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新刊「アベノミクス論」が示す岩波新書の質的低下

2023年01月03日 | 経済

 

経済理論を欠くドキュメンタリー

2023年1月3日

 今年最も重要な経済政策は、アベノミクスの主軸であった異次元、大規模金融緩和からの転換です。それを担う日銀の新総裁(4月就任)の人選を岸田政権は年明けから急ぎます。

 

 出口に至る複雑な方程式を解き、市場の混乱を避けながら転換を担える人物の選任は容易ではありません。候補に挙げられても「困難極まる仕事で、私にはとても無理」と辞退する人物もでてくるに違いない。

 

 経済ジャーナリストとして売り出している軽部謙介氏(時事通信社OB)が執筆した「アフター・アベノミクス/異形の経済政策はいかに変質したか」が岩波新書から昨年12月に出版されました。岩波新書の重点的な著書で、軽部氏としては3点目のアベノミクス論です。

 

 俗称「朝日岩波文化人」の進歩的文化人らの著書が岩波新書から数多く出版され、一時代を築きました。この一冊を一読しただけでも、「3大新書」(岩波新書、中公新書、講談社新書)に数えられてきた岩波新書の存在感は後退してきていると感じます。

 

 アベノミクス論は真向勝負すべきテーマです。筆者が得意とするドキュメンタリータッチでは限界がある。綿密に情報を集め、アベノミクスの舞台裏をよく書き込んでいるものの、理論的な分析がもっとほしい。

 

 反権力的な出版物の多い岩波書店でしょうから、この著書もアベノミクス批判の立場です。ある官僚が「アベノミクスの意味? そんなの簡単だよ。アベノミス(安倍のミス)にク(苦)を加えたもんだ」と、述懐したと軽部氏は書きます。異次元金融緩和・財政膨張策からの出口の作業は難航必至ですから、言い得て妙な表現ではあります。

 

 また、エピローグで「検証なき(安倍・元首相の)神格化はジャーナリズムの自殺行為だ」と筆者は結びます。この一行に、軽部氏がもっとも強調したい点はここに集約されていると思います。「一部のメディアには『業績や人柄』をおとしめるな』との議論もある。ジャーナリズムは安倍政権の政策に対して検証を積み重ねるべきだ」とも。

 

 この指摘には首を傾げます。「安倍神格化」に染まっているのは右翼紙、右派紙でしょう。メディアの大勢は問題点を指摘するようになってきました。「アベノミクスは実質的な狙いは財政ファイナンス(日銀による国債引き受け)、円安誘導(輸入インフレと日本の安売り)で、その結果が出口なき過剰な金融財政政策だ」などの批判がよく聞かれます。

 

 「安倍神格化」の本当の責任は、アベノミクスの検証をしようとしない自民党ないし旧安倍派議員にあると思います。

 

 22年6月の「骨太の方針」(財政政策)は「成長なくして財政再建なし。経済を安定成長路線に乗せることで財政健全化を実現する」と表現しました。筆者は「財政健全化論者がため息をつきたくなるような表現が満載された。MMT(現代貨幣理論)がそのまま投影された」と指摘しています。

 

 MMTを持ち出している国は日本くらいなものです。主要国で日本だけに財政監視独立機関がなく、財政論争では政治的な駆け引き、思惑が先行しまっていることが大きな問題なのです。筆者はそこに踏み込まない。

 

 18年4月に黒田総裁の留任、中曽副総裁の退任が決まりました。その際、元総裁の福井俊彦氏が「雨宮理事の昇格に反対し、中曽氏の留任を麻生氏に働きかけた。『彼は出口戦略が描ける』というのが理由だった」と、筆者は舞台裏の話をドキュメント風に紹介しています。

 

 中曾氏は退任後に分厚い回顧録を出版し、米FRBの出口論を詳述しています。その中曾氏が留任していれば、この段階から出口論の模索が始まったかもしれない。日銀人事の舞台裏の話に終わらせず、出口論をどう考えたらいいのかに迫るべきでした。

 

 筆者の認識に誤りも見当たります。「2%の物価安定目標として、様々な緩和手段を駆使してきた結果が日銀の『全能の神』化につながっている」と、指摘しています。「日銀が全能の神」との表現には驚きました。

 

 実態はその逆です。安倍氏の「日銀は政府の子会社」との発言のほうが本音を語っている。日銀から独立性を消したのが政府日銀共同声明(13年1月)です。YCC(長短金利の操作)に限っても、「日銀が全能の神」ということはあり得ません。

 

 安倍氏が退任の挨拶にきた中曽副総裁に「物価(2%安定目標)はもういいですよ。無理しないでいいですよ」と語ったシーンなどはリアリティに富んでいます。何度も目標時期の先送りに迫られ、「アベノミクスは失敗」と批判されているのに嫌気がさしたのでしょう。

 

 「日銀に物価目標を求めてきたのは安倍本人だ」と筆者は書き、政治家の変わり身の早さを揶揄するなど、面白い場面もあります。

 

 また、「2022年10月現在、円安場面でも全く動じない黒田」という箇所があります。その後の展開を見ると、「全く動じない」ではなく、その頃には動揺が始まっていたと思われます。

 

 日銀が実質的な金利引き上げ(0・25%)に転換したのは、12月20日です。皮肉なことに、この著書の発行日は12月20日です。経済情勢(急速な円安)の展開は劇的で、その後、一転して円高に向かい、年明けの1月3には、1㌦=129円をつけました。

 

 リアルタイムで、かつドキュメンタリーにアベノミクス論を追うことの難しさです。もっと理論的な構成にしておけば、こんなことにはならずにすんだのでしょう。

 

 

 

 

 


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