私の町吉備津

岡山市吉備津に住んでいます。何にやかにやと・・・

イザナギは玉緒を“母由良”に・・・・

2017-02-11 13:36:17 | 日記

 イザナギは天照大御神、月読命、須佐之男命の三柱の神をお生みになって大いに喜ばれます。(“大歓喜<イタクヨロコバシテ>”)そして、まず、始に、天照大御神の首に首飾りになっている「玉緒」を掛けます。それを古事記には

                     “御頸珠玉緒<ミクビタマヲ>母由良邇<モユラニ>”

 と書いてあります。この<モユラ>とは、「も」は接頭語で、(玉が触れ合って鳴るさま)を云いますが、宣長は、

                                        “緒に貫<スケ>る玉どもの動きて、相触つつ鳴るさま”

 と説明しております。要するに、イザナギは心地よい御音をさせながら玉飾りをアマテラスの御首に掛けておやりになるのです。そして云います。

                   “汝命者所知高天原矣<ナガミコトハ タカマガハラヲ シラセト>

 “所知<シラセ>「貴女は高天原を治めなさい」と云います。なお、この時に掛けられた「御頸珠<ミクビタマ>」はあの「三種神器」の一つではありません。これは高天原にある宮殿に置かれていたものです。今でもそこにあるはずです。


結局、イザナギが阿波岐原でお生みになった神様は・・・・・

2017-02-10 16:31:34 | 日記

 イザナギが「橘の小門之阿波岐原」で禊ぎ祓いたまいし時にお生まれになられた神の数ですが、まず初めに、ご自分の御杖を投げ捨てた時生まれた

                   “船戸神<フナドノカミ>”

から、最後に鼻を洗った時に生まれた

                   “建速須佐之男命”

 まで、総計で「二十六柱」の大きを数えることができます。これだけでも、もすごいと思いになられませんか。なお、日本書紀には「十七柱」となっておりますが、どうしてこのような数に違いが生じているかと云えば、「書紀」では、一つのものから一柱の神しか生まれていないのですが、古事記では、例えば、イザナギが中瀬で身を清めますが、その時、生まれた神様は

                   “八十禍津神次大禍津日神此二神・・・・・”

 のように二柱になっております。そのような違いが「26」と「17」の違いになっておるのです。念のために。


「見る」と「嗅ぐ」。どう違うか

2017-02-09 11:32:26 | 日記

 さて、目から“成りませる”神「天照大御神」と「月売神」、即ち、太陽と月ですが、此の二人の大神は

                  ”善神<ヨキカミ>に坐<マ>シます。” それは“目に見たる穢は、浅くてなごりなき故”

 だ。と宣長は説明しております。なお、「なごりなし」は「残るところがない。すぐに消え去ってしまうもの」という意味です。
 これに対して「須佐之男命」は鼻から成坐る神で、

          ”鼻に嗅悪臭気<カグクサキケ>は、深くて其のなごり亡<ウセ>がたき故”  “悪神”

 だとしています。

 このようにしてイザナギが“阿岐波原”で禊をした時ですが、結局、十四柱の神様がお生まれになっております。この時から、先にも申したように、この日本国に「時間」「時」「季節」と云う、至って人の生活にリズムを付ける貴重な、何と言ったらいいのでしょうか分かりませんが、「もののひろがり}とでも云いましょうか」、この世に現れたのです。というよりか生まれたと言いましょうか、人が生きる希望と云ったのうがいいのかもしれませんが???そして「日本の歴史」が始まるのです。

 ということで、「イザンギ」のお話は終わりにしようと思ったのですが、「悪神」という字を見て、神様の世界にも、あたかも人間であるかのように「善悪」があるのはどうしてだろうか、という疑問が出て来ます。私の子供ころからの思いは、「須佐之男命は大蛇を退治した英雄だ」という備中神楽の影響で大変愛された神様だったのですが、それが「悪神だ」なんてとんでもない事のように思われます。そのあたりを今少し追い求めようと思い、またまた「閑話」ですが暫らくお付き合いいただけたら幸いです。ということで、もう少々]古事記を紐解いてみます。


イザナギが最後に顔を拭ったのは・・・

2017-02-08 10:21:44 | 日記

 イザナギは水から顔を出して、懸った水を、先ず、左目、次に右目と拭われます。そして、最後は鼻に付いた雫をお拭いになられます。すると、その時に現れた神は、ご存じ

                        “建速須佐之男命<タテハヤ スサノウノミコト>”

 です。
 書紀には「素戔鳴尊<すさのをのみこと>」と書かれてあります。かの宣長は、清少納言の枕草子には「そさの]と書いてあるが、それは“訛(ひがごと)なり”と、あります。なお、「建速<タテハヤ>」とは武々しい様子を云う言葉だそうです。

 その鼻が終わると、今度は、当然、続いて“御口”や“御耳”をお洗以になったのではと思うのですが。此の「御鼻」が最後だったのです。どうしてでしょうか。その理由について「古事記伝」には

 「御口は黄泉の国の物を食べてはないので穢れてはおらず、御耳はイザナミの声や雷の声を聞いてはいるが、総て声には穢れの元になるものはないから、清める必要がない」

 と書いてあります。でも、イザナギはイザナミと話をしたりその声を聞いたりしたのだから、やはり「御口」も「御耳」も穢れているのではと私は思いますがね????どうでしょうか


月読命とは

2017-02-07 14:40:41 | 日記

 都久用美<ツクヨミ>と読ませるのだそうです。この<ヨミ>とは黄泉にも通じる言葉で、暗い夜を支配する神様、そうです。「天照<アマテラス>」太陽に対して月の神様です。
 なお、「天照」が女性の神様であるのに対して、この月読命は男性です。

 ここの初めて、昼の神(太陽)と夜の神(月)はこの地上に現れたのです。そこらあたりが、未だに、はっきりしてなくて「月日」はイザナギイザナミ以前からあったとしている人もいたようですが、それは完全なる誤りだと宣長先生は強調しておられます。
 では、それ以前はと云いますとこの地上といいますか“天地初発時<アメツチノ ハジメノトキ>には、まだ、月や太陽はなく、だから、暦などはなく、ということは「時」もなく、当然、四季等あろうはずがなく、混沌として、形も色など、勿論なく、そんないい加減な漠然たる世界ではなかったのでしょうか。でも、イザナギが死せるイザナミの姿を見ようとして火を灯したのですから光はあったのでしょうかね。ということは、高天原の世界には、何時も、光だけは満ち溢れており、四方いっぱいに輝いていたのでしょうかね。また、そうすると気温などはあったのでしょうかね????

 こんな国に、初めて太陽と月が生まれたのは、イザナギが、黄泉の国の穢れを清めるために、橘の小門に身を沈めた時からだったのです。