毎日いろんなことで頭を悩ましながらも、明日のために頑張ろうと自分を励ましています。
疲れるけど、頑張ろう!
「眠れる美女」
ガルシア・マルケスの「わが悲しき娼婦たちの思い出」の巻頭に、その冒頭の一文が掲げられた川端康成の「眠れる美女」を読んだ。
私は川端康成の作品はあまり読んだことはないが、中学生か高校生の頃に川端康成の小説を基にしたドラマがいくつも続けて放映された折に、「美しさと哀しみと」を見て、10代の私の琴線が大いに震わされて、原作をどうしても読みたくなり、書店に注文して読みふけったことを鮮やかに覚えている。その内容は今ではもうまったく忘れてしまったので何の感想も記せないが、私と川端康成の出会いはあの時が最初で最後となってしまったのは何故だろう。日本の古典的な感情に満ちた小説など10代の若者にはかったるくて仕方なかったのかな、と今は思うが、そんな若造に日本的情緒の機微が理解できるはずもないというのもまた真実だろう。
なので、マルケスの誘いがなかったなら、この「眠れる美女」という小説を読むことは永遠になかったであろう。だが、果たしてその導きに従ってよかったのかどうか、最初の数ページを読んだだけで「なんて小説だろう!」とあきれ返ってしまった。
67歳の江口老人は知り合いから「眠れる美女」の家を紹介される。そこの一室には何らかの方法で深く眠らされた若い女性が全裸で布団の中に横たわっている・・。「たちの悪いいたずらはなさらないでくださいませよ、眠っている女の子の口に指を入れようとなさったりすることもいけませんよ」と、その家の女が注意するように、女性に危害を加えない限り、朝まで眠り続ける女性と一夜をともにできる。とは言え、売春宿などではないのは、その家に訪問を許されるのは、もう男性としての機能が衰えてしまった老人のみであることからも分かる。性交渉をしたくとも出来ぬ老齢の者ばかりだから安心しているのか、そこで眠る女性たちは決して目を覚ますことはない。しかし、江口老人は己がまだ「男」であることを自負し、10代から20代の少女と読んでいいような眠れる娘たちを前にして、何度となく暴力的な衝動に駆られる。しかし、その度に横たわる娘たちの発する匂いや容姿などに触発されて、過去に巡り合ってきた幾人もの女性たちとの関係を思い出す。甘美な思い出もあれば切ない思い出もある、そうした過去の女性遍歴を反芻するうちに、彼の心に頭をもたげた暴力的な衝動は鎮まっていき、備え付けの睡眠薬の助けも借りて、眠る女性たちの傍らで眠りに就く・・。
ざっとこんな物語だが、たしかにマルケスがこの小説にインスピレーションを受け「わが悲しき娼婦たちの思い出」を書いた事情も分からなくもない。「老人の性」と呼ばれるものが赤裸々に語られているのは共通している。調べてみたら、この小説が発表された1961年、川端康成は61歳であった。今から50年近くも前では、61歳というのは老人と呼ぶべき年齢であったのかもしれない。すると川端は己の姿を江口老人に投影したと考えてもあながち間違いではないように思う。61歳の川端康成の心と体には、まだ男としての色情が消えずにくすぶっていたのだろうか。写真などで見る枯れた雰囲気の川端しか知らない私には、人間の業の深さに想いが行かざるを得なかった。「60過ぎてもこんなことをしたいのかなあ・・。男って因果な生き物だなあ・・」そう思わずにはいられない私の方がずっと枯れているのかもしれない・・。
この小説は中央公論社「日本の文学」の中の川端康成の巻に収められたものを読んだのだが、巻末に解説をしているのが三島由紀夫であったのには驚いた。三島はあまり好きな作家ではないのだが、その解説の中の次の一部はさすがだと思った。
「川端文学においては、かくて、もっともエロティックなものは処女であり、しかも眠っていて、言葉を発せず、そこに一糸まとわず横たわっていながら、水平線のように永久に到達不可能な存在である。「眠れる美女」たちは、こういう欲求の論理的帰結なのだ」
