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コジキジゲン

武当山・華山の雲台観・少華山の石室・・・渡辺崋山の蟄居

2021-06-04 13:42:13 | 古事記字源

 須佐之男(素戔嗚・数差廼緒)の建蔽率(建ぺい率)?
 ↓↑
 須佐之男(素戔嗚・数差廼緒)
 出雲建の
 日本建(武)の
 建蔽率(建ぺい率)・・・隠蔽率・・・?
 ↓↑
 地震
 2021年6月3日10時31分
 震源地
 石川県能登地方
 最大震度
 3
 マグニチュード
 4.2
 深さ
 20km
 北緯37.3度
 東経137.2度

 ↓↑
 蠹=一+中+冖+石+䖵
   一+口+丨+冖+丆+虫
   一+口+丨+冖+丿+虫
 螙=木+虫+虫
 蠧=士+冖+石+䖵
   士+冖+丆+口+虫
   士+冖+一+丿+口+虫
   ト
   きくいむし・・・記句意務詞(史)
   しみ・・・・・・史診
   そこなう・・・・措故名(那)得
   むしばむ
   きくいむし・・・木を食う虫
   しみ・虫の名
   衣類や書籍などを食う虫
   むしばむ(蝕む)・虫が食う
   そこなう
   物事に損害をおよぼす
   ↓↑
   蠧(きくいむし)
   蠧(しみ)
   蠧なう(そこなう)
   蠧む(むしばむ)
 ↓↑
 蠹=十+中+冖+石+䖵
   異体字「𥑟・𡕎・𥗤・𧋌・螙・𧓜・蠧・𧔬・𧖌」
   衣服や本を食い破る虫
   しみ・紙魚
   虫が食い破る
   むしばむ・そのあと
   むしくい・物事をそこない破る
 ↓↑
 蠧魚(トギョ)=魚・紙魚(しみ)」
 蠧毒(トドク・とどく)
    虫が物を食い荒らして害を与えること
 書蠹(ショト)
 蠹害(トガイ)
 ↓↑
 蠹居棊処(トキョキショ)
      色々なところに悪人がいる
      棊=碁石
      碁石が碁盤の上に散乱するように
      悪人が大勢いる
     (韓愈)・・・漢・韓を諭す・・・ムリ・・・?
 ↓↑
 蠧紙堆裏(トシタイリ)
    高く積み上げられた古い書物の中
   「蠧紙」=虫に食べられた書物
   「堆裏」は積み上げられたものの中
 ↓↑
 蠡=にな・巻貝の一種
   ひさご(瓢)・ひょうたん(瓢箪)
          ひょうたん(氷炭)・・・?
          氷炭相愛
          骨を折っても結局は徒労に終わる?
          相反するも相互互恵で本質を保つ?
 ↓↑
 蜚=非+虫・・・・ムシにアラズ?
   非+中+ム・・ナカはヨコシマ(ム=私)にアラズ?
   ヒ
   あぶらむし’(油虫)
   とぶ(飛ぶ)
   いなむし・稲(いね・トウ)の害虫
   あぶらむし・ごきぶり・・・「語基・誤記」ぶり(振)
   とぶ・書きかえ
   蜚・蠊=ごきぶり(cockroach・コックローチ)
     蜚蠊(ヒレン)・蟑螂(ショウロウ)
     御器振り
     阿久多牟之(あくたむし)・都乃牟之(つのむし)
     甴曱(ソウオウ)
   蜚語(ヒゴ)・・・流言飛語?
   ↓↑
   太山にいる怪物(山海経・東山経)
     ・・・「大山=たいざん=泰山」に棲む✕(カイ)の者?
   単眼の牛で、蛇の尾を持つ
   歩いただけで水が涸れ
   草木を枯らし
   疫病を流行らす
 ↓↑
 蟇=バ・マ・バク
   蟆・ひきがえる・蝦蟇(がま)
   蟾蜍(センジョ)
   蟇股(かえるまた)
   蟇蛙
   蟇(ひきがえる)
   蟇子(ぶゆ)
   毒液を有し
   心臓機能の亢進作用・強心作用
   蟾酥(センソ)=乾燥した漢方薬
   寿命は最長で10年くらい
   ↓↑
   α+虫
   蟹・蛬・蛍・蠱・螯・蚕・蚩・蝨・蠢
   蜀・蝕・蜃・螫・蚤・蠆・蛋・蜑・蟄
   虫・蠹・蟇・蛮・蜚・蜜・融・蠡
 ↓↑
 スイカズラ=「吸い葛」
       細長い花筒の奥に蜜
       葉は対生
       花の甘い蜜を吸う口に
       花の形が似ている・・・窄めた口に似る?
       英語=ハニーサックル(Honeysuckle)
       別名
       ニンドウ(忍冬)
       冬場を耐え忍び
       枯れずに残ることから
       キンギンカ(金銀花)
       花色が白から黄色に変化
       球形の実が
       2個ずつなり
       熟すと黒ずむ
