"疊々”
ジンムが高らかに歌った歌の中にある言葉です。何のことがさっぱりです。宣長先生も矢張りそうらしいのです。「疊々」何と読むのでしょうか<ジュウジュウ>????
それに付いても、宣長先生は、誰かが「疊」を「盈」と誤って写したのではないかと推測されて、「延々<エエ>」と読まれたのだそうです。今では、この説に殆どの古事記研究者が従っているようです。
ちなみに、<エエ>を広辞苑で引くと、漢字はなく、ひらかなで「ええ」と出ており
『驚きあるいは悲しんだ時などの感動をあらわす語』
『応諾または応答する時に発する語』
と説明してあります。
そこで、また、「よくぞ」と、宣長先生に敬意を表し、その研究の造詣の深さに改めて感心すること仕切りですが、それだけではありません。次には又又・・・
“志夜胡志夜<シヤコシヤ>”
です。
何でしょうかね。この歌も???宣長も、度々、書いております。
「此言甚心得難し」
と。
更に、次も
“伊碁能衣曾<イゴノフゾ>”・・・
とあり、難解な言葉の連続です。私には、到底、理解できないのでは思い、読むのをよそうかとも・・・・・
"志夜胡志夜、伊碁能衣曾”
あなたならどうします????
ジンムが高らかに歌った歌の中にある言葉です。何のことがさっぱりです。宣長先生も矢張りそうらしいのです。「疊々」何と読むのでしょうか<ジュウジュウ>????
それに付いても、宣長先生は、誰かが「疊」を「盈」と誤って写したのではないかと推測されて、「延々<エエ>」と読まれたのだそうです。今では、この説に殆どの古事記研究者が従っているようです。
ちなみに、<エエ>を広辞苑で引くと、漢字はなく、ひらかなで「ええ」と出ており
『驚きあるいは悲しんだ時などの感動をあらわす語』
『応諾または応答する時に発する語』
と説明してあります。
そこで、また、「よくぞ」と、宣長先生に敬意を表し、その研究の造詣の深さに改めて感心すること仕切りですが、それだけではありません。次には又又・・・
“志夜胡志夜<シヤコシヤ>”
です。
何でしょうかね。この歌も???宣長も、度々、書いております。
「此言甚心得難し」
と。
更に、次も
“伊碁能衣曾<イゴノフゾ>”・・・
とあり、難解な言葉の連続です。私には、到底、理解できないのでは思い、読むのをよそうかとも・・・・・
"志夜胡志夜、伊碁能衣曾”
あなたならどうします????