悔しいけど私の駄文など足元にも及ばない。
私は川端康成の作品はあまり読んだことはないが、中学生か高校生の頃に川端康成の小説を基にしたドラマがいくつも続けて放映された折に、「美しさと哀しみと」を見て、10代の私の琴線が大いに震わされて、原作をどうしても読みたくなり、書店に注文して読みふけったことを鮮やかに覚えている。その内容は今ではもうまったく忘れてしまったので何の感想も記せないが、私と川端康成の出会いはあの時が最初で最後となってしまったのは何故だろう。日本の古典的な感情に満ちた小説など10代の若者にはかったるくて仕方なかったのかな、と今は思うが、そんな若造に日本的情緒の機微が理解できるはずもないというのもまた真実だろう。
なので、マルケスの誘いがなかったなら、この「眠れる美女」という小説を読むことは永遠になかったであろう。だが、果たしてその導きに従ってよかったのかどうか、最初の数ページを読んだだけで「なんて小説だろう!」とあきれ返ってしまった。
67歳の江口老人は知り合いから「眠れる美女」の家を紹介される。そこの一室には何らかの方法で深く眠らされた若い女性が全裸で布団の中に横たわっている・・。「たちの悪いいたずらはなさらないでくださいませよ、眠っている女の子の口に指を入れようとなさったりすることもいけませんよ」と、その家の女が注意するように、女性に危害を加えない限り、朝まで眠り続ける女性と一夜をともにできる。とは言え、売春宿などではないのは、その家に訪問を許されるのは、もう男性としての機能が衰えてしまった老人のみであることからも分かる。性交渉をしたくとも出来ぬ老齢の者ばかりだから安心しているのか、そこで眠る女性たちは決して目を覚ますことはない。しかし、江口老人は己がまだ「男」であることを自負し、10代から20代の少女と読んでいいような眠れる娘たちを前にして、何度となく暴力的な衝動に駆られる。しかし、その度に横たわる娘たちの発する匂いや容姿などに触発されて、過去に巡り合ってきた幾人もの女性たちとの関係を思い出す。甘美な思い出もあれば切ない思い出もある、そうした過去の女性遍歴を反芻するうちに、彼の心に頭をもたげた暴力的な衝動は鎮まっていき、備え付けの睡眠薬の助けも借りて、眠る女性たちの傍らで眠りに就く・・。
ざっとこんな物語だが、たしかにマルケスがこの小説にインスピレーションを受け「わが悲しき娼婦たちの思い出」を書いた事情も分からなくもない。「老人の性」と呼ばれるものが赤裸々に語られているのは共通している。調べてみたら、この小説が発表された1961年、川端康成は61歳であった。今から50年近くも前では、61歳というのは老人と呼ぶべき年齢であったのかもしれない。すると川端は己の姿を江口老人に投影したと考えてもあながち間違いではないように思う。61歳の川端康成の心と体には、まだ男としての色情が消えずにくすぶっていたのだろうか。写真などで見る枯れた雰囲気の川端しか知らない私には、人間の業の深さに想いが行かざるを得なかった。「60過ぎてもこんなことをしたいのかなあ・・。男って因果な生き物だなあ・・」そう思わずにはいられない私の方がずっと枯れているのかもしれない・・。
この小説は中央公論社「日本の文学」の中の川端康成の巻に収められたものを読んだのだが、巻末に解説をしているのが三島由紀夫であったのには驚いた。三島はあまり好きな作家ではないのだが、その解説の中の次の一部はさすがだと思った。
「川端文学においては、かくて、もっともエロティックなものは処女であり、しかも眠っていて、言葉を発せず、そこに一糸まとわず横たわっていながら、水平線のように永久に到達不可能な存在である。「眠れる美女」たちは、こういう欲求の論理的帰結なのだ」
悔しいけど私の駄文など足元にも及ばない。
コメント ( 5 ) | Trackback ( 0 )