       利尿、健胃や
       解熱(ゲネツ)作用
       浄血(ジョウケツ)作用
       収斂(シュウレン)作用
       花言葉は「愛の絆」・・・氷炭に相愛はない?
 ↓↑
 年号
 建平 (前漢)哀帝劉欣の年号(紀元前6年-紀元前3年)
 建平 (後趙)五胡十六国後趙の高祖石勒の年号(330年-333年)
 建平 (西燕)五胡十六国西燕の慕容瑶の年号(386年)
 建平 (後燕)五胡十六国後燕の中宗慕容盛の年号(398年)
 建平 (南燕)五胡十六国南燕の世宗慕容徳の年号(400年-405年)
 建平 (北涼)五胡十六国北涼と高昌国と関連して使用
 建平 (白亜栗斯)五胡十六国時代北魏の明元帝の時
    河西の
    飢胡が・・・飢える胡人?
    白亜栗斯を
    単于として建てた年号(415年)
    河西胡人の首領である「白亜栗斯」
            及び「劉虎」が使用
 建平 (魯爽)南朝
    劉宋の孝武帝の時
    劉義宣が建てた年号(454年)
 建平 (元愉)北魏の宣武帝の時
    王愉が建てた年号(508年)
 地名
 建平県
 遼寧省
 朝陽市
 が所轄する県
 省都 瀋陽
 主要都市 大連
 ↓↑
 建蔽率(建ぺい率)
 敷地面積に対する
 建築面積の割合
ーーーーー
 ・・・???・・・
 隠蔽・障蔽・六蔽・壅蔽・掩蔽・遮蔽
 蔽う・覆い・被い
 覆う・被う・蓋う・掩う
 ひたい=額・蔽
 陰蔽(インペイ)
 隠蔽(インペイ)
 掩蔽(エンペイ)
 遮蔽(シャヘイ)
 蔽遮(ヘイシャ)
 ↓↑
 一言蔽之(イチゲンヘイシ)・・・一見弊誌?
  全体を一言で言い表す
  一言で言うと
  一言で全体を覆うということ
  一言、之を蔽う
 ↓↑
 干雲蔽日(カンウンヘイジツ)・・・巻云併字通?
  大きな木を言い表す
  干雲=雲の中を押し進むこと
  蔽日=太陽を覆い隠すこと
  雲の中を進み
  太陽を覆い隠すほどに大きい
  雲を干し日を蔽う
 ↓↑
 浮雲蔽日(フウンヘイジツ)・・・不運平日
  悪い家臣が君主を惑わすこと
  悪人が政治を行う権力を持って
  世の中が暗くなること
  浮雲=日の光を隠す浮雲・悪人のたとえ
  蔽日=日の光を覆い隠すこと
  浮雲日を蔽う
 ↓↑
 偏僻蔽固(ヘンペキヘイコ)・・・編日置丙子?
  道理に暗く、考えが偏っていて
  考えや態度を変えないこと
  偏僻=考えが偏っていて
     心がねじけていること
  蔽固=道理に暗く、考えや意見を変えないこと
  偏僻にして固を蔽う
 ↓↑
 六言六蔽(リクゲンリクヘイ)・・・理句元理句併?
  人が持つ六言という六つの徳
  学問や人格修養を怠れば
  六蔽という六つの弊害を生む
 ↓↑
 幣・幤・弊・蔽
 貨幣
 幣=ヘイ
   ぬさ・みてぐら
   神前に供える布
   幣帛(ヘイハク)・官幣・御幣・奉幣
   贈り物・貢ぎ物・幣物
   通貨・銭・幣制・貨幣・紙幣・造幣
   しで
   み‐てぐら=幣・幣=帛
   御手座(みてぐら・みてくら)
   神に奉納する物の総称
   布帛(フハク)
   紙・玉・兵器・貨幣・器物・獣類
   など・御幣・幣束・幣帛(ヘイハク)
   ぬさ
   まひ(幣)
   贈る物・神に供える物・まいない
   御幣(ゴヘイ・おんべい・おんべ)
      語弊  音併   遠部・恩部・御邊?
   神道の祭祀で
   捧げられ、用いられる
   幣帛(ヘイハク)の一種
   2本の紙垂(しで)を・・・・紙(かみ)の垂(たれ)
   竹または木の幣串に挟んだもの
   幣束(ヘイソク)・幣(ぬさ)
 ↓↑
 弊社
 弊課
 弊=物が破れてぼろぼろになる
   ついえる(費える・潰える)
   疲れる・疲弊する
   弊衣・弊履
   からだがぐったりとなる
   疲弊
   たるんで生じた害
   弊害・弊風・悪弊
   旧弊・語弊・時弊
   宿弊・積弊・通弊
   病弊
   自分に関することに添えて謙遜を示す
   弊屋・弊誌・弊社・弊店
 ↓↑
 敝=㡀+攵
   小+冂+小+𠂉+乂
   ヘイ
   やぶれる
   おおう
   通仮字「蔽・幣」
   異体字「弊」
   声 符「㡀(ヘイ)」
   嫳・斃・蔽・鼈・彆・獘・鐅・幣
 ↓↑
   㡀=丨+丷+巾+八
     丨+八+巾+八
     ⺌+冂+𡭔
     𡭔+冂+𡭔
     巾+𠔁
     巾+八+八

