今は、スマホ使用が当たり前の世の中ですのに、私はその機器には見向きもせず、ガラケーを長年使用してきました。
そのうえ、ヤフー画面の誘惑に負けないように、キッズ用に設定して、ネット使用は禁止はしています。
スマホに変える気は全くありませんが、ガラケーが製造中止になれば(そんな噂も、ちらほら耳にする昨今)、そうはいかなくなるでしょう。
その頃には、スマホの通信料も今よりずっと安くなり、操作方法も簡単になっているに違いありません。
シンプルで操作方法が一番簡単な携帯と言えば、子供たちがよく使用する「見守り携帯」でしょうか。
通信できる相手も、親など数人に限られますから、その特殊性から携帯とはいえ、異種機種と言うべきかもしれません。
実は私の夫は、この見守り携帯を長年使用していました。
Yさんは、携帯に全く興味がない人でしたが、ある時、ソフトバンクの販売店の店員が私に勧めたのがこの機種。
「通信料も一月500円の定額制で、とても安いですから」と。
一瞬迷いましたが、夫に無断で購入し、持つようにしてもらいました。
せめて桜の咲く季節までは夫を生かしてあげたかった、との思いが強い私です。
旦那さまに、その桜を観てもらいたくて、しばらくその画像ばかり載せていきます。
花曇りの白い空の上、私の腕も未熟で、拙い写真ばかりですが。
お花見の記事は、次回の一連の記事の時までお預けになりそうです。
その後、言うまでもなく、その見守り携帯は大変重宝しました。
目を難病で患ってからは、特にそうでした。
視野が狭まってしまって、人の顔の識別も困難になった夫には、普通の携帯の操作は無理。
その点、私が購入した見守り携帯は、ワンタッチで対応できる電話機です。
目が不自由な夫でも、操作できました。
夫が入院中は、むろん役立ったことは言うまでもありません。
けれど、旦那さまから私に電話をかけてくることはめったにありませんでした。
夫は独立自尊の人でしたから。
「独立自尊」 この言葉が思い浮かび使用したものの、本当に夫の人柄を表す表現として適切か、少々自信がなくて・・・・・・。
すぐ、検索して調べました。
福沢諭吉の言葉なのですね~
独立自尊とは、人に頼らずに自分の力だけで事を行い、自己の人格・尊厳 を保つこと。
これを目にし、私の言葉の選択は間違っていなかった、と思いました。
夫は病気になってから、最後の厳しい状況に追いやられるまでは、愚痴弱音を一切吐かず、病気と一人で静かに対峙し闘い続けているようなところがありました。
心配し、気を遣いすぎると、かえって嫌がるような人でした。
ですから、病院から私に電話をかけてくるのは、用事がある時のみ。
一方、私はうるさがれても、やはり気になります。
病院に出かけない日は、1日に2~3回は電話をかけました。
しかし、今になって思うことは、本当はもっと寂しがり屋の人だったのかもしれない、と。
亡くなる一月前あたりから、旦那さまの私への態度が急激に変わったからです。
でも、私には、とても嬉しい事でした。
独立自尊の精神の時の旦那さまは、ちょっと近寄り難いような尊厳が漂っていましたから。
秀才の夫に対し、鈍才の妻、との意識もずっと潜在的にありました。
だからと言って、私は自分を卑下はしてはいませんでしたけれどね
目黒川沿いの桜並木。
先週、近所の仲良しさんたちとお花見したときの写真です。
長女夫婦は新婚時代、この桜並木沿いのマンションに住んでいました。
初孫の誕生で、私も夫も孫会いたさに心を弾ませて通った懐かしい道です
黒い帯が突然でき、いろいろ試みたのですが、消せなくなってしまいました。
どうしましょう、困った!
あら、話がまた、今日綴りたいテーマから脱線してしまいました。
元に戻します。
見守り携帯のお話でしたね。
私は見守りの機能を利用したことは一切ありませんでしたし、その機能の使用方法は、最後まで知らないままでした。
夫を見守って位置確認をする必要性は感じていませんでしたから。
この携帯が思いがけず、非常に役立つ日が訪れるのですが・・・・・・。
その時は、悲しい状況が極限に達していて、今思い出すのも辛く、切ない気持ち一杯になります。
更に、悲劇的な不運が、この携帯で起きました。
このお話の続きは、明日に回させて頂きます。
ご覧下さいまして有難うございました。
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