【佐伯茂樹著、音楽之友社発行】
著者は早大卒業後、東京芸大でトロンボーンを学んだ。現在はピリオド楽器(作曲当時の古楽器)を中心にした演奏活動の傍ら、大学で楽曲・楽器に関する講義をしたり、音楽雑誌に月評やコラムを執筆したり。著書に「管楽器おもしろ雑学事典」「オーケストラ・吹奏楽が楽しくわかる楽器の図鑑(全5巻)」「名曲の『常識』『非常識』―オーケストラの中の管楽器考現学」などがある。
4章構成で、第1章「常識を疑うと見えてくる名曲の真相」ではまずベートーヴェンの交響曲第五番「運命」を取り上げる。冒頭の「ダダダダーン」について扉を叩く音ではなく鳥の鳴き声だったのではないかという。第五が「運命」と呼ばれるようになったのは「ベートーヴェンが『運命が扉を叩く音である』と語った」と秘書が伝記に記したことから。だが秘書には虚言癖があって、その証言には信憑性がないという。
一方、ベートーヴェンの弟子だったカール・ツェルニー(ピアノの教則本で有名)は全く別の証言をしていたそうだ。冒頭のモチーフは扉を叩く音ではなく、ベートーヴェンがウィーンの公園を散歩中に聴いたキアオジという鳥の鳴き声をヒントに思いついたという。著者は「実際、ベートーヴェン自身『鳥は偉大な作曲家である』と語ったと言われており……鳥の鳴き声を曲の中に採用したとしてもおかしくはない」としている。
第1章では他に「ホルストの《惑星》は天体を描いたわけではない?」「ラヴェルが望んだ《ボレロ》は現在の演奏とは異なっていた?」「モーツァルトの〈トルコ行進曲〉のリズムは間違って演奏されている?」など、名曲の定説に疑問符を投げかける。
第2章は「名曲に隠された死の概念を知ろう」。西欧のオーケストラ曲の中でトロンボーンは縁起が悪い概念を表すことが多く、人々はその音からミサや葬儀を連想するという。「バロック期の作品でもトロンボーンは死を表す楽器として扱われ、モーツァルトやハイドンなど古典派時代になっても、基本的に宗教曲とオペラの死の場面にしか使われていない」。トランペット(またはホルン)と打楽器に弱音器を装着したときの響きも葬儀を表すことが多いという。
こうした傾向を踏まえ、著者は「ベートーヴェンの交響曲第六番≪田園≫は実は告別の歌だった?」「ドヴォルザークの≪新世界より≫第二楽章はアメリカ先住民の葬儀を表している!」などと指摘する。≪新世界より≫第二楽章といえば「家路」として知られる牧歌的なあの名曲。米国滞在中に作曲したドヴォルザーク自身も「この楽章は先住民の葬儀を表現している」と語っていたそうだ。クラシックの名曲の数々に「こんな見方や解釈や裏話もあったのか」と感心させられることが多い一冊。