   黹=业+八+巾+八
     业+八+丨+ホ+亅
     业+小+川+冂
     业+小+冂+小
     业+亅+八+亅+冂+亅+八
    =业+丨+米+亅
     业=繁体字「業=业+䒑+未
             业+䒑+十+一+八」
       異体字「業」

     「黹」=ち・ぬいとり
         ふつへん=黻(フツ)の偏
         針と糸による
         衣服や布の
         縫いとり
         刺繍=embroidery
            インブロォィダァリィ
         radical embroidery・・・?
         根本的な・基本的な・徹底的な
         抜本的な・完全な
         人or思想が過激な・急進的な
         革新的な・改革的な
         ↓↑
         㡀=「幣」の左上の字、破れた衣
         丵=「叢」から
           「取」を除いた部分=草むら
            の会意文字・・・?
 ↓↑
 敝える(おとろえる)
 敝れる(つかれる)
 敝 る(やぶる)
 敝れる(やぶれる)
ーーーーー
 蔽=艹+敝
   艹+㡀+攵
   おおう・おおいかくす・おおい
   蔽塞(ヘイソク)・隠蔽・遮蔽
   さだめる・判断する
   くらい・道理に暗い
 ・・・クライなぁ~・・・垣根(かきね)・・・墻・牆・・・
 ↓↑
  牆=爿+嗇
   爿+人+土+人+回
   ショウ
   かき
   異体字「𤖠・墻・𡒅・𡓜・𢉈・廧・𤖣・𤖧」
   簡体字「墙」
 ↓↑
 薔薇=ばら=薔=艹+嗇
       薇=艹+微
          紫微斗数
     紫微星=北極星・太乙・天皇大帝
          紫微垣極星=北極星周辺の星座区域
          紫微=百日草
             サルスベリ(百日紅・猿滑・紫薇
             一年草の「あすか」・・・
             Crape-myrtle
             Lagerstroemia indica)
             猿が登ろうとしても
             滑ってしまうということで
             さる
             沙流・申・然る・猨・猴・猱・狙・詐留?
 ↓↑
 嗇⇔黹=刺繡(刺繍)
 ↓↑
 𤖠・墻・𡒅・𡓜・𢉈・廧・𤖣・𤖧
 ↓↑
 サルスベリ(百日紅・猿滑・紫薇
       Crape-myrtle(クレープ・マートル)
       Lagerstroemia indica)
       ツルニチニチソウ=蔓日々草
       ギンバイカ
      (銀梅花・銀盃花
       フトモモ科の単型の
       ギンバイカ属の常緑低木
       英語で「マートル(Myrtle)」
       独語で「ミュルテ(Myrte)」
       属名から「ミルトス(Myrtus)」
      「祝いの木」・・・「イワイ(磐井)の記」?

      『ミルテの花』=Stephanie Clotilde Louise
               Hermine
               Marie Charlotte
              (ステファニー・クロティルド・ルイーズ
               エルミーヌ
               マリー・シャルロット
               ベルギー王家の第2王女
               1881年5月10日
               オーストリア皇太子
               と結婚
               1889年
               皇太子死亡後の
               1900年3月22日再婚
 ↓↑              ↓↑

               1864年5月21日
   ~
               1945年8月23日(81歳没)
            1864年5月21日~1945年8月23日(81歳没)
                  大運1939年9月(75歳)辛酉正財
           ┏甲┏子(壬 癸)偏印・正官 胎⇔乙酉印綬
           ┗己 巳(戊庚丙)傷官・比肩建禄⇔甲申偏印
            丙 戌(辛丁戊)  ・食神 墓⇔甲子偏印
            甲┗午(丙 丁)偏印・傷官帝旺⇔庚午偏財
              午未空亡
 ↓↑     ↓↑
       ミルテの花=ミルト(Mirto)の華
       葉は揉むと
       ユーカリに似た強い芳香を放つ
      「マートル」という名のハーブで
       流通・・・
       葉に白い覆輪がある斑入り品種の
       バリエガタ
       枝葉の細かい
       ヒメギンバイカ(姫銀梅花)など
       サルデーニャ
       コルシカ島
       で果実や葉を用いて
       ミルト(Mirto)というリキュールを醸造
       古代ローマで
       胡椒(コショウ)発見以前に
       流通
       油と酒の両方が造られていた・・・

