普通な生活 普通な人々

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芝居! 演りたくなってきた!①

2014-10-03 00:20:25 | 東京「昔むかしの」百物語
ちょっと長くなるけれど、書いておかないとなと思ったので、何回かに分けて書く。

中学を卒業する間際、もうじき高校入試という年の瀬。

東京12CHが、開局準備の試験放送のような形(確かまだ本放送は開始していなかったと記憶している)で、その年の高校演劇コンクール東京都大会・優勝校=東京都立杉並高等学校演劇部の「教室」を放送した。

ボクはそいつを見てしまった。衝撃だった。「この高校に入りたい」と、舞台放映を見終わった瞬間にそう思った。

同じ都立のT高校を受けるつもりで準備していたのだが、杉並高校受験に切り換えた。私立のW高等学校受験も準備していたが、こちらは親には申し訳ないが答案を白紙で出した。背水の陣とでも気取ったのかと、今では思う。

実は、当時親と進路で話し合いをしていた。ボクは中学卒業と同時に子役というか芝居の世界に入りたかった。だが親は「せめて高校は卒業して(大学入試の時も「せめて大学に入るだけでも入って」といっていたな)」という。それが、高校に入っても、充分自分の芝居に対する思いを充足させることのできる環境がある! と思ったわけだ。

結局、ボクは杉並高校に入学、脇目も振らずに演劇部に入部した。

1年の夏には、新幹線で岡山まで高校演劇コンクール全国大会に東京都代表として出かけ、12CHで見た「教室」で全国優勝を果たした。もちろんその時は裏方。忘れもしない岡山駅前の天満屋というローカルデパートのステージだった。

2年になって、今度は自分で脚本を書いて、東京都大会に出場。「現代の戦い」というちょっとシュールな脚本だったが、どうした加減か東京都で2位となった。だが、残念ながら全国大会行きは果たせなかった。

この段階で、ボクは芝居の世界で生きると決めた。

だから大学は「入るだけ」と言う約束で、W大学の第二文学部演劇科に入学した。同時に「三期会」というブレヒト劇団に研究生として入った。

なにか、楽しい日々の始まりを予感させたのだが、そうは問屋がおろさなかった。

続きはまた次回。