く~にゃん雑記帳

音楽やスポーツの感動、愉快なお話などを綴ります。旅や花の写真、お祭り、ピーターラビットの「く~にゃん物語」などもあるよ。

<BOOK> 「大和のたからもの」

2016年07月20日 | BOOK

【岡本彰夫著、写真・桂修平、淡交社発行】

 著者岡本氏は1954年奈良県生まれ。国学院大学文学部神道科を卒業後、春日大社に奉職し2001年から権宮司。15年退職し、現在は奈良県立大学客員教授。日本文化、とりわけ奈良の伝統文化への造詣が深く、著書に『大和古物散策』『大和古物拾遺』『神様にほめられる生き方』などがある。

       

 「大和のいのり」「大和のいとなみ」「大和のたくみ」の3章構成で、長い伝統の中で生まれた神具や彫像、書や絵画、焼き物などの美術・工芸品を、制作者の匠の技とともに紹介する。岡本氏が本書を執筆した背景には「(大和は)古代の文化遺産に恵まれ過ぎて近世・近代をかえって軽んじてしまう」(あとがき)風潮への危惧がある。「大和の近世・近代の匠や物の研究はまだまだ不充分」と指摘する。

 本書には奈良にゆかりのある各分野の著名人が登場する。俳人の會津八一、文人画家の柳里恭、赤膚焼の奥田木白、彫刻師の森川杜園、陶芸家の富本憲吉……。その一方で、日の当たらない人や忘れ去られた人たちにも焦点を当てた。

 画家・堀川其流(きりゅう)は一畳ほどの画面いっぱいに無数の鹿を配置した「千疋鹿(せんびきじか)」を描いた。その大胆な構図と一匹一匹異なる容態につい見入ってしまう。師匠は「鹿を描けば右に出るものなし」といわれた内藤其淵(きえん)。その内藤の絵の師匠だったといわれるのが菊谷葛陂(かっぴ)。『大和人物志』(1909年)の紹介は「圓山應擧に就きて畫を學び、花鳥を善くせりといふ」と短いが、岡本氏は菊谷について「実はとんでもなお四条派の画家」とし「今後研究すべき奈良の画描きの一人」と強調する。

 岡橋三山は極小の〝細刻職人〟。自作の茶杓に、ルーペで見ても読みづらいほどの文字で般若心経などを刻んだ。しかもなんとか彫ったというのではなく達筆というから驚く。かの有名な彫刻家、市川銕琅(てつろう)をして「あの技は誰にもマネ出来ん」と唸らせたそうだ。安井出雲はかつて「三国一の土人形師」と称されたが、今では忘れ去られた存在。富士山が好きだったらしく、富士をかたどった置物・香炉などを残した。陶芸家の黒田壷中(こちゅう)は沖縄で父と「琉球古典焼」を始め、故郷の大和に戻ってからは人形などの作陶に励んだ。清貧に甘んじ余技として土産物の埴輪や土鈴を作って糊口を凌いだという。

 画家や文人、陶芸家らの中で1人異色の人物が取り上げられている。「孝女もよ」。生まれてすぐ農家の養女になり9歳から病身の養母の看病に当たった。薬代を賄うため農作業や看病の合い間には、奈良晒用の麻糸紡ぎにも精を出した。村役人たちが孝行ぶりを領主に知らせたことから、11歳のときに藩侯からごほうびを授かる……。江戸中・後期の心学者、鎌田一窓はその行いを後世に伝えようと『和州和田邑孝女茂代傳』(1781年)を上梓した。その1ページ目の写真と、もよが書いた「唯」一字の墨書が添えられている。岡本氏は「こんな世の中でこそ、再び孝子や孝女に思いを馳せたい」と思いを記す。

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