 ↓↑
 嗇
 ↓↑
 隠蔽・障蔽・六蔽・壅蔽・掩蔽・遮蔽
 蔽う・覆い・被い
 覆う・被う・蓋う・掩う
 ひたい=額・蔽
 陰蔽(インペイ)
 隠蔽(インペイ)
 掩蔽(エンペイ)
 遮蔽(シャヘイ)
 蔽遮(ヘイシャ)
 ↓↑
 一言蔽之(イチゲンヘイシ)
  全体を一言で言い表す
  一言で言うと
  一言で全体を覆うということ
  一言、之を蔽う
 ↓↑
 干雲蔽日(カンウンヘイジツ)
  大きな木を言い表す
  干雲=雲の中を押し進むこと
  蔽日=太陽を覆い隠すこと
  雲の中を進み
  太陽を覆い隠すほどに大きい
  雲を干し日を蔽う
 ↓↑
 浮雲蔽日(フウンヘイジツ)
  悪い家臣が君主を惑わすこと
  悪人が政治を行う権力を持って
  世の中が暗くなること
  浮雲=日の光を隠す浮雲・悪人のたとえ
  蔽日=日の光を覆い隠すこと
  浮雲日を蔽う
 ↓↑
 偏僻蔽固(ヘンペキヘイコ)
  道理に暗く、考えが偏っていて
  考えや態度を変えないこと
  偏僻=考えが偏っていて
     心がねじけていること
  蔽固=道理に暗く、考えや意見を変えないこと
  偏僻にして固を蔽う
 ↓↑
 六言六蔽(リクゲンリクヘイ)
  人が持つ六言という六つの徳
  学問や人格修養を怠れば
  六蔽という六つの弊害を生む
 ↓↑
 幣・幤・弊・蔽
 貨幣
 幣=ヘイ
   ぬさ・みてぐら
   神前に供える布
   幣帛(ヘイハク)・官幣・御幣・奉幣
   贈り物・貢ぎ物・幣物
   通貨・銭・幣制・貨幣・紙幣・造幣
   しで
   み‐てぐら=幣・幣=帛
   御手座(みてぐら・みてくら)
   神に奉納する物の総称
   布帛(フハク)
   紙・玉・兵器・貨幣・器物・獣類
   など・御幣・幣束・幣帛(ヘイハク)
   ぬさ
   まひ(幣)
   贈る物・神に供える物・まいない
   御幣(ゴヘイ・おんべい・おんべ)
      語弊  音併   遠部・恩部・御邊?
   神道の祭祀で
   捧げられ、用いられる
   幣帛(へいはく)の一種
   2本の紙垂(しで)を
   竹または木の幣串に挟んだもの
   幣束(へいそく)・幣(ぬさ)
 ↓↑
 弊社
 弊課
 弊=物が破れてぼろぼろになる・ついえる
   弊衣・弊履
   からだがぐったりとなる
   疲弊
   たるんで生じた害
   弊害・弊風・悪弊
   旧弊・語弊・時弊
   宿弊・積弊・通弊
   病弊
   自分に関することに添えて謙遜を示す
   弊屋・弊誌・弊社・弊店
 ↓↑
 敝=㡀+攵
   小+冂+小+𠂉+乂
   ヘイ
   やぶれる
   おおう
   通仮字「蔽・幣」
   異体字「弊」
   声 符「㡀(ヘイ)」
   嫳・斃・蔽・鼈・彆・獘・鐅・幣
   ↓↑
   㡀=丨+丷+巾+八
     丨+八+巾+八
     ⺌+冂+𡭔
     𡭔+冂+𡭔
     巾+𠔁
     巾+八+八
     「黹」=ち・ぬいとり
         ふつへん=黻(フツ)の偏
         針と糸による
         衣服や布の
         縫いとり
         刺繍=embroidery
            インブロォィダァリィ
         radical embroidery・・・?
         根本的な・基本的な・徹底的な
         抜本的な・完全な
         人or思想が過激な・急進的な
         革新的な・改革的な

