東京の土人形 今戸焼? 今戸人形? いまどき人形 つれづれ

昔あった東京の人形を東京の土で、、、、

とりあえず並べてみました

2010-12-18 21:33:28 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

2007_0101_000000p1011118_6    連日夜なべして、何とか干支の兎の人形の色塗りがひと段落しました。

といっても素焼きしてあった分全てが塗り終わったというわけではないので、まだ塗り続けていかなければなりません。

とりあえずご紹介させていただこうと思います。

今回はこれまでHPで既にご紹介しているものを含めて昔の今戸焼の土人形を手本としたもの6種類+創作1種類。

画像後列、左から順に、、、

①子抱き兎(2点色ちがい、どちらも最後の今戸人形師、尾張屋・金澤春吉翁(明治元年~昭和19年)の人形、配色を手本としています。)

②月見兎(最後の今戸人形師、尾張屋・金澤春吉翁(明治元年~昭和19年)の緑の帯の人形を手本としています。)

③餅つき兎・座姿(明治時代の人形を手本としています。)

④餅つき兎・立姿(最後の今戸人形師、尾張屋・金澤春吉翁(明治元年~昭和19年)の人形を手本としています。)

⑤しめこの兎(これは私の勝手な創作です。歌舞伎「法界坊」に出てくる「しめこのうさうさ」「しめこの兎」からのイメージで隅田川といえば都鳥。都鳥の中に「〆子」の彫をいれてみました。)

手前

⑥玉兎(近世遺跡からの出土品にはあるはずなので、手持ちの人形をもとにイメージしてみました。背面には「繭玉」あるいは「金のなる木」を描いてみました。)

以上です。⑤のしめこの兎についてはさっぱりとこのままでよいか、あるいは蛸足の模様を入れたほうがよいか、または振り金をしようか、襟を入れたほうがよいかまだ考え中です。

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今戸人形にもあった「玉兎」

2010-12-18 20:52:11 | 今戸人形(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

2007_0101_000000p1011116_2 はじめにおことわりしておきますが、画像の「玉兎」の土人形は今戸焼の土人形ではないと思います。

どうしてここでとりあげるかといいますと、近世遺跡からの出土品の中には確か「玉兎」は存在しているはずです。どこかで観ました。

但し、出土品ですから、描彩が残っているはずもなく、ひょっとするとどこかに伝世しているのかもしれませんが、私はしっかりと確認していません。

画像の人形は伏見かその系統のものでしょうか?かなり大きくて10センチくらいの高さがあります。この人形以外にも、もっと小振りの玉兎も観たことがあります。御殿玩具からの影響でしょうか、背面に植物、特に吉祥的なものを描くことが多いのではないでしょうか?

今戸焼の古い人形の中にも、御殿玩具からの影響を受けていると思われる例は少なからずあるので、今戸の玉兎にもそうしたことがあった可能性を想定して、画像の人形からイメージしているわけです。

画像の人形の背面に描かれている植物はおそらく「繭玉」か「金のなる木」ではないかと思います。どちらとも願いの意味合いは共通するところがありますね。

そんなわけで、これこそ伝世の「今戸の玉兎」を確認できるまでは当座ではありますが、この画像の玉兎からイメージしたいと思います。2007_0101_000000p1011117

情報をお持ちの方がいらっしゃいましたらご教示ください。