Kおばちゃんのつぶやき

日々徒然に思うことの備忘録

イタリアからの風(クラクフ)

2012-03-26 19:04:48 | ポーランド
休み明けは毎度の事、エンジンのかからないkいおばちゃんです。ホンマニこんな調子で良いのでしょう・・

3月も最終週だというのに、この薄ら寒さ。
でも、しっかりと花粉だけは舞ってるのよね。去年の記憶を辿ろうと思うのだけれど・・あまり記憶が無い。
やっぱり11日のことがかなり尾をひいていて、そちらの方の記憶しかないのです。

喉もと過ぎればなんとやら・・では困りますね。

○8月5日(金)

さて、盛り上がっている歌声からちょっと抜けましょう。

さっきみた旗を持った一段は・・歌声のステージに気を使ってか・・ドラムのみの行進で広場を差って行きました。


広場の中心的建物になっている繊維会館Sukienniceは1階部分は通りぬけ出来るような構造になっています。


通路の両側には商店・・というよりも売店のようなお店が連なっています。


売っているものは・・殆どがお土産モノと言う感じの物産です。琥珀もありますし、獣の皮でできた衣類もありました。

丁度、縦の通路と横の通路が交差しているところにはこんなモニュメントがはめこまれていました。


通り抜けた広場のあちら側もなんだか賑やかそうです。


何だか人の輪が出来ています。何だろう・・とおもって近寄ると・・さっき行進していた彼らです。


フラグ Bandiere の演技?というのでしょうか?

これはちょっとお兄さんのチーム。


やはり力とスピードがあり勇壮です。


オチビちゃん達です。彼らも一生懸命です。


ポーランドにこんな文化があったのかな??と思い、不思議でしょうがありませんでした。
実は彼らには翌日も別の場所で出会ったのですが・・帰ってから調べてなっとくしました。(こればかりですみません)

彼らはどうもイタリアのフェラーラFerraraというポー川の支流ヴォラーノ川流域にある町からやってきた一段のようです。
フェラーラは14世紀、エステ家によって整備された。ルネサンス期に文化の中心地のとして栄え、エステ家が1598年フェラーラから追放されたあとはフェラーラは教皇領に編入されたそうです。
でも、未だに町の中心はエステ家なのでしょう。現在エステ城が一般に公開され、1995年にはフェラーラのルネサンス期の市街とポー川デルタ地帯が世界文化遺産に登録されたそうでうす。

で、こちらのご一行さまはフェラーラのRione Santo Spiritoと言う地区からの方々のようです

フェラーラのパリオ (IL PALIO DI FERRARA)競技というか競演というか・・お祭りは有名のようですね。
どうりで、ルネッサンス風だったわけだ・・と今頃疑問が解決しているkおばちゃんです。

さて、そろそろ日も暮れてきました。おなかも空いてます。あそこに行きましょう。


コメント
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