         㡀=「幣」の左上の字、破れた衣
         丵=「叢」から
           「取」を除いた部分=草むら
            の会意文字・・・?
 ↓↑
 敝える(おとろえる)
 敝れる(つかれる)
 敝 る(やぶる)
 敝れる(やぶれる)
 ↓↑
 陳 摶(チン タン)
 872年~989年
 五代十国~北宋にかけての道士、仙人
 字 図南
 號 扶揺子
   北宋の太宗が
   「希夷」先生の号を贈って
   「陳 希夷(チン キイ)」
   後周の世宗は
   「白雲」先生の号を贈った
 綽名 睡仙
 ↓↑
 紫微斗数
 河洛理数
 麻衣相法
 占術の創始者
 『宋史』巻457・隠逸列伝上
 陳摶の略歴
 『宋史』
 「陳摶」は
 亳州真源県(河南省周口市鹿邑県)出身
 この地は老子の道教の聖地
 『歴世真仙体道通鑑』巻47
 「普州崇龕県(重慶市潼南区)の人
 後に隠棲した所・・・
 ↓↑
 後唐の長興年間に進士の試験を受け落第
 「武当山」に隠棲
 後
 華山の雲台観
 少華山の石室に移住
 一度寝ると百日以上起きなかった
 『東軒筆録』では
 三年間起きなかった・・・
 後周の世宗が宮中に陳摶を召し
 諫議大夫に取りたてようとしたが固辞
 「太華希夷志」
 (元の張輅による陳摶の伝記。道蔵)
 世宗は陳摶に
 「白雲」先生の号を与えた
 太宗は陳摶に
 「希夷」先生の号を与えた・・・
  夷に希(のぞむ)・・・東夷に希求する?
  東夷=中国東方の異民族の総称
  四夷=夷狄(イテキ)
     夷狄戎蛮(イテキジュウバン)
              北狄(ホクテキ)
     西戎(セイカイ)←中国→東夷(トウイ)
              南蛮(ナンバン) 
 ↓↑
 端拱元年(988年)
 弟子に命じて
 華山の
 張超谷に石室を造らせ
 翌年七月に石室完成
 陳摶は
 「自分は七月二十二日
  蓮花峰の下の張超谷で死ぬ」
 と上表文をし
 死んだ・享年を118歳
 干支 己丑
 日本
 永延三年・永祚元年八月八日~
 皇紀1649年
 中国
 北宋 端拱二年
 契丹 統和七年
 于闐 天興四年
 朝鮮
 高麗 成宗八年
 ↓↑
 武当山(ブトウサン・ウーダンシャン)
 ・・・武を宛てる纂(簒)?
 湖北省
 十堰市にある山
 又の名
 太和山・・・・・大和の纂(簒)?
 周囲400km、72峰
 主峰は天柱峰(標高1612m)
 山脈中には
 道観(道教寺院)群
 「玄天真武大帝」を奉る
 道教武当派
   武当拳の発祥地
 道観は元の時代に戦火で焼失
 明の洪武帝の時代に再建
 ↓↑
 藤原 保輔(ふじわら の やすすけ)
 平安時代中期の貴族・盗賊・・・?
 藤原南家
 巨勢麻呂流
 右京大夫
 藤原致忠の子
 官位 正五位下・右京亮
 ↓↑
 官人
 右兵衛尉・右馬助・右京亮を歴任
 『尊卑分脈』
 「強盗の張本
  本朝第一の武略、追討の宣旨を蒙ること十五度」
 「右馬助、正五位、右京亮、右兵衛
  強盗張本
  本朝第一武略
  蒙追討宣旨事十五度
  後禁獄自害」
 ↓↑
 寛和元年(985年)
 源雅信の土御門殿で開かれた大饗で
 藤原季孝に対する傷害事件を起こし
 以前 兄の
 藤原斉光
 を追捕した検非違使
 源忠良
 を射たり
 永延二年(988年)閏五月
 藤原景斉
 茜是茂
 の屋敷への強盗
 保輔に対する捜索は続けられ
 父
 藤原致忠
 が
 検非違使に連行・監禁
 藤原保輔は
 同年六月十四日
 北花園寺で剃髪・出家
 以前の手下
 「足羽忠信」・・・足羽の忠信?
 によって束縛逮捕
 逮捕の際
 保輔は自らの腹部を
 刀で傷つけ腸を引きずり出し
 翌日、獄中で死亡
 日本最古の切腹の事例
 以降武士の自殺の手段として
 切腹が用いられるようになった・・・
 ↓↑
 『今昔物語集』
 盗賊
 「袴垂(はかまだれ)」
 と同一視され
 「袴垂保輔」という伝説的人物となった
 『今昔物語』
 『宇治拾遺物語』
 では「袴垂」というあざなのみの記録
 『続古事談』で
 「袴垂保輔」
 「元方の民部卿の孫
  致忠朝臣ノ子也」
 とある・・・
 『宇治拾遺物語』
 保輔が自分の屋敷の蔵の床下に穴を掘り
 商人を蔵に呼びつけて
 物を買ったそばから
 この穴に突き落として殺していた・・・説話
 武士の名誉の「切腹」なのに
 盗賊の「死に方作法」・・・?
ーーーーー
 ・・・・???・・・

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字・子文=於菟=鄖子の娘の子・棄洞庭・鬬 㝅於菟(トウ コクオト)

2021-06-03 12:26:34 | 古事記字源

 今、米圀 中、蠹(ト) 小黑虫(蟲) 是也
 建平 人 呼 為 蝆(蛘)子・・・螳蜋 謂 之 髦・・・?
 誤読・戯読・欺読・偽讀・・・オンドク・・・
 ↓↑
 オトづれ・・・オトぎれ・・・おんドリ・・・音・於菟・猫
 Twin(対)の人と家畜と獣と・・・
 羊・山羊・馬・牛・豚・猪・狗・狼・熊
 猫・獅子・虎・狐・鶏・・・
 おとづれ・・・おとぎれ・・・おとめ・・・おっとゥ・・・オンどり・・・
 オトがズレる・・・ヅレる・・・擦れる・攣れる・吊れる・釣れる・・・

