パソコンの調子が悪くて 一日遅れに …!
「さよなら」 って お別れの言葉 だけ じゃないと思うけど、
今は ほとんど 使わなくなりました。
小さい頃は 次の日に会えても 別れる時には 手を振りながら 「さよなら」。
小学校では 帰る時に 必ず 「起立、 礼」、 お辞儀を しながら 「さようなら」。
普通に使ってたような 気が します。
使わなくなったのは 歳のせい!? 時代のせい!?
今は、 「じゃ~ね」 「またね」 「お元気で」 「また お会いしましょう」
そんな言葉です。
ラビにも 「さよなら」 とは 言っていない。
「今まで ありがとう!」 と 伝えた。
届いたかどうかは わからないけれど、
それが 素直な気持ち だった。
「可哀相 と 言ってはいけないのよ。 迷うから …!」 って
昔、飼い犬を亡くした 近所のおばさんに 言われたことが あった。
だけど そんなことを 思い出す 暇 も なく
あの時は 必死で 「戻って来て!」 って 声に出 して 願い、祈ってた!
だから … ラビは 迷ったあげくに 一度 戻って来てくれた。
でも … 戻って来た時の方が 痛々しく見えた。
だから ……… もう 引き止められなかった!
ラビが亡くなって 2年目。
法要なら 三回忌 に当たります。
三回忌 は、故人の死から 2年後の 祥月命日(しょうつきめいにち) に
営みます。 一周忌 の次は三回忌。 この回忌とは 死後年数 と
違い、亡くなった年を 1年(回)目として計算するため 「死後年数から
1年を引く」 という数え方になります。 1周忌を 2回忌 と呼ばない
のは、死後初めての年忌(1周年)法要 との意味合いが込められて
いるためだそうです。
今では いないことにも 慣れは しましたが、
思い出す時は 来ている時! なんじゃないかな~ なんて
勝手な解釈を したり しています。
逢えたような気 になれる時 です。
他にも、「遊び に 来てるの?」 と 思うことは あります。
でも それは、もしかしたら ラビではない のかも しれない!
モモ(ウサギ)や、 モグ(ウサギ)や、 ボビー(犬)や
モンスケ(プレーリードック)や
ルミ(猫)や、 シロ (犬)や、 ニック(犬)や、 隣のロン(犬)や …
私の 祖父や、 祖母や、 親戚、 友人、 知人 …!
知らない何か … だったりするのかも しれません。
でも、そんな誰か だったにしろ、
そういう時の空気は 何となく 違う ような 気がする んです!
残念ながら 私には 霊感 なるものが 無いから
本当のところは わからないのですが、
「誰か来てるの?」 と 思う時は 何だか 急に 鼻が 重くなる。
<重くなる> というのは 詰まる という意味 ではなく、
鼻に 圧力を 感 じるんです。
同 じようなことは オデコ にも 起こります。
どちらの場合も、上から 骨を ググッと押されたような 圧迫感 を感 じます。
違和感を 感 じると つい 手が行くんですが、
あんまり きつく触っては いけないような 気が して
そ~っと 触れたり 撫ぜたり してみるんです。
だけど、
誰なのか わからないというのは 辛いものです。
だって もし
人違い、 猫違い、 犬違い、 ウサギ違い、 プレーリードック違い など
勘違い していたら … 申し訳ない!
せっかく 逢いに来て くれたのに
違う名前を 言われたりしたら、気を悪くしちゃう かも しれません。
合図 でもくれれば いいのに と思ってはみたけれど
霊感がないから 出 しているサインに 気づかないのかも しれない!
何か違うとは 気づいても 理解できないのかも しれない!
何か 別のものに 姿を変えて 逢いに来てくれているのかも しれない!
もしかして、今 飛んで来た モンキチョウ が そう!?
まったくの 気のせい なんてことだってあるかも しれません。
霊感がある人が 羨ましい時が あります!
だけど …
猫って 霊感 が あるのかな~!? ないのかな~!?
私が 感じていても 平然 としている時 も あれば、
何もない所を じ~っと見つめている時 も ある。
マーブルの視線の先 が やけに 気になって
つい、 「誰か来てるの?」 って 聞いてしまいます。
夜中に 急に 家中を飛び回る 姿や 足音にも
誰かと遊んでいるのかな~ なんて 思ったりも します。
そういう時には まったく 怖い という 気持ちは ないものです。
逢いに来てくれたのなら とっても 嬉しい!
もしそうなら マーブルと、いっぱい遊んでやってね!
ラビは 風になって
もう、地球を 何周 したんで しょうか!?
宇宙 には 行ったのでしょうか!?
たまには、天国で の~んび りすることも あるのかしら!?
いろんなものを 目にして来たのなら
地球が これから どうなって行くのか も
知っているのでしょうか!?
