「風間陽水の依頼簿（カルテ）・529」

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カルテ番号　へ・1（28）

院長は辺見豊の顔を見て、微笑んで言った。
「人は、面白いものですねぇ」
辺見豊はそんな院長を改めて観察した。
この院長は・・・かなりの年齢かもしれない。
見た目ではわからない。
世の中はわからないことだらけだ。

「先生、とても失礼な言い方かもしれませんが・・・
先生は、普通の人間ですか？」
院長は少し表情を硬くしたようだった。
「どうして、そう思われたのでしょう？」
辺見豊はその言葉と表情から、何か秘密があるように思えた。
「いえ、私より遥かに若いと思っていましたが、話しているうちに・・・
私よりも遥かに長く生きているのでは・・・という感覚になりました」

院長は微笑んだ。
「辺見さんが私を何歳と思われたのかわかりませんが、辺見さんよりも年下ですよ。
そうですね、樋口さんよりも、少し下ですね。
でも、そう感じていただけたのは褒め言葉と受け取っておきます」
そう言われても、やはり院長は普通の人ではないと思った。
だが、そんなことも世の中にはあるだろう。
今、辺見豊は急速にやる気が湧いてきている。
今後の人生が、とても楽しみだ、と感じている。

（登場する人物・組織・その他はフィックションです）

（過去のプログは本館　「氣の空間・氣功療法院」です。
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カルテ番号　へ・1（27）

辺見豊は少し考えてから言った。
「妻への思いも手放す、ということですか？」
「ある意味、そうともいえます。
ですが、手放す、というのは自由にまた触れるのですよ。
背負っていたものを手放す。
しっかり握っていたものを、手放す。
そして、触りたければ、もっと軽く優しく触りましょうよ」

目が覚めた。
そういうことか。
捨てる、という意味をはき違えていた。
手放す、という意味を勘違いしていた。
もっと自由になれる、ということなのだ。
そして、それは、もっと深い愛情になれる、ということなのだ。

確かに、僅かの言葉で人は目が覚める。
目が覚め、身体と心が軽くなると、生きる意欲が湧く。
辺見豊は、まだ具体的なプランが出来ていないまま、次の目標が出来た。
「先生、私は新たな会社を設立します。
まだ、その内容さえ決まっていないのに、会社を創ります。
そして、そこに樋口さんを引っ張り込んでみたいです。
あの人と、とてもやりがいのある仕事をしてみたい」

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「風間陽水の依頼簿（カルテ）・527」

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カルテ番号　へ・1（26）

辺見豊は何を話していいのか、何を訊きたいのかもわからない。
それでも、今日のうちに何かをつかみ取りたかった。
「実は、私は・・・」
と自分の事を話し出した。
２年前に妻が急死したこと、そして１年間閉じこもっていたこと。
社長を引退して、何もやる気が起きなかったこと。
やがて外に出るようになって、山を歩くようになったこと。
先日、たまたま樋口氏と山で出会ったこと。

院長は黙って聞いていた。
「私はおそらく、新たな人生を歩きたいのだと思います。
今までとは違う自分になってみたいのだと思います。
樋口さんに魅かれたのも、先生のところに来たのも、その為のような気がします。
７０歳になって、もう一度新たな人生を歩きたい。
でも、それには今までの自分とは違う何かが必要なのです」

辺見豊の言葉が途切れてから、院長は静かに話し出した。
「辺見さんの人生は辺見さんが決める事です。
ですから、これは私の考えですよ。
私は人が新たな人生を歩きたい時、変わらなくていいと思っています。
変わるのではなく、何かを背負う、あるいは、何かを捨てる。
辺見さんの場合は、それまでの人生が多くを背負ってきたようです。
だから、ただ手放すだけでいいと思いますよ」

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カルテ番号　へ・1（25）

軽く揺り動かされた。
「辺見さん、一応時間となりました。
まだ、ぼや～としますが、徐々にハッキリしますから。
頭が疲れていたようですね。
何十年ヵ分が溜まっていたと思います」
確かに、頭がぼんやりしたままだ。

「先生、時間延長ということで話をお願いしていいですか？」
「この後の予約もありませんし、構いませんよ。
おそらく、また気功をすると、すぐ眠ってしまうと思います。
ですから、あちらのイスでお話をしましょう」
きっとそうなのだろう。
話をしたいのに、これではすぐ眠ってしまいそうだ。
今までにない、気持ち良さだ。

頭が働かないが、心がとても安定している事に気がついた。
「不思議な感覚です。
何と表現していいのか・・・
予想と違いました。
いろいろな意味で・・・
これは・・・体験しなければ分からないでしょうね」
院長は微笑んだだけだった。

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頭が疲れていたようですね。
何十年ヵ分が溜まっていたと思います」
確かに、頭がぼんやりしたままだ。

「先生、時間延長ということで話をお願いしていいですか？」
「この後の予約もありませんし、構いませんよ。
おそらく、また気功をすると、すぐ眠ってしまうと思います。
ですから、あちらのイスでお話をしましょう」
きっとそうなのだろう。
話をしたいのに、これではすぐ眠ってしまいそうだ。
今までにない、気持ち良さだ。

