金沢の観光スポットレポート(No.1857)
◇ 金沢城公園「鼠多門、鼠多門橋完成!2020」
〇金沢城の整備方針
金沢城公園の整備事業の目的は①歴史的建造物を継承 ②兼六園と並ぶ金沢のシンボル公園化 ③文化、伝統、歴史を引き継ぐことの具現化が柱となり、その流れの一環で、金沢城の新たな名所となる、鼠多門復元、鼠多門橋再現工事が完成した。
■写真は江戸期絵図(横山家蔵)
〇鼠多門
鼠多門は黒漆喰(くろじっくい)を施した鼠色の壁をもつ城門だったことが名称の由来とされる。
鼠多門は、金沢城の西側の廓である玉泉院丸に位置し、水堀を跨ぐ木橋(鼠多門橋)により接続される金谷出丸からの入り口として機能していた二階建ての櫓門。
■写真は鼠多門・鼠多門橋(金沢大学附属図書館蔵)
江戸時代前期ににはすでに存在していたことが判明しており、宝暦9年(1759)の大火でも焼失を免れ、修理等を経ながら明治期まで存在したいた。 明治4年(1871)の廃藩後は旧陸軍の直轄に置かれ、倉庫などに利用されていたが、明治17年(1884)に火災により焼失た。
■写真は1階
〇鼠多門復元工事
2014年より復元に向けた発掘調査や絵図・文献等調査を行い、調査結果基づき史実に沿った木造による復元を行うこととし、2018年6月に着工、2020年7月18日に完成し、約140年ぶりに姿を現した。
石垣の上に2階建ての櫓を備えた構造で、石垣内に扉があり、屋根は鉛瓦、外壁上部は白漆喰塗りで、腰壁は黒漆喰が用いられた海鼠(なまこ)壁仕上げとなっている。内部は、県内産のヒバや杉などの木材を組み合わせる伝統的工法を取り入れた。門・橋の総事業費は約20億円。
■写真は2階
■写真は鼠多門の特徴黒漆喰(くろじっくい)海鼠壁
〇鉛瓦の制作工程
まず、木で屋根を作りその上に、厚さ1.8mmの鉛板を張り付けます。この鉛瓦の鉛には、少量(0.06~0.08%)の銅を添加してあり、銅を添加することにより強さや硬さ、それに酸に腐食されないための耐酸性を高めます。(伝統工法)
■写真は鉛瓦制作過程(2019.9.12と11.22)
〇鼠多門橋
鼠多門と同じく江戸時代前期にはすでに存在していたことが判明しており、明治10年(1877)に老朽化により撤去された。城内最大規模の木橋だった鼠多門橋は長さ32.6メートル、幅4.3メートルで再現整備された。
■写真は明治初期の写真(金沢市立玉川図書館蔵)
■写真は鼠多門橋側面図(石川県パンフより)
(つづく)
ユーチューブ「植ちゃんの金沢のツボ 蘇った!鼠多門・鼠多門橋」アップしました。
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