「量的金融緩和と円安は無関係」との指摘
2017年2月10日
言論プラットフォーム・アゴラ主宰の池田信夫氏が、ご丁寧にも2回にわたり、私のブログに触れ、論評して下さいました。円安誘導と財政支出の二つの問題点です。ありがたいと思うと同時に、要点をしぼり、強調したいことだけを書くブログの形式では、真意が伝わりにく、誤解が生じやすいですね。今回はまず円安問題を考えてみました。
私のブログは「トランプ氏の円安誘導批判は日本の弱点」という見出しで、2月2日のアゴラに掲載されました。「日本の弱点を突いてきた」という意味で、脇見出しは「異次元緩和の修正の契機に」です。「円安はアベノミクスの主軸である異次元金融緩和政策が生み出した」と指摘しました。「円売り介入はしていない。相場は市場の自由取引で決まっている」との政府の反論も説得力が弱いという含みです。
それに対し、池田氏は「量的緩和と円安は無関係」(私は幅広い意味を持つ異次元金融緩和と表現)というタイトルのブログを書きました。その中で「マクロ経済学の教科書にも書いてある。経済でコメントするなら、ちゃんと勉強してほしい」との注文です。その通りですね。それでは、首相の経済顧問格の浜田宏一エール大名誉教授はどうなのでしょうか。
教科書に「金融緩和は為替安要因」
おびただしい数の経済学の教科書、論文をお読みになっているはずです。浜田氏は「異次元金融緩和により2年で2%の物価引き上げ」論を唱え、黒田日銀総裁を支えました。今は「金融政策だけでは目標を実現できない」と、敗北宣言です。一方、伊藤元重氏の「入門経済学」(いわば教科書)には「金融緩和(貨幣供給の増大)➡利子率下落➡・・・円安方向へ。金融緩和され利子率が下がると、相場を円安にもっていく」と、あります。同氏の「マクロ経済学」では「金利、物価、通貨供給量、GDPなどのマクロ経済変数が相場に影響を及ぼす」と、説明しています。
経済学の関連本を開きますと、相場の決定要因として、「購買力平価、物価水準の差異、国際収支(経常収支、貿易収支など)、金融・金利政策、為替介入、さらに政治、軍事情勢・・・」を列挙しています。影響の程度は、長期か中期か短期か、あるいは超短期で考えるかで変わります。政策的な狙い、心理的インパクト、国際経済環境などにも左右され、どの要因が最も強く効いたかは、その都度、分析してみるしかありません。
通常、「日銀の異次元緩和」と表現する時、量的緩和政策(通貨供給量)だけを指すことはないですね。金利低下・マイナス金利、「2年で物価上昇2%」という政策目標、インフレ期待の醸成、市場心理にインパクトを与えようとしたサプライズ効果などを総称して「異次元金融緩和」と呼んできました。異次元緩和=量的金融緩和ではないですね。
異次元緩和=量的緩和ではない
池田氏のブログでは、通貨供給量と円相場の二つだけを取り出して、グラフ化しています。異次元緩和が始まって3年ほどは相関関係があると観察され、その後は円高に振れたり、円安に振れたり、蛇行しています。当初は相関関係はあった、しばらくすると関係が薄らいだとみるのが自然です。それに対し、池田氏は「マネタリーベースと為替レートはほとんど関係がない。2016年は逆相関だ。通貨安競争なんて神話だ」、「相場に影響を与えるのは金利差だ」と指摘します。
「円安に動いた初めの3年間は、通貨供給量の増大を含め異次元緩和の影響が生じた。米国はそこを重視した」とみるべきではないのでしょうか。通貨供給量を増やし続けていけば、円安がどんどん進み、1㌦=150円、200円に向かうというのも現実的ではありません。「相関関係が変わったのは、黒田総裁の金融政策への懐疑、米国の金利上昇傾向、日本の経常黒字の拡大、安全資産としての円の評価などのため」と言えませんか。
それと、池田氏は5年程度の期間の推移を見ています。それでは期間を10年、20年に延ばしたらどうなのでしょうか。日銀が買える国債が底をつき、量的緩和の推進そのものが限界にぶちあたっているかもしれません。限界に達した変数と為替相場の関係を考える意味はなくなります。つまりマクロ経済モデルで考察する場合は、当初の前提が変わらない期間に限定して考察する必要があるのではないでしょうか。4,5年もすれば、相関関係が薄らぐのも当然だと思います。
G7やG20はどう考えているのでしょうか。「経済や物価安定(最近では物価引き上げ)のための金融緩和政策の結果として生じる通貨安は黙認してきた」(日経、2月8日)のですね。金融緩和政策が通貨安をもたらすことを認めているのと、同じです。政策当局も、為替誘導策とはいわないだけで、本音では、通貨安の容認、あるいは誘導でしょう。
マネタリーベースとドル円の動向が逆相関になっている期間がある事を一つの論拠としていますが、それは明らかな間違いですね。
もしドル円の動向がマネタリーベースのみに依存しているという主張ならば、池田信夫氏の指摘は妥当かもしれませんが、マネタリーベース以外の要因ももちろんあります。それら複数の要因が絡み合って、思惑としてのマネタリーベースは変動するのですから、逆相関の期間があったとしても、それだけでは反論の根拠にはなり得ませんね。
池田氏はこんな基本的なことも理解してないようですね。