“各相易佐知欲用”
を、どう読めばいいのでしょうか??稗田阿礼が物語ったことを太安万侶が文にしたのです。夫々に読み手によって読み方が分かれてもおかしくはないのですが、これを宣長は
“カタミニ サチ カヘテ モチヒナム ト イヒテ”
と読んでおります。「各」は「カタミニ」です。所が中には<オノモオノモ>と読んでいる訳本もありましたが、要するに「それぞれ」「おのおの」と言う意味になるのですが・・・また、「佐知<サチ>」ですが、幸<サチ>です。「幸」は、自分にとって生きていく上でなくてはならない大変有難く良いことです。それが、その己の幸を引き寄せるための道具をも意味するようになります。ここでは兄の<サチ>は釣り針です。弟の海彦のは弓矢です。
その<サチ>道具を取り易(か)へて使たらどうかなと海彦が思ったのです。海彦の方が何でもやってみたいと言う革新的・進歩的な若者志向の考えを持っており、何でも物事を執り行うのが慎重で保守的な兄の山彦に挑戦するように尋ねます。
「兄さんと私は、今、大変幸福な生活をしております。所で話は違いますが、私たち兄弟は、これまで、夫々違った生活体験はしたことがありません。お兄さんがどのような幸福な暮らしをしているの分かりません。お兄さんも私の暮らしがどのようなものか味わったことが無いでしょう。そこで、な話は変わるのですが、私の持っている大変大切な道具である弓矢と兄さんの持っている、これ又、大変にありがたい道具である釣り針と、ちょっと交換してそれを使い、夫々の幸を味わってみてはいかがでしょうかね。」
と、申し出たのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あの、是は、誠に、蛇足にもならないような私の雑音ですが、お聞きください。万葉集に
“山辺には 猟夫(さつお)のねらひ 恐(かしこ)けど 男鹿鳴くなり 妻が目に欲り”
の歌がありますが、この<サツ>も、この幸<サチ>がら生まれ言葉ではないでしょうかね???どうでしょうか。
を、どう読めばいいのでしょうか??稗田阿礼が物語ったことを太安万侶が文にしたのです。夫々に読み手によって読み方が分かれてもおかしくはないのですが、これを宣長は
“カタミニ サチ カヘテ モチヒナム ト イヒテ”
と読んでおります。「各」は「カタミニ」です。所が中には<オノモオノモ>と読んでいる訳本もありましたが、要するに「それぞれ」「おのおの」と言う意味になるのですが・・・また、「佐知<サチ>」ですが、幸<サチ>です。「幸」は、自分にとって生きていく上でなくてはならない大変有難く良いことです。それが、その己の幸を引き寄せるための道具をも意味するようになります。ここでは兄の<サチ>は釣り針です。弟の海彦のは弓矢です。
その<サチ>道具を取り易(か)へて使たらどうかなと海彦が思ったのです。海彦の方が何でもやってみたいと言う革新的・進歩的な若者志向の考えを持っており、何でも物事を執り行うのが慎重で保守的な兄の山彦に挑戦するように尋ねます。
「兄さんと私は、今、大変幸福な生活をしております。所で話は違いますが、私たち兄弟は、これまで、夫々違った生活体験はしたことがありません。お兄さんがどのような幸福な暮らしをしているの分かりません。お兄さんも私の暮らしがどのようなものか味わったことが無いでしょう。そこで、な話は変わるのですが、私の持っている大変大切な道具である弓矢と兄さんの持っている、これ又、大変にありがたい道具である釣り針と、ちょっと交換してそれを使い、夫々の幸を味わってみてはいかがでしょうかね。」
と、申し出たのです。
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あの、是は、誠に、蛇足にもならないような私の雑音ですが、お聞きください。万葉集に
“山辺には 猟夫(さつお)のねらひ 恐(かしこ)けど 男鹿鳴くなり 妻が目に欲り”
の歌がありますが、この<サツ>も、この幸<サチ>がら生まれ言葉ではないでしょうかね???どうでしょうか。