手からの痛みや「氣」を感じるようになった。
数日して、今度は自分から出て行く「氣」を感じるようになった。
これが「氣」を出す感覚かぁ・・・
そう思っていた。
更に数年して、それは少し違うことに気づいた。
説明がメンドウだから、普段は出すと表現している。
いわゆる中国気功なら「氣」を出すのだろう。
だが、私の場合は少し違う。
出すのではなく、瞬時に同調ワープしているようだ。
私の身体から出ているのと、少し違うのだ。
私の身体に同調して、そこから放射されている。
それは身体の内部ではなく、表面で同調しているようだ。
内部を通しているなら、私はもっとマトモに変わったろう。
何しろ、その「氣」の性質は「調和」のようなのだ。
ところが私は調和などしていない。
ワガママだしキマグレだしスケベだし破戒(法を無視する)型だし。
だから17年毎日氣功しても、少しも進化もマトモにもならない・・・
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後に、相手から受けるモノはもっとある、と感じるようになる。
例えば、感情。
通常、感情は手を触れるだけでは伝わらない。
話やその他の雰囲気などで、少しずつ伝わるものだ。
あるいは、自分が共感した時に伝わる。
ところが手から伝わるのだ。
私が初めて、他人の感情が伝わるのを知ったのは講座時だ。
最終日に近い頃、幾つかの輪になってアラハン行というのをした。
特に難しいわけではない。
アラハン(阿羅漢の意味らしい)という言葉を出すだけだ。
そのうちに、私の隣から一つ離れた人の感情が流れ込んで来た。
講座中はここには書けない特別な現象に幾度も出くわしていた。
それでも、こんな事もあるんだ・・・
内心はビックリした。
詳しい事など、もちろんわからない。
だが、悲しみだけが伝わるのだ。
しかも、誰から流れているか、その瞬間にわかってしまうのだ。
よく、他人の痛みはわからない、という。
他人の感情は伝わらない、という。
全く同じモノかどうかは、誰にも判断できない。
それでも、痛みも感情も伝わるモノなのだ。
世間の常識は、当てにならないものなんだ。
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