毎日いろんなことで頭を悩ましながらも、明日のために頑張ろうと自分を励ましています。
疲れるけど、頑張ろう!
「レオン」
日曜日、内藤vs.亀田が始まる前、チャンネルをあれこれ変えていたら、WOWOWで「レオン」がやっていた。主演のジャン・ルネの顔くらいはいくら私でもすぐ分る。ちょうど女の子・マチルダの家族が惨殺される場面からだったから、30分くらいは過ぎていただろうか、それでもすぐに映画の中に入り込めたから、やはりこの作品はふところが深い。
この映画は何度もTVで放映されているから、一度くらいは見たように思うが、多分いい加減に見ていたのだろう、まったく初見のような新鮮な気持ちで最後まで見られたのはよかった。主演のジャン・ルネは日本にもよく来ているし、TVCMにも登場しているから、馴染みがある。この映画では殺し屋を演じているが、現在の彼よりずっと細面で、ストイックな雰囲気もまとっている。銃撃シーンも迫力があり、まさに孤独なスナイパーそのものだった。「女と子供は殺さない」というポリシーも、優しさを内に秘めた彼にはよく似合っていた。
一方、マチルダ役の女の子はナタリー・ポートマンだとはなんとなく知っていたが、彼女が「スターウォーズ」のアミダラ女王だとは調べるまで気がつかなかった。「そう言われれば確かにそうだ」と納得したが、12・3歳の頃から早くも女性としての気品を漂わせていたんだな、とちょっとした映画ファンなら周知であろうことに思い至って、なんだか一大発見をしたようで嬉しかった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/29/9d/f9e3456f10a035451e9b59ddbb18f557.jpg)
この二人もさることながら、この映画で一番印象に残ったのは、やはりレオンが大切にする鉢植えの木だ。常に陽の当たる場所におき、葉を磨き、部屋を移るたびに家族のように必ず帯同するこの鉢植えを、レオンは「無口だからいい」と冗談ともつかない言葉で形容するが、大地に根を下ろしていないこの木を自分の境遇にもなぞらえている。都会に漂う孤独なスナイパーには根を下ろす場所などどこにもないだろうが、めぐり合ったマチルダとともにひょっとしたら根を下ろす場所を見つけようとしたのかもしれない。だが、そんな思いは一瞬のうちに吹っ飛び、彼は無残な死を迎える・・。
レオンは、最期を迎える前、警官に四方を囲まれながらも、マチルダと鉢植えだけには逃げ道を作る。彼自身も首尾よく逃げおおせたかと思われた瞬間に・・。逃げ延びたはマチルダは、レオンの死を悼みながらも、彼の思い出を胸に刻みながら新たな生活を始めようと学校に戻る。そこで、彼女は大事に持ってきたレオンの形見の鉢植えの木を鉢から出して地面に植える。それは新しい生活に根を下ろしていこうという彼女の決意の表れでもあり、彼女を救うために命を捧げたレオンに対する感謝の表れだったのかもしれない。
こうした小道具の象徴的な使い方は、実に効果的であり、見る者の胸を打つ。残虐な場面も多く、物語の展開に好き嫌いはあるだろうが、この映画はただの殺し屋の映画ではない。さらに言えば、孤独な大人と孤独な子供との心の交流などという範疇にも収まりきらない、もっと大きな人間の生き方と呼ぶべきものを描いた佳品であると、見終わって今思う・・。
(しかもエンディングに流れるスティングの「Shape of My Heart」がいい!!)
この映画は何度もTVで放映されているから、一度くらいは見たように思うが、多分いい加減に見ていたのだろう、まったく初見のような新鮮な気持ちで最後まで見られたのはよかった。主演のジャン・ルネは日本にもよく来ているし、TVCMにも登場しているから、馴染みがある。この映画では殺し屋を演じているが、現在の彼よりずっと細面で、ストイックな雰囲気もまとっている。銃撃シーンも迫力があり、まさに孤独なスナイパーそのものだった。「女と子供は殺さない」というポリシーも、優しさを内に秘めた彼にはよく似合っていた。
一方、マチルダ役の女の子はナタリー・ポートマンだとはなんとなく知っていたが、彼女が「スターウォーズ」のアミダラ女王だとは調べるまで気がつかなかった。「そう言われれば確かにそうだ」と納得したが、12・3歳の頃から早くも女性としての気品を漂わせていたんだな、とちょっとした映画ファンなら周知であろうことに思い至って、なんだか一大発見をしたようで嬉しかった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/e3/42649f6ce12bf98fcf6cdeaee7b34049.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/29/9d/f9e3456f10a035451e9b59ddbb18f557.jpg)
この二人もさることながら、この映画で一番印象に残ったのは、やはりレオンが大切にする鉢植えの木だ。常に陽の当たる場所におき、葉を磨き、部屋を移るたびに家族のように必ず帯同するこの鉢植えを、レオンは「無口だからいい」と冗談ともつかない言葉で形容するが、大地に根を下ろしていないこの木を自分の境遇にもなぞらえている。都会に漂う孤独なスナイパーには根を下ろす場所などどこにもないだろうが、めぐり合ったマチルダとともにひょっとしたら根を下ろす場所を見つけようとしたのかもしれない。だが、そんな思いは一瞬のうちに吹っ飛び、彼は無残な死を迎える・・。
レオンは、最期を迎える前、警官に四方を囲まれながらも、マチルダと鉢植えだけには逃げ道を作る。彼自身も首尾よく逃げおおせたかと思われた瞬間に・・。逃げ延びたはマチルダは、レオンの死を悼みながらも、彼の思い出を胸に刻みながら新たな生活を始めようと学校に戻る。そこで、彼女は大事に持ってきたレオンの形見の鉢植えの木を鉢から出して地面に植える。それは新しい生活に根を下ろしていこうという彼女の決意の表れでもあり、彼女を救うために命を捧げたレオンに対する感謝の表れだったのかもしれない。
こうした小道具の象徴的な使い方は、実に効果的であり、見る者の胸を打つ。残虐な場面も多く、物語の展開に好き嫌いはあるだろうが、この映画はただの殺し屋の映画ではない。さらに言えば、孤独な大人と孤独な子供との心の交流などという範疇にも収まりきらない、もっと大きな人間の生き方と呼ぶべきものを描いた佳品であると、見終わって今思う・・。
(しかもエンディングに流れるスティングの「Shape of My Heart」がいい!!)
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