もしも 今 生きているもの達が 何か 出来て、
何か 出来ることで 地球が 元気に なれるなら
今、そして これから生まれ来るもの達までが ずっと 幸せに生きられるよう
何か 伝えて欲 しい。
「こんな風にしたら良いよ!」 って 教えて ラビ!
いつか … 未来に …
再び逢えた時に
「ちょっとは 頑張ったね」 って 言ってもらいたいし、
天へ旅立った後、 私も 残 して来た者達 に
そんなメッセージを 伝えられる力を 備えられたら 良いな~ … なんて!
「さようなら」 と 「さよなら」!
「さようなら」 は、別れ言葉 の意味合いが強い ような気が します。
「さよなら」 は、<また会える 今日は さよなら> 。
明日、 今度、 いつか。
再び逢うための 約束言葉 の意味合いが強い ような気が します。
<もう会えない> は 悲 し過 ぎるから
<また会える> で … 希望 を 繋ぐ!
この違い は 大きいです。
天国の入り口 で 待っていてくれると思えば 今は 精一杯 生きて
その日が来たら 家族には 「先に行って待ってるよ」 と 言える。
そんな 順送り!
待っていてくれるものがあったら、行く先も 寂 しくないですものね。
ラビには 「さよなら」 も 「さようなら] も 言っていない。
でも ちゃんと 約束は 出来ている。
いつか 逢おうね …って!
きっと こんな格好で 待っていてくれることでしょう!
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
再び逢える約束 …
1981(昭和56)11年10月発売、
来生たかお さん の 『夢の途中』。
(作詞 = 来生えつこさん。作曲 = 来生たかおさん)。
「さよならは別れの 言葉じゃなくて 再び逢うまでの 遠い約束」
優しい言葉ですね。
考え方 ひとつで 気持ちは違って来ます。
今でも 思い出せば 逢える。
ずっと先、ちょっと先、 いつか また 絶対 逢える。
「現在(いま)を嘆いても 胸を痛めても ほんの 夢の途中」
夢の途中!
辛いことも 夢の途中。 起きて見る 夢!
長くて短い 一生 って、夢の中 みたいなものなのかな!?
「スーツケースいっぱいに詰めこんだ 希望という名の 重い荷物を
君は軽々と きっと持ち上げて 笑顔 見せるだろう」
行く先に 希望があれば、夢があれば、進めます。
どんなに重い荷物でも そんなものを抱いている時は
軽く感じるものです。
一生懸命歩いて、 そして たとえ途中で 命の炎が 消えたとしても、
その先にも 待っていてくれる誰か が いてくれるなら 幸せ!
(※ 詞の内容から、その時感じたままを 書いています。)
来生兄弟は 作詞家 作曲家として 数々のヒット曲を書いていました。
大橋純子さん 『シルエット・ロマンス』、岡村孝子さん 『はぐれそうな天使』、
中森明菜さんの 『スローモーション』 『セカンド・ラブ』 など。
でも、<来生たかお> としてのレコードは 売れていませんでした。
井上陽水さんの バックバンドなどを経ての 歌手デビュー。
デビュー曲は 1976(昭和51)年発売の 『浅い夢』。
そんな中、この 『夢の途中』 が 角川書店 と Kitty Film の 共同製作映画
「セーラー服と機関銃」 の 主題歌 に 決まり、
彼は 大喜びで レコーディング したのだそうです。
当時 角川映画の主題歌は、必ず大ヒットしていましたから…!
ところが、映画の総監督を務める 相米慎二氏 が
「主題歌は 薬師丸ひろこに歌わせる!」 と言い出 し、
本人が降ろされて 曲名も 『セーラー服と機関銃』 となった!
そんなことから お姉さんである えつこさんが 大激怒!
かなり揉めて CBSソニーへの移籍寸前まで行ったようですが、
本人のものも <オリジナルカバー 『夢の途中』> として
同時発売する ということになり 何とか納まった とか!
当初、映画の大ヒットで 薬師丸さんの方は 主題歌も 大ヒット。
来生おさんは 出遅れたようですが、
その後 薬師丸さんを上回る ヒットを記録 しました。
原案は、もちろん 『夢の途中』。
『セーラー服と機関銃』で 一部歌詞が書き換えられてはいるけれど
メロディは 同 じなわけですから
別人が 別曲名で 同メロディの曲を歌い、同時期に発売 して
けっきょくは 両方とも 大ヒット & ロングヒット となったなんて
かなり珍しく、凄い結果 となったものです。
ちなみに 歌詞の違いは、
『夢の途中』
現在を嘆いても 胸を痛めても ほんの夢の途中
『セーラー服と機関銃』
夢のいた場所に 未練残しても 心寒いだけさ
なぜ この部分だけが 違うんだろう!?
