5月3日は「癒し癒されコンサート」で吹田市の浜屋敷音楽堂へ。
下見の時は全くのがらんどう状態だった蔵の中も椅子を並べ照明を付け、ピアノと譜面台、そしてギターなど楽器をセットすると立派なライブホールに変貌していました。
会場にコーヒーセットとお菓子を用紙
開会までにはほぼ用意された全席が埋まりました。
怪しい司会者、A妻久雄さん
そして第1ステージはこのコンサート開催のきっかけとなったF田一家のファミリー演奏。途中、応援の奏者も交えながらフルートにギター、そしてピアノも加わり6曲が演奏されました。普段なかなか家族全員が揃うことがめったに無いということで、このコンサートは久々の家族みんなへのご褒美の時間となったようです。
F田一家の演奏
20分間のコーヒータイムをはさんで登場したのは浜屋敷に隣接するマンションに住むM宅さんご夫妻。金子みすゞに魅せられて山口の記念館を訪れたM宅夫君の話と『ほしとたんぽぽ』の朗読に一同感動、開演2時間前に決めた2曲のフォークソングを夫婦ハーモニーで決めました。
M宅ご夫妻のフォークソング
続いては「吹東町のフジ子・ヘミング」と一部で称される我らがN山久美さんのピアノソロです。曲目は「涙のアデリーヌ」と「マイ・ウェイ」。写真撮影をしたF田さんのファインダーを涙で曇らせる圧倒的迫力の演奏でした。
ピアノ演奏のN山さん
再び15分間の休憩に続いてついに私たちの演奏の時間になりました。
一応昔から「グリーングラス」というグループ名を付けています。「戦争を知らない子どもたち’83」は北山修さん作詞の自費出版レコード曲。この歌を知って25年、何かあれば歌い続けてきた曲です。「どぶ川の歌」は青山義久さんのこれも古い歌集から引っ張り出してきた歌です。「風に吹かれて」はご存知、ボブ・ディランの曲で、歌った歌詞は高石ともやさんの訳詞でした。昨年末のサンケイブリーゼでの年忘れコンサートでのまるで反戦フォーク集会風の演奏が印象的でしたので、フィンガーピッキン伴奏でしみじみと歌ってみました。「少年時代」は井上陽水の曲ですが、歌なしのギター演奏だけに人前で初めて挑戦してみました。あらかじめ「ここはまあ、練習風景を見に来たというかんじで」と断った上で動かない指に悪戦苦闘、ご愛嬌ということで許してもらいました。
続けて私の持ち時間内ゲストということで、はるばる岸和田から駆けつけてくれたRay.Gさんたちの演奏を3曲披露してもらいました。さすがに日頃からライブ活動をされてるだけあってその落ち着いた演奏に感心しました。次回にもし機会があれば、もっと曲数増やして演奏してもらいたいですね。
オリジナル曲を携えて岸和田から参戦のRay.Gさん
再び登場した私たちの5曲目は私が昨年一番感動した曲、「我が窮状」です。たまたま見つけた5月1日の『神戸新聞』に沢田研二さんが登場しこの曲について発言されてたので一部読み上げて紹介しました。
「きちんと勉強した専門家ではないので、難しいことはわからないし、正面切って訴えていこうとは思わないんです。こういう歌を歌うこと自体、ぼくに似合っていないのかも知れない。でも、何か言わずにおれない。もどかしくて、しようがない。若い人は自分のことで手いっぱいでしょう。長く生きてきた僕らが、考えないといけない問題なのだと感じます」
みんなに尋ねると、この曲、曲名は知っているが聴いたことがないという人が多かったのは意外でした。ギターのDsus4のコードがなかなかしみじみと味わいがあり、最後はちょっと無理かなあ・・・という感じの声を伸ばして終わりました。
ところでこの日は憲法記念日でした。そこで実は沢田研二さんのこの思いは最近抱かれたものではなく、ずっと以前からそう思っておられたのではないかということをうかがわせる事実を紹介しました。と言うのは沢田さんは1990年、今から19年前のある舞台で「脱走兵」という曲(私は高石ともやさんの歌う「拝啓大統領殿」という曲として知っていました)を歌っていたのです。この曲は1920年生まれのフランス人、ボリス・ヴィアンという人が作ったシャンソンで戦時下フランスの反戦歌で、放送禁止歌でした。だから私はこういう歌を沢田研二さんがずっと以前歌っていたということを知ってとてもうれしくなったのです。
さて演奏のほうはラスト2曲。「なみちゃん」は横井久美子さんの曲で、そのラストはハッと思わせ、うれしくて涙が出てくる歌です。そしてオーラスは「見渡してごらん」。京都フォークソング連絡会の「ポロ」というグループが作った曲です。知ったのは27年ぐらい前。まあこのコンサートタイトルに相応しい曲ではなかったかと思っています。
ということでなんとか無事にステージ部門が終わり、30分ばかりシングアウトをして「癒し癒されコンサート」は終了しました。ハイ!