頭が働かないが、心がとても安定している事に気がついた。
「不思議な感覚です。
何と表現していいのか・・・
予想と違いました。
いろいろな意味で・・・
これは・・・体験しなければ分からないでしょうね」
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カルテ番号　へ・1（24）

「頭が硬いですね。
長年、フル回転していたのでしょうね。
そして、軽い頭痛がありますね。
血圧も高くなりがちのようです。
食事で対応できる程度ですので、食品に気を使って下さい。
食べ方も、もっとゆっくりと心掛けて下さい」

どうして判るのだろう？
何故、軽い頭痛があるのが判るのだろう。
誰にも言ったことはないのに。
そして、食べるのが早いのも話していないのに。
だが、今まで少し気にはなっていた。
注意して変えていこうと思う。

更に院長は言った。
「呼吸が浅いですので、意識して下さい。
意識するだけで結構です。
意識するだけで深くなりますから。
辺見さんの求めているものは、もうすぐ見つかりますよ」
呼吸と求めているものに、何の脈絡があるのだろう。
この院長は・・・。
そこで辺見豊は、深い眠りについてしまった。

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カルテ番号　へ・1（23）

院長は思い出したようだ。
「ああ、あの山好きな方ですね。
もしかしたら山の民の末裔かも、という話をしました。
混じり気の少ない、純な気持ちの方でした。
特別変わったわけではなく、元々、気持ちの素直な方ですよ。
良い意味で、単純な心、といえばいいのでしょうか」

確かにそうだった。
余計な考えを入れない。
素直に心を現しているように感じた。
あの歳で、あの単純さは、とても貴重だと思う。
人は良い悪いは別にして、生きている過程で様々な事に出会う。
どうしても、その様々な複雑を心に反映してしまう。

院長は言った。
「まぁ、樋口さんの事は置いておきましょう。
とりあえず、こちらで仰向けになって下さい」
そしてマットに横たわった辺見豊の身体を軽く触った。
その間、３分くらいだ。
「内臓関係は良好のようですね」
次に頭の方に移動して、指で頭を触られた。

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「風間陽水の依頼簿（カルテ）・523」

カルテ番号　へ・1（22）

翌日、その治療院に行った。
辺見豊は長年経営者として腕をふるってきた。
店や会社の規模は問わず、何故発展しないのか。
どうしたら業績を伸ばせるのか。
そういうことに敏感だった。
その視点からだと、この治療院は経営的には下手だ。

「予約した辺見です」
「どうぞ、こちらに」
院長は４０代くらいか。
だが、辺見豊は多くの人と会っている。
通常とは違う、とは感じていた。
それが何かはわからない。
構えが・・・みえない。

簡単な記入をした後、院長が言った。
「それで、電話では来院目的がはっきりしないようでしたが・・・
気功を体験したい、ということですか？」
「それもありますが、実はここは樋口さんから教わりました。
あの人があまりにかろやかそうだったので、魅かれました。
そうしたら、ここで変わったのだという話でした。
私も、樋口さんのように、かろやかな生き方をしたいと思いました。
もちろん、変えてくれ、ということではなく、そのヒントにでもなればと」

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カルテ番号　へ・1（21）

「そうだね。そうだったね。
迷うくらいなら行動に移せ。
それが私の信条だった。
行動して、人に会って、そこから先が変わっていった。
どう変わるか、変わらないのか、なんて考えていなかった。
早速、そこに連絡をしてみるよ」

教わった番号に電話すると、留守番機能になった。
何だか肩すかしをくらったようだが、要件を伝えた。
そして、お茶を飲みながら、先ほどの家政婦の言葉を思い出した。
かまってやれなかったが、それを妻は淋しがっていなかった。
むしろ、それを喜んでいてくれた。
今度こそ、吹っ切れたような気がする。

１時間もすると、その治療院から電話があった。
出張が多く、結構留守になるらしい。
とはいえ、決して流行っているわけではないようだ。
いつでも空いているようなので、翌日の午前中に予約した。
病も悩みも迷いも無くてもかまわない、らしい。
きっと会えば、何かが変わる、と思った。

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「風間陽水の依頼簿（カルテ）・521」

カルテ番号　へ・1（20）

辺見豊は家政婦に言った。
「ちょっと意見を聞きたいが、いいかな？」
「何だか分かりませんが、私の考えなど、とても参考になどなりませんよ」
「それでもいいから、正直に思った事を答えてくれないか？」
そして、樋口という男と出会い、ある治療院を紹介された話をした。
そこに行くかどうかを迷っている、と話した。

家政婦はあまり考えないで言った。
「私には難しい事はわかりません。
でも、旦那様は活動的に外に出て、いろいろな人と出会う方がいいと思っています。
奥様が無くなられて、家に閉じこもっていました時もそう思っていました。
奥様に対して、かまってやれなかったと後悔していましたが、それは勘違いです。
奥様は、旦那様が外で活動的に飛び回っているのが好きだったのです。
多くの人と出会って、会社の為に働いている姿が好きだったのです」

辺見豊は、改めて家政婦の言葉をかみしめていた。
何故、もっと早く、この家政婦に訊ねなかったのだろう。
家内に一番近くて、一番長く一緒にいたのは、この家政婦だったのだ。
家内の事を一番良く知っていたのは、この家政婦だったのだ。
その言葉は、家内の心情なのだろう。
「ありがとう」
それしか、言えなかった。

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