【珠玉の作品「鼓の音」「花がたみ」「楊貴妃」など】
松伯美術館(奈良市登美ケ丘2)は近畿日本鉄道の名誉会長だった故佐伯勇氏の邸宅跡に立つ。気品あふれる美人画で知られる上村松園とその子松篁、孫淳之の三代の画業を紹介する場として1994年に開館した。その美術館でいま「本画と下絵から知る上村松園・松篁・淳之」展が開かれている。何枚もの素描や縮図帖、下絵などを通して、1枚の名品が生まれるまでの苦心の跡や試行錯誤の一端をのぞくことができる。
松園(1875~1949)の作品では『鼓の音』や『花がたみ』などが本画と下絵を横に並べて展示中(写真はいずれも部分)。『鼓の音』は円熟期の65歳のときの作品で、ニューヨーク万国博覧会(1940年)に出品され絶賛された。下絵には手の部分と胸から上の部分に描き直した紙が貼られていた。下絵の横には松園自身が使っていた鼓が展示され、写真家土門拳が撮影した鼓を手にした松園の写真も。構図は喜多川歌麿の『松葉屋の遊女の見立五人囃子 松葉屋内染之助』を参考にした可能性が高いという。
『花がたみ』は第9回文展で2等入賞した40歳の頃の作品で、謡曲『花筐』に想を得た。越前の皇子が継体天皇として皇位を継ぐため都に向かう道中、寵愛を受けていた照日前(てるひのまえ)が皇子から贈られた花籠を持って現れ、狂人となって舞う――。松園が最も苦心したのが狂人の“空虚な視線”の表現。松園はこの絵を描く前、精神科の病院を訪ね入院患者たちを観察した。祇園の芸妓・舞妓に狂乱を装って舞ってもらったこともあった。ただ「やはり真の狂人の立居振舞を数日眺めて来たことが根底の参考となった。何事も実地に見極めることがもっとも大切」と書き残している。本画は女性が正面向きに描かれているが、素描や小下絵の段階では横向きのものも多かった。
松園作品ではほかに館蔵の『楊貴妃』『虫の音』が本画と下絵、『月と花(藤原時代春秋)』が個人蔵の本画と館蔵の下絵、『焔』が松浦直子さんの模写(2008~09年)と館蔵の下絵がそれぞれ横並びに展示。『楊貴妃』の小下絵の1枚には「楊貴妃ノ艶容ヲ画クと言フヨリモ 貴妃其人ノ頗ル思ヒ上リタル 人格描冩ヲ主トシテ」と書き添えていた。掛け軸の双幅『月と花』に描かれた人物は平安時代の女流歌人、紫式部と伊勢大輔と思われる。松園の『娘深雪』『待月』『砧』『草紙洗小町』などの下絵も、他の美術館などが所蔵する本画の写真を添えて展示されている。
松篁(1902~2001)の作品では『狐』『夕日』『白木蓮』『芥子』『矮鶏(ちゃぼ)』がいずれも本画と下絵が、現館長淳之氏(1933~)の作品では『鳩舎』『鳧(けり)』の本画、大阪新歌舞伎座の緞帳『四季花鳥図』の原画と下絵などを展示中。11月27日まで。