 ↓↑
 宝覚真空禅師録(1346)
 乾 豊州 蒋山・・・?
 興 聖 万寿禅寺 語録・・・?
 「不三必当レ門懸二艾虎一、一斑先見睡二於一」
 壒嚢鈔(1445‐46)
 ↓↑
 五「猫を乙(ヲト)と云は何の故ぞ。
   虎を於菟(ヲト)と云也。
   然に猫の姿
   并に毛の色
   虎に似る故に
   世俗
   猫を呼て
   於菟(ヲト)と云へば
   猫 則 喜と云へり」
   出典 精選版 日本国語大辞典
   「コトバンク」
   https://kotobank.jp/word/%E6%96%BC%E8%8F%9F-220867
 ↓↑
 鸑鷟=ガクサク
 鸑=獄+鳥
 鷟=族+鳥
 想像上の鳥・鳳凰(ホウオウ)・鳳凰の子
 ↓↑
 雪村 友梅(せっそん ゆうばい)
 正応三年(1290年)
 ~
 貞和二年十二月二日(1347年1月14日)
 鎌倉時代末~南北朝時代の
 臨済宗の禅僧
 長安
 南山
 翠微寺の住職となり
 元の朝廷から
 「宝覚真空禅師」
 の号を特賜
  ↓↑
 「宝覚真空禅師録(1346)」
  乾豊州
 「蒋山興聖万寿禅寺語録」
 「這裏点開金鸑鷟、這裏敲出玉麒麟」
 ↓↑
 艾虎(ガイコ)
 中国の南方の風習
 端午の節句にヨモギ(艾)で
 虎の形を作り
 頭にいただいたり
 戸の上にかけたりして邪気を払うこと
 ↓↑
 宝覚真空禅師録(1346)
 乾 豊州
 蒋山興聖万寿禅寺語録
 「不三必当レ門懸二艾虎一
  一斑先見睡二於一」
 〔乾淳歳時記‐端午〕
 ↓↑
 父は越後の土豪・一宮氏(源姓)
 母は信濃須田氏(藤姓)
 正応三年(1290年)
 越後白鳥で誕生
 幼少時
 鎌倉の
 建長寺の
 「一山一寧」
 に侍童として仕える
 元朝からの
 帰化僧である
 「一寧」から唐語を教えられた・・・
 比叡山戒壇院で受戒
 京都
 建仁寺に入門
 ↓↑
 徳治二年(1307年)
 十八歳
 元國へ渡航
 2年ほど大都(北京)周辺を見て回り
 元叟行端
 虚谷希陵
 東嶼徳海
 晦機元煕
 叔平□隆
 などに参ずる
 日-元関係の悪化で
 日本留学僧は
 間諜(スパイ)と見なされ
 「霅州の獄」に繋がれ
 「叔平」も雪村を匿った罪で逮捕、獄死
 処刑されかけたが
 「無学祖元」の「臨剣頌」を唱え
 処刑を免れた
 死一等を免ぜられて
 長安に流され
 3年後
 四川の
 成都に改めて流謫
 10年を過ごす
 大赦により許され
 長安に戻り3年を過ごす
 長安南山
 翠微寺の住職となり
 元の朝廷から
 「宝覚真空禅師」の号を特賜
 ↓↑
 元の
 天暦二年(日本は元徳元年、1329年)五月
 商船に便乗して博多へ帰朝
 日本へ来朝の
 明極楚俊
 竺仙梵僊
 らや
 天岸慧広
 物外可什
 らと同船
 後鎌倉へ戻り
 翌年には師一山の塔である
 建長寺
 玉雲庵
 の塔主となった
 ↓↑
 元徳二年(1331年)
 信濃
 諏訪神社の神官
 「金刺満貞」
 に招かれ、信濃
 「神為頼」
 に請われて
 徳雲寺開山となる
 翌年
 京都の
 「小串範秀」
 に招かれ
 嵯峨の
 「西禅寺」住職
 建武元年(1334年)
 豊後
 大友氏に招かれ
 府内の
 「万寿寺」に転じ、三年住し
 京都へ上り
 「栂尾」に隠棲
 播磨守護
 「赤松円心」が
 「小串範秀」の推薦を受け
 円心が建立した
 法雲寺の開山として招かれ
 千種川の清流を
 幽囚されていた蜀(成都)の
 錦江になぞらえ
 山号を金華山とした
 ↓↑
 暦応三年(1340年)
 足利尊氏
   直義
 兄弟は、京都の
 万寿寺の住職として
 雪村を招請
 雪村は病気(中風)により再三固辞
 円心の願いに折れ
 康永二年(1343年)八月
 「万寿寺」の住持となったが
 1年で辞し
 翌年には
 東山の清住庵に移り住む
 中風で摂津有馬温泉で療養
 ↓↑
 貞和元年(1345年)二月
 朝廷によって
 「建仁寺」の住持を命じられ、就任
 翌年十一月
 法兄の
 「石梁仁恭」
 の十三回忌法会の導師を務めるが
 「楞厳呪」第五段の焼香三拝に至って
 右半身不随となる(脳卒中)
 十二月二日
 遺偈を左手で書こうとしたが
 うまく字にならず
 怒って筆を投げつけ
 周囲が墨だらけになる中
 示寂 享年57
 ↓↑
 五山文学の最盛期の中枢となった僧
 詩文集
 在元時代の詩偈を編んだ
 『岷峨集』
 帰朝後の詩文・語録集
 『宝覚真空禅師語録』
 ↓↑
 by 『ウィキペディア(Wikipedia)』
ー↓↑ーーー
 「鬬伯比」が
 「鄖子」の娘と密通し
 「子文(於菟)」が生まれた
 娘は
 「子文(於菟)」を
 雲夢沢(洞庭湖北方の沼沢地)
  ・・・洞庭湖⇔道程処・同定拠・童貞児・・・?
 の中に捨てたが
 狩りに出た
 「鄖子」が
 虎に育てられた「子文(於菟)」を見つけ
 娘が育てることを許した・・・
 ↓↑
 紀元前664年
 令尹に抜擢され
 楚の財政を私財で救って困窮
 成王は
 「子文(於菟)」のため
 俸禄を増やそうとしたが
 そのたびに下野し
 取り消すと戻ってきた
 「子文(於菟)」が登朝するたびに
 肉の干物一束
 朝飯一籠
 が贈られ
 この習慣はのちに
 楚の令尹に受け継がれていった・・・

