何処ぞに穴があったら入りたい気持ちの小宰相のことを慮って「・・・ふみかえされてぬるる袖かな」と、我が思いを切実に書き綴った通盛からの文をお読みになった後で、誰に云うともなくおっしゃいます。
「これは、会わぬのを恨んだ文じゃ。あまりに情の強さも、かえってあだとなるものですよ。」
と、その後は、先年の小野小町の話を例にひきながら、汲々と身をちぢ込ませている小宰相に、特に、申されます。
「この小町と云う人は余りにも情が強く、人になびかず、人に思いをつもらせたあまり、その報いで、ついには雨風さへしのげぬあばら家の中で、ひとり涙にぬれて夜を明かし、かろうじて露命をつないだのよ」
とお話になり、
「さればこのような返事を}
と、かたじけなくも硯を引き寄せ、自らご返事をお書きあそばされたのです。その文の最後に認められた歌が
“ただたのめ ほそ谷河の まろ木ばし
ふみかえしては おちざらめやは”
です。恋文の代筆をその場で書かれたのです。それぐらい女院は小宰相を可愛く思われていたのでしょう。