夕べ無事定期を回収。人さまの親切が身に染みているkおばちゃんです。
それにしても・・また寒くなりましたね。庭にある2本の梅の木も、さくらんぼの木もつぼみはオデブになっているのですが、花開きません。
それに・・池のカエルどももどこかにまたモグってしまったようですよ。
寒さが戻ってきたのにkおばちゃんの花粉症は・・遠のいてマセン。困ったもんだ。
○8月4日(木)
ポズナンPoznańの観光のハイライトにもなっているらしい市庁舎の山羊のからくり時計を見物し終わったkおばちゃん。折角なので市庁舎の中を見物する事にしました。
市庁舎は現在は歴史博物館となっています。建物そのものは1536年に一度消失した後、イタリア系の建築家Giovanni Battista di Quadroによって再建されたそうです。
しかしながら、第2次世界大戦の時破壊されてしまったようです。とはいえ、再建されたのが修復されたのか、はたまたオリジナルがかろうじて残っていたのかは知りませんがこの見事な天井!
1555年からのルネサンス様式のようです。
その他にはヤギェウォ朝Dynastia Jagiellonówの肖像画がありました。この地は首都ではなくなったけれど、流通上の中継地として栄えていたようです。
そういえばこの市庁舎の建っている場所はStary Rynekと呼ばれ『オールド・マーケット』という意味だそうです。
そうそう、こんな子たちもおりましたよ。
さっきの12時の時計から飛び出してきた山羊たちの・・先代でしょうかね?
このハーゲンクロイツ!占領時に張り出された張り紙だった・・と思います。忘れてます。
市庁舎を出たkおばちゃん。一応ぐるりを観光して見ました。するとこんな光景が!
写真の撮影です。どうも季節外れの衣装といい、本格的な撮影態勢といい・・何かの宣伝素材でしょうか?
この暑いのに、冬服でご苦労様です。
広場から入り込んだ小道のさきにこんな建物が見えました。帰り道だし・・行って見ましょう。
『Parafia rzymsko-katolicka pw. Matki Bożej Nieustającej Pomocy,św. Marii Magdaleny i św. Stanisława Biskupa』これが正式名称かどうかわかりませんが・・英語名だとThe Fara Church: The Parish Church of St. Stanisławとでてきます。日本語になおすと、『ファラ教会:聖スタニスワフの教区教会』となるようです。
ポーランドはもともとは、といっても何処が元々だかわかりませんが東方教会系のキリスト教だったけれど、後カソリックに改修したと聞きました。で、その時代はローマ帝国の時代じゃなかったから、直接ローマのイエズス会の傘下にはいった・・んじゃなかったでしょうか?スラブ語族でありながら、カソリック教徒の国。それがポーランドだと思っていますが・・違うかな?
この教会も1651-1701年に建てられたとか。中に入って見ました。
素晴らしいオルガンも備えてます。
さて、もう一箇所見て見たいところもありますので・・そろそろこの地区からさよならです。
この地区の外れというか入り口部分にちょっと近代的な建物がありました。入って見ました。
ショッピングセンターでした。Kupiec Poznańskiと言う名前のようです。
さっきまでkおばちゃんがいた旧市街の町並みとは対比的なモダンなショッピングゾーンでした。
そういえば・・昨日ホテルで駐車場を聞いた時に、ここも教えられたのですが『高いですよ』といわれてしまったのでした。
さて、もう少し観光して見ましょう。
それにしても・・また寒くなりましたね。庭にある2本の梅の木も、さくらんぼの木もつぼみはオデブになっているのですが、花開きません。
それに・・池のカエルどももどこかにまたモグってしまったようですよ。
寒さが戻ってきたのにkおばちゃんの花粉症は・・遠のいてマセン。困ったもんだ。
○8月4日(木)
ポズナンPoznańの観光のハイライトにもなっているらしい市庁舎の山羊のからくり時計を見物し終わったkおばちゃん。折角なので市庁舎の中を見物する事にしました。
市庁舎は現在は歴史博物館となっています。建物そのものは1536年に一度消失した後、イタリア系の建築家Giovanni Battista di Quadroによって再建されたそうです。
しかしながら、第2次世界大戦の時破壊されてしまったようです。とはいえ、再建されたのが修復されたのか、はたまたオリジナルがかろうじて残っていたのかは知りませんがこの見事な天井!
1555年からのルネサンス様式のようです。
その他にはヤギェウォ朝Dynastia Jagiellonówの肖像画がありました。この地は首都ではなくなったけれど、流通上の中継地として栄えていたようです。
そういえばこの市庁舎の建っている場所はStary Rynekと呼ばれ『オールド・マーケット』という意味だそうです。
そうそう、こんな子たちもおりましたよ。
さっきの12時の時計から飛び出してきた山羊たちの・・先代でしょうかね?
このハーゲンクロイツ!占領時に張り出された張り紙だった・・と思います。忘れてます。
市庁舎を出たkおばちゃん。一応ぐるりを観光して見ました。するとこんな光景が!
写真の撮影です。どうも季節外れの衣装といい、本格的な撮影態勢といい・・何かの宣伝素材でしょうか?
この暑いのに、冬服でご苦労様です。
広場から入り込んだ小道のさきにこんな建物が見えました。帰り道だし・・行って見ましょう。
『Parafia rzymsko-katolicka pw. Matki Bożej Nieustającej Pomocy,św. Marii Magdaleny i św. Stanisława Biskupa』これが正式名称かどうかわかりませんが・・英語名だとThe Fara Church: The Parish Church of St. Stanisławとでてきます。日本語になおすと、『ファラ教会:聖スタニスワフの教区教会』となるようです。
ポーランドはもともとは、といっても何処が元々だかわかりませんが東方教会系のキリスト教だったけれど、後カソリックに改修したと聞きました。で、その時代はローマ帝国の時代じゃなかったから、直接ローマのイエズス会の傘下にはいった・・んじゃなかったでしょうか?スラブ語族でありながら、カソリック教徒の国。それがポーランドだと思っていますが・・違うかな?
この教会も1651-1701年に建てられたとか。中に入って見ました。
素晴らしいオルガンも備えてます。
さて、もう一箇所見て見たいところもありますので・・そろそろこの地区からさよならです。
この地区の外れというか入り口部分にちょっと近代的な建物がありました。入って見ました。
ショッピングセンターでした。Kupiec Poznańskiと言う名前のようです。
さっきまでkおばちゃんがいた旧市街の町並みとは対比的なモダンなショッピングゾーンでした。
そういえば・・昨日ホテルで駐車場を聞いた時に、ここも教えられたのですが『高いですよ』といわれてしまったのでした。
さて、もう少し観光して見ましょう。