 ↓↑
 弟の
 「鬬子良」の子の
 「鬬椒(子越)」
 が生まれた際に
 「必ずこの子を殺しなさい
  姿は熊や虎のようで
  声は山犬や狼のようである
  きっと我々
  若敖氏に害をなすだろう」
 と忠告したが
 「子良」は聞き入れなかった
 「子文(於菟)」が
 臨終の際に一族を集め
 「子越が政治を執るようになったら
  楚を離れて難を逃れるようにせよ」
 と遺言
 「若敖氏の霊魂は餓えることになるだろう」
 と泣きながら
 「若敖」氏の滅亡を予言
 ↓↑
 「子文(於菟)」の死後
 「子越(鬬椒)」は予言どおり
 「荘王」に叛いて
 「若敖」氏を滅亡させた
 「荘王」は
 「あの子文(於菟)の家系が途絶えたとあっては
  私は人に善行を勧めることができなくなる」
 と言って
 国外にいて乱に加担しなかった一族の
 「鬬克黄」
 に跡を継がせた・・・
 ↓↑
 於菟=「とら(虎)」or「ねこ(猫・Cat)」の異名
             ↓↑
           12支の場所の「東」=卯⇔猫
           子=ねずみ(鼠・rat・mouse)=北
                くち=口=mouth・oral
                     申す・上海
 鬬 㝅於菟(トウ コクオト)
 中国春秋時代
 楚の公族
 宰相(令尹)
 姓 羋
 氏 鬬
 諱 㝅於菟(㝅=乳・於菟=虎)
     菟=うさぎ=兔・莵・兎・[m:596]・[m:330]
 字 子文
 楚の君主の
 「若敖(ジャクゴウ)」
 の子の
 鬬伯比の子
 清廉潔白
 楚の賢相
 ↓↑  ↓↑
    若敖(ジャクゴウ?~紀元前764年頃
    在位:紀元前790年頃~紀元前764年頃)
    春秋時代初期の
    楚の君主
    姓 羋・・・「羊」の鳴く様・咩(ビ)
           羋=バ・マ・ビ・ミ・メ
    氏 熊・・・くま・ユウ
    諱 儀・・・ギ・儀式・礼儀・儀仗・御辞儀
    熊咢の子・・・ユウガク・・・遊学・謂覚?
           熊の顎
    死去後
   「若敖」の諡号が贈られた
   「若」は埋葬された地名
   「敖」は酋長
 ↓↑
 鬬伯比が
 「鄖子」の娘と密通し
 「子文(於菟)」が生まれた
 娘は
 「子文(於菟)」を
 雲夢沢(洞庭湖北方の沼沢地)
  ・・・洞庭湖⇔道程処・同定拠・童貞児・・・?
 の中に捨てたが
 狩りに出た
 「鄖子」が
 虎に育てられた「子文(於菟)」を見つけ
 娘が育てることを許した・・・
 ↓↑
 紀元前664年
 令尹に抜擢され
 楚の財政を私財で救って困窮
 成王は
 「子文(於菟)」のため
 俸禄を増やそうとしたが
 そのたびに下野し
 取り消すと戻ってきた
 「子文(於菟)」が登朝するたびに
 肉の干物一束
 朝飯一籠
 が贈られ
 この習慣はのちに
 楚の令尹に受け継がれていった・・・
 ↓↑
 弟の
 「鬬子良」の子の
 「鬬椒(子越)」
 が生まれた際に
 「必ずこの子を殺しなさい
  姿は熊や虎のようで
  声は山犬や狼のようである
  きっと我々
  若敖氏に害をなすだろう」
 と忠告したが
 「子良」は聞き入れなかった
 「子文(於菟)」が
 臨終の際に一族を集め
 「子越が政治を執るようになったら
  楚を離れて難を逃れるようにせよ」
 と遺言
 「若敖氏の霊魂は餓えることになるだろう」
 と泣きながら
 「若敖」氏の滅亡を予言
 ↓↑
 「子文(於菟)」の死後
 「子越(鬬椒)」は予言どおり
 「荘王」に叛いて
 「若敖」氏を滅亡させた
 「荘王」は
 「あの子文(於菟)の家系が途絶えたとあっては
  私は人に善行を勧めることができなくなる」
 と言って
 国外にいて乱に加担しなかった一族の
 「鬬克黄」
 に跡を継がせた・・・
 ↓↑
 鬬=鬥+斲
   丨+王+ +王+亅++斤

