近頃、自民党憲法改正草案の緊急事態条項が話題になっております。この件について当ブログで過去に若干言及(「
憲法第9条について」)しておりましたが、今回改めて考えてみたいと思います。
緊急事態について同草案において新たに一章を設け、2か条を追加して規定してしております。少々長いのですが以下同草案から引用します。
ー以下引用ー
(緊急事態の宣言)
第九十八条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。
3 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。
4 第二項及び前項後段の国会の承認については、第六十条第二項の規定を準用する。この場合において、同項中「三十日以内」とあるのは、「五日以内」と読み替えるものとする。
(緊急事態の宣言の効果)
第九十九条 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
2 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。
3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。
ー以 上ー
報道等で指摘されているのは、憲法にこの規定が盛り込まれることの危険性であります。そこで仮定の話として、この規定によって権力の暴走が可能か否かといった観点について議論してみたいと思います。
先ず、緊急事態の宣言をする要件として、「我が国に対する外部からの武力攻撃」「内乱等による社会秩序の混乱」「地震等による大規模な自然災害」が例示されておます。いかにも尤もな例示であります。このように列挙されただけであれば、例示に限られると解されますが、その上で「その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるとき」とされておりますので、法律で定めれば何でもOKみたいな規定となり、「
解釈改憲の危険性」で言及したワイマール憲法下の全権委任法みたいなものができる抜け穴ともなりかねません。
次に緊急事態宣言の国会承認については、一見合理的と見えますが、これにも問題が潜んでいそうです。緊急事態はそれこそいつ発生するかも知れません。草案においては衆議院の解散されないこととなっておりますが、衆議院が解散され、総選挙前であった時はどうなるのでしょうか。その場合には参議院の緊急集会がその代役を果たすこととなります。緊急集会で承認を得続ければ以後ずーっと緊急事態が継続できることになります。要は衆議院の解散中を狙ってやれば、参議院で議決可能ならば何だってできてしまいます。そして何だかんだと理屈をつけて選挙をしないことだって可能です。また、参議院の承認をする前に反対しそうな議員を登院させなければ三分の一の議席で国会を牛耳ることができます。
更に、緊急事態が宣言されると内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定できるし、内閣総理大臣は財政支出・処分ができ、地方自治体の長に必要な指示ができることとなり、まさにスーパーパワーが与えられます。そして何人も(日本国民でなくても)これら指示に従わなければなりません。この場合においても基本的人権は最大限尊重しなければならないことになっておりますが、これらは公益の名の下にいともた易く制限されることでしょう。
憲法の規定によって政令に白紙委任してしまえば最後の砦とも言うべき司法の違憲立法審査権も及ばない結果がありうるということになってしまいます。
このように条文をチラッと眺めただけでも色々な疑問が涌いてきます。そもそもこのような条項を憲法で規定する必要があるのでしょうか。我々は既に、「武力攻撃事態対処法」「国民保護法」「災害対策基本法」などといった法律をもっております。法の不備は憲法の範囲内で法を整備すればよく、暴走のリスクを冒してまで憲法の規定に盛り込む必要があるのか甚だ疑問に思うところです。
これらの条項は国家の緊急事態が起こることを予め想定し、これに備え、国民の生命・身体・財産を守るために必要なものであって、危惧されるようなこの規定を悪用して権力が暴走するようなことは我が国のような自由民主国家においてはあり得ないし、それは杞憂に過ぎないといった主張があります。しかし、果たしてそれが本当に杞憂に過ぎないと言い切れるでしょうか。もう想定外といった言葉は聞きたくありません。可能性がゼロでないのであれば、そのことを想定しておき、ブレーキを掛ける仕組みを予め組み込んでおくことが必要なことであると考えます。
もっとも強大な武力によって憲法そのものが停止されてしまうといった事態もあり得ます。そのような事態となれば、憲法自体も絵に描いた餅となってしまいます。そのような事態を招かないためにも日本国憲法第12条にあるように「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。」ということではないかと考えます。