イラスト素材の一部は、下記を利用させていただいています。
「イラスト工房」 「ポレポレ素材屋」 「次の日ケロリ」
「さよなら」 って お別れの言葉 だけ じゃないと思うけど、
今は ほとんど 使わなくなりました。
小さい頃は 次の日に会えても 別れる時には 手を振りながら 「さよなら」。
小学校では 帰る時に 必ず 「起立、 礼」、 お辞儀を しながら 「さようなら」。
普通に使ってたような 気が します。
使わなくなったのは 歳のせい!? 時代のせい!?
今は、 「じゃ~ね」 「またね」 「お元気で」 「また お会いしましょう」
そんな言葉です。
ラビにも 「さよなら」 とは 言っていない。
「今まで ありがとう!」 と 伝えた。
届いたかどうかは わからないけれど、
それが 素直な気持ち だった。
「可哀相 と 言ってはいけないのよ。 迷うから …!」 って
昔、飼い犬を亡くした 近所のおばさんに 言われたことが あった。
だけど そんなことを 思い出す 暇 も なく
あの時は 必死で 「戻って来て!」 って 声に出 して 願い、祈ってた!
だから … ラビは 迷ったあげくに 一度 戻って来てくれた。
でも … 戻って来た時の方が 痛々しく見えた。
だから ……… もう 引き止められなかった!
ラビが亡くなって 2年目。
法要なら 三回忌 に当たります。
三回忌 は、故人の死から 2年後の 祥月命日(しょうつきめいにち) に
営みます。 一周忌 の次は三回忌。 この回忌とは 死後年数 と
違い、亡くなった年を 1年(回)目として計算するため 「死後年数から
1年を引く」 という数え方になります。 1周忌を 2回忌 と呼ばない
のは、死後初めての年忌(1周年)法要 との意味合いが込められて
いるためだそうです。
今では いないことにも 慣れは しましたが、
思い出す時は 来ている時! なんじゃないかな~ なんて
勝手な解釈を したり しています。
逢えたような気 になれる時 です。
他にも、「遊び に 来てるの?」 と 思うことは あります。
でも それは、もしかしたら ラビではない のかも しれない!
モモ(ウサギ)や、 モグ(ウサギ)や、 ボビー(犬)や
モンスケ(プレーリードック)や
ルミ(猫)や、 シロ (犬)や、 ニック(犬)や、 隣のロン(犬)や …
私の 祖父や、 祖母や、 親戚、 友人、 知人 …!
知らない何か … だったりするのかも しれません。
でも、そんな誰か だったにしろ、
そういう時の空気は 何となく 違う ような 気がする んです!
残念ながら 私には 霊感 なるものが 無いから
本当のところは わからないのですが、
「誰か来てるの?」 と 思う時は 何だか 急に 鼻が 重くなる。
<重くなる> というのは 詰まる という意味 ではなく、
鼻に 圧力を 感 じるんです。
同 じようなことは オデコ にも 起こります。
どちらの場合も、上から 骨を ググッと押されたような 圧迫感 を感 じます。
違和感を 感 じると つい 手が行くんですが、
あんまり きつく触っては いけないような 気が して
そ~っと 触れたり 撫ぜたり してみるんです。
だけど、
誰なのか わからないというのは 辛いものです。
だって もし
人違い、 猫違い、 犬違い、 ウサギ違い、 プレーリードック違い など
勘違い していたら … 申し訳ない!
せっかく 逢いに来て くれたのに
違う名前を 言われたりしたら、気を悪くしちゃう かも しれません。
合図 でもくれれば いいのに と思ってはみたけれど
霊感がないから 出 しているサインに 気づかないのかも しれない!
何か違うとは 気づいても 理解できないのかも しれない!
何か 別のものに 姿を変えて 逢いに来てくれているのかも しれない!
もしかして、今 飛んで来た モンキチョウ が そう!?
まったくの 気のせい なんてことだってあるかも しれません。
霊感がある人が 羨ましい時が あります!
だけど …
猫って 霊感 が あるのかな~!? ないのかな~!?
私が 感じていても 平然 としている時 も あれば、
何もない所を じ~っと見つめている時 も ある。
マーブルの視線の先 が やけに 気になって
つい、 「誰か来てるの?」 って 聞いてしまいます。
夜中に 急に 家中を飛び回る 姿や 足音にも
誰かと遊んでいるのかな~ なんて 思ったりも します。
そういう時には まったく 怖い という 気持ちは ないものです。
逢いに来てくれたのなら とっても 嬉しい!
もしそうなら マーブルと、いっぱい遊んでやってね!
ラビは 風になって
もう、地球を 何周 したんで しょうか!?
宇宙 には 行ったのでしょうか!?
たまには、天国で の~んび りすることも あるのかしら!?
いろんなものを 目にして来たのなら
地球が これから どうなって行くのか も
知っているのでしょうか!?