   斲=斵・・・断
     タク
     きる・けずる・削り取る
     斧・斧できる

 斲=𠁁+斤
   異体字「㓸・𣂪・𣂡・𣃃・𣃂・𣃆
       斵・𣃋・𣃏・𦘣・𨮕・𨯴
       斫」
 斵=卬+亞+斤
   𠂎+刀+亞+斤
   斲=斵
   斵=斲
 ↓↑
 刃物などを用い、とんとんと叩くようにして
 削る、刻(きざ)む、彫(ほ)る
 同「剢」
 卯集下:斤部:𣂡
 與剢斵劃𦘣通
 𧿧=足+斤
   タク
   跅𨂫=口上止龰足丿𠂆一𠂋T斤=𧿧
   勝手気儘なさま
 斵=斧・斷・斤・斨・新・斬・斸・斮・斫・斵・斲
 ↓↑
 夫代司殺者殺、是謂代大匠斵(タク)
 夫代大匠斵者、希有不傷其手矣
 夫れ殺を司る者に代わりて殺す
 是れ大匠に代わりて斵(き)ると謂う
 ↓↑
 若敖氏
 若敖族
 若敖氏之族
 楚国の
 芈姓家族
 祖先为楚国国君熊仪
 若敖氏即是以他的谥号若敖为族称
 在其内部又分鬬氏
 和成氏
 两个支系
 若敖族の構成員
 鬬伯比
 鬬廉、鬬祁、鬬勃
 鬬谷 於菟(子文)
 ↓↑
 鬬般
 及
 成得臣
 成大心
 成嘉等人
 在
 楚武王
 至
 楚庄王
 時代担任军政要职
 经过
 楚庄王九年
 若敖族之乱后
 若敖族の地位迅速下降
 但其后
 裔仍
 不時出現
 于
 春秋末期
 和戦国の
 楚国政坛
ーーーーー
 ・・・???・・・ナマエのヘン・・・


    楚の君主
    姓 羋・・・「羊」の鳴く様・咩(ビ)
           羋=バ・マ・ビ・ミ・メ
 ↓↑
 羋 戎(ビ ジュウ)
 紀元前332年~紀元前262年
 戦国時代末期
 楚の公族
 秦の政治家
 秦の昭襄王の生母
 宣太后(恵文君夫人)の弟
 ↓↑
 秦の昭襄王に
 「華陽君」の号を与えられた
 姉の宣太后
 異父同母兄弟の
 「魏冄(ギゼン)」・・・巍然・偽善?
 と合わせて三貴
 後に
 「魏冄(ギゼン)」
 甥の
 「涇陽君(公子巿)」
 「高陵君(公子悝)」
 と合わせて四貴
 秦国内で王と並ぶ権力を持った[
 ↓↑
 羋戎は
 楚にいた頃に罪を犯し
 東周へ逃亡
 楚の
 懐王二十二年(紀元前307年)
 秦の
 武王
 死去後
 「宣太后」の異父同母弟
 「魏冄(ギゼン)」
 の支持を受けた
 「公子稷(昭襄王)」
 が
 「昭襄王」となり秦王を継承
 その際
 「宣太后」の招きで
 秦に入り
 左丞相として
 「魏冄」と共に
 秦の朝政を執り仕切った
 ↓↑
 紀元前298年
 「孟嘗君」主導の
 斉・韓・魏
 の三国合従軍が
 函谷関に攻め寄せた際
 秦軍の総司令官として
 斉の
 「匡章」
 率いる攻撃から
 函谷関を守った
 ↓↑
 紀元前265年
 「范雎」
 の奏上で
 「宣太后」が
 「昭襄王」
 によって廃位され
 「羋戎」ら四貴も罷免
 関中から追放
 紀元前262年
 「羋戎」
 死亡
 「昭襄王」
 は実権を握り
 秦は六国を圧倒した
 ーーーーー
 ・・・???・・・バビブベボ
          まみむめも・・・
 羋=卝+丨+二
   卝+丨+一+一

 蝆=虫+芈
   虫+羋
   虫+卝+二+丨
   虫+卝+一+丨
   古同「蛘」

 蝆=螳螂
   螳蜋谓之髦
   或谓之虰或谓之蝆蝆
   蛀食米谷的黑色小虫
   蛄䗐・强蝆
   晋・郭璞
   注:「今米谷中蠹小黑虫是也。建平人呼为蝆子」

 蝃蝥=蜘蛛の别名
 蝃=螮
 蝥=mao・昆虫・腿细長
   鞘翅上黄黑色斑纹
   成虫危害农作
ーーーーー
 ・・・???・・・右目の眼圧が上がって顔面右側半分が、
 痛い(>_<)・・・異体・ゐたい・イタイ・・・
ーーーーー
 ???・・・
  ↓↑
 「古事記字源のページの表紙・音楽・動画」
https://haa98940.wixsite.com/mysite
  ↓↑  ↓↑
 「古事記字源のページ・2016/12~」
https://haa98940.wixsite.com/mysite/blog/archive/2016/12
  ↓↑  ↓↑
 本日の「干支歴」
http://meisiki.bake-neko.net/
  ↓↑  ↓↑
 旧「HP」の移転先
http://meisiki.bake-neko.net/kkmokuji.htm

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