大衆迎合主義は誤解を生む訳語
2017年1月17日
日本のメディアに「ポピュリズム」が登場しない日はまずないでしょう。ポピュリズムは歴史的にも、地域的にも大きな広がりを持ち、政策目的も多岐にわたり、民主主義との関係もプラス面、マイナス面があり多面的です。にもかかわらず、日本では、メディアがひとくちで「大衆迎合主義」と訳して報道することが多いので、気がかりです。メディア論として、ポピュリズムを取り上げると、どうなるのかを考えてみました。
「大衆迎合主義」という言葉には、いいイメージはありません。人気取り、軽率な衆愚政治、扇動政治など、負の語感を伴います。「大衆迎合」といったとたんに、ポピュリズムに否定的な評価を下すことになりかねません。メディアが好む訳語は、ポピュリズムの一断面を指しているにすぎず、誤解を与えます。
「ポピュリズムが政治現象として、本格的に登場したのは19世紀末の米国、二大政党の支配に挑んだ人民党で、別名ポピュリスト党という。人民党の党員はポピュリストと呼ばれた。人民に依拠してエリート支配を批判する運動がポピュリズムと呼ばれるようになった」(水島治郎著、中公新書)そうです。直訳すれば、人民主義、大衆主義ですか。訳としてしっくりいかないので、「大衆迎合主義」が多用されているのでしょう。
ポピュリズムと自ら名乗る政党はない
現在のポピュリズムの中心地は、移民排斥、EU(欧州連合)離脱、反自由貿易主義の風が吹き荒れる欧州です。米大統領に当選したトランプ氏を指してポピュリズム、あるいは日本の橋下・元大阪市長をポピュリストと呼ぶこともあります。不思議なのは自ら、ポピュリズムとかポピュリスト党とか名乗ることは少ないのに、メディアにはポピュリズム、ポピュリズム政党、ポピュリストがしきりに登場するのです。メディアや識者がそう命名し、乱用しているのです。
具体例を紹介すると、欧州主要国が選挙戦に入り、日経は「反グローバル主義を標榜する大衆迎合主義(ポピュリズム)の政党が既存の政治秩序との対決姿勢を強めている」(11月22日)と表現しました。読売は「排外主義と自国第一主義を掲げるポピュリズム(大衆迎合主義)が各国で勢いづいている」(1月8日、社説)で、この二紙はポピュリズムという表現、この訳語が好きなようです。
メディアには、きっと批判が寄せられているのでしょう。橋下氏は「ポピュリズムのレッテルを貼るより、政治の中身をみよ」と不満です。朝日は「排外的なナショナリズムをあおる右翼政党が左右の主流派政党をしのぐ支持を集めている」(1月4日)と表現しています。最近は、ポピュリズムという表現そのものを減らしているように見受けられます。語感だけで予断を与えるような表現は避ける。この問題に限っていえば、朝日は慎重ですね。
多面的な要素を含む政治現象
現代のポピュリズムには、多義的な要素あると、冒頭に申し上げました。「複雑な争点を単純化してスローガンにする」、「叩きやすい標的を設け、扇動し政敵を攻撃する」、「民意が振れやすい国民投票を重視しすぎる」などは、負の側面であり、政治の質を落とす可能性があります。そうしたものについては「大衆迎合的なポピュリズム」と呼ぶのでしょうか。
一方、ポピュリズムが伴っている「民主主義の基礎である民意を吸収しようとする」、「硬直化した既成政治への不満が発端になっている」、「政治と民意をつなげる役割を果たしている」などの側面は、民主主義本来の機能です。有権者の声を聞き、取り上げることを大衆迎合を呼ぶのは間違いです。政治手法がどうあれ、こうした機能は評価すべきでしょう。
両者を合わせ持つポピュリズムもあるので、このような二分法では、実際は分類できません。また、政治思想を指すのか、政治手法を指すのかという問題があります。トランプ氏がポピュリスト的な手法を駆使しているといっても、所属している共和党をポピュリズム党とは呼びません。安倍首相の消費税引き上げの先送りは、選挙対策を重視したポピュリスト的な政策です。だからといって安倍首相をポピュリストと呼ぶ人は少ないでしょう。民意や世論への重視は、多くの政治家、政治行動にみられる現象で、そのこと自体が政治なのです。
どのような思想、政策、手法が問題なのかを判断したうえで、ポピュリズムと呼ぶか否かが重要な点です。にもかかわらず、メディアがポピュリズムと表現する時は、好ましくない政治現象という判断が働いてしまっているのです。この言葉の乱用は避けるべきでしょう。ポピュリズムという表現をできるだけ限定し、政治運動の実態を報道すべきです。
メディアが批判的に扱うポピュリズムを、メディア自身が作りあげている傾向もあります。テレビ向きの政治現象ですから、視聴率を稼引き上げるにはもってこいのテーマです。批判しているつもりがポピュリズムに勢いを与え、政治の中央にメディア自身が押し出しているという傾向があります。有権者をあおるなと言いながら、あおる役にメディアが加担していること間違いありません。
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