新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ

全国紙の元記者・中村仁がジャーナリストの経験を生かしたブログ
政治、経済、社会問題、メディア論などのニュースをえぐる

ある知日派中国人の安否を懸念

2013年11月11日 | 海外

 朱建永教授に対する取調べ 

                             2013年11月11日

 

 中国の動乱,動揺期が拡大、深刻化する中で、日中関係について日本のメディアで積極的に発言してきた朱建永・東洋学園大学教授の消息、安否を多くの日本の中国関係者が心配しています。わたしは中国専門家ではありません。あるきっかけから勉強会で、直接、お目にかかり、懇談したことがありますので、わたしなりの考えを書くことにしました。

 

 日本在住の朱氏が7月下旬、上海にいってから消息を絶ち、連絡が取れなくなっているとの記事が掲載されたのは9月ころだったでしょうか。その後、スパイ容疑で中国当局の取調べを受けているらしいとの続報が記事に載りました。そして先週、「朱氏が妻宛に、無事だ、との手紙を書き、10月下旬、当局者が上海の実家に持参して見せた」との短い情報を各紙が伝えました。中国のことですから、そのまま信じるわけにはいかないにせよ、安否、消息は一応、確認できたという段階でしょう。

 

 わたしたちの勉強会に朱氏をお招きしたのは、2月でした。夜、食事をしながらに日中関係の見解を聞き、質問にも答えてもらいました。朱氏は日本の新聞、雑誌、テレビに何度も登場し、達者な日本語で文章を書いたり、発言したりしてきました。勉強会に先立ち、2012年10月に朱氏が出版した「中国外交 苦難と超克の100年」を書店で買い、予習のため読んでいきました。その本を持参していきますと、「中村様 ご指導を 朱建永」と、上手な字で署名してくれました。

 

 東洋学園大学で、中国の政治外交史、現代史を教える人文学部教授です。学生数2600人、2学部しかない小さな大学で、普段はほとんど話題にのぼらない大学です。大蔵省の国際金融局長をした江沢氏が理事長をしており、何かの経緯があって、この大学に籍を置いているのかもしれません。

 

 朱氏に対しては「日中友好をテーマとしている知日派学者」という評価、「日本に中国を理解させるため、中国共産党、政府の対日観を伝えることを主目的とする学者」、「中国政府の代弁者、あるいはスパイ」など様々なレッテルを貼られてきました。中国という難しい国、それに日中関係の極度の悪化という要素が加わり、いろいろに解釈されるスタンスを取らざるをえなかったのでしょう。そうした人物であったとしても、こじれきる日中関係を少しでも改善していくには、日本をよく知る中国人学者が日中の間にいることは必要であり、排除してしまうことは無益と考えるのが常識的でしょう。

 

 この本には「中国は問題が山積、国民の不満は爆発寸前、崩壊が近い、と決めつけた論調はおかしい」、「孤立と経済崩壊を招く軍事拡張の選択肢はとれない」など、理解に苦しむ記述がたくさんでてきます。同時に「中国の重い過去が現代外交の方向を決めている」、「中国首脳に対外不信の心理、被害者意識の考えがあり、そのような思考様式と行動を乗り越えてこそ、中国は21世紀の世界で責任ある大国になれる」といったような箇所もあります。さらに「日本、中国、朝鮮半島の3者協力は、世界に未来モデルを提供できると、確信している」とも、強調しています。

 

 問題は朱氏が中国当局に拘束されている理由です。中国研究家、筑波大学名誉教授の遠藤誉氏はネットを通じて「朱氏がメールによる情報配信で明らかにした記事が、中国の国家機密の漏洩に触れた。尖閣諸島問題の棚上げに関する機密文書を中国社会科学院の学者経由で入手したことが法に違反した」旨のことを指摘しています。朱氏は「棚上げ方式」でいくのが両国のためには、現実的と判断して、こうした行動をとったのでしょう。

 

 尖閣諸島の領有権をめぐり、日本は「日本固有の領土だ」といい、歴史的に見て、その通りでしょう。これに対し、中国は逆の立場をとり続け、日中間の紛争には決着に向けた糸口がありません。そこで水面下で両国間で「この問題は棚上げにして、両国の対決を回避する」という暗黙の了解があったことも、ある時期までは事実だったと推測してもおかしくありません。

 

 その「棚上げ方式」を公式に問われれば、日本は「それは存在しない」といいます。一方、中国は対日強硬路線に転換していく中で、「棚上げ方式」を実際に放棄したのでしょう。尖閣諸島をめぐる中国の外交的、軍事的行動はそれを証明しています。そのため、「棚上げ方式」を示唆する文書が流出する意味は重要性をまし、当局は見逃すことができなくなったのでしょう。中国内部における組織間の権限争い、権力闘争も朱氏の拘束に絡んでいるとも分析も聞かれます。

 

 拘束の直接の原因は、「機密文書の流出」だとしても、中国の指導部にとって「日中友好」路線も不要になったのかもしれません。朱氏の「事件」を通じて、知日派の学者全体にそうしたシグナルを送ろうとしているのかもしれません。そうだとすると、日中関係は深刻さをさらに増すことになります。一学者の「拘束事件」は極め重要な意味をもっているように思います。

 

 

 



最新の画像もっと見る

コメントを投稿