もしも 今 生きているもの達が 何か 出来て、
何か 出来ることで 地球が 元気に なれるなら
今、そして これから生まれ来るもの達までが ずっと 幸せに生きられるよう
何か 伝えて欲 しい。
「こんな風にしたら良いよ!」 って 教えて ラビ!
いつか … 未来に …
再び逢えた時に
「ちょっとは 頑張ったね」 って 言ってもらいたいし、
天へ旅立った後、 私も 残 して来た者達 に
そんなメッセージを 伝えられる力を 備えられたら 良いな~ … なんて!
「さようなら」 と 「さよなら」!
「さようなら」 は、別れ言葉 の意味合いが強い ような気が します。
「さよなら」 は、<また会える 今日は さよなら> 。
明日、 今度、 いつか。
再び逢うための 約束言葉 の意味合いが強い ような気が します。
<もう会えない> は 悲 し過 ぎるから
<また会える> で … 希望 を 繋ぐ!
この違い は 大きいです。
天国の入り口 で 待っていてくれると思えば 今は 精一杯 生きて
その日が来たら 家族には 「先に行って待ってるよ」 と 言える。
そんな 順送り!
待っていてくれるものがあったら、行く先も 寂 しくないですものね。
ラビには 「さよなら」 も 「さようなら] も 言っていない。
でも ちゃんと 約束は 出来ている。
いつか 逢おうね …って!
きっと こんな格好で 待っていてくれることでしょう!
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
再び逢える約束 …
1981(昭和56)11年10月発売、
来生たかお さん の 『夢の途中』。
(作詞 = 来生えつこさん。作曲 = 来生たかおさん)。
「さよならは別れの 言葉じゃなくて 再び逢うまでの 遠い約束」
優しい言葉ですね。
考え方 ひとつで 気持ちは違って来ます。
今でも 思い出せば 逢える。
ずっと先、ちょっと先、 いつか また 絶対 逢える。
「現在(いま)を嘆いても 胸を痛めても ほんの 夢の途中」
夢の途中!
辛いことも 夢の途中。 起きて見る 夢!
長くて短い 一生 って、夢の中 みたいなものなのかな!?
「スーツケースいっぱいに詰めこんだ 希望という名の 重い荷物を
君は軽々と きっと持ち上げて 笑顔 見せるだろう」
行く先に 希望があれば、夢があれば、進めます。
どんなに重い荷物でも そんなものを抱いている時は
軽く感じるものです。
一生懸命歩いて、 そして たとえ途中で 命の炎が 消えたとしても、
その先にも 待っていてくれる誰か が いてくれるなら 幸せ!
(※ 詞の内容から、その時感じたままを 書いています。)
来生兄弟は 作詞家 作曲家として 数々のヒット曲を書いていました。
大橋純子さん 『シルエット・ロマンス』、岡村孝子さん 『はぐれそうな天使』、
中森明菜さんの 『スローモーション』 『セカンド・ラブ』 など。
でも、<来生たかお> としてのレコードは 売れていませんでした。
井上陽水さんの バックバンドなどを経ての 歌手デビュー。
デビュー曲は 1976(昭和51)年発売の 『浅い夢』。
そんな中、この 『夢の途中』 が 角川書店 と Kitty Film の 共同製作映画
「セーラー服と機関銃」 の 主題歌 に 決まり、
彼は 大喜びで レコーディング したのだそうです。
当時 角川映画の主題歌は、必ず大ヒットしていましたから…!
ところが、映画の総監督を務める 相米慎二氏 が
「主題歌は 薬師丸ひろこに歌わせる!」 と言い出 し、
本人が降ろされて 曲名も 『セーラー服と機関銃』 となった!
そんなことから お姉さんである えつこさんが 大激怒!
かなり揉めて CBSソニーへの移籍寸前まで行ったようですが、
本人のものも <オリジナルカバー 『夢の途中』> として
同時発売する ということになり 何とか納まった とか!
当初、映画の大ヒットで 薬師丸さんの方は 主題歌も 大ヒット。
来生おさんは 出遅れたようですが、
その後 薬師丸さんを上回る ヒットを記録 しました。
原案は、もちろん 『夢の途中』。
『セーラー服と機関銃』で 一部歌詞が書き換えられてはいるけれど
メロディは 同 じなわけですから
別人が 別曲名で 同メロディの曲を歌い、同時期に発売 して
けっきょくは 両方とも 大ヒット & ロングヒット となったなんて
かなり珍しく、凄い結果 となったものです。
ちなみに 歌詞の違いは、
『夢の途中』
現在を嘆いても 胸を痛めても ほんの夢の途中
『セーラー服と機関銃』
夢のいた場所に 未練残しても 心寒いだけさ
なぜ この部分だけが 違うんだろう!?
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