平成21年秋の一般公開
「国宝高松塚古墳壁画 修理作業室の公開」に行ってきました。
分単位でスケジュールが決められているようで、
私が現地に行ったら、まだ前の組の受付をしているところでした。
(時間厳守なのだ)
5分前から受付開始なので時間少しすぎてから集合テント前で受付。
白いテント内でしばし待ちます。私を入れて7名だったでしょうか。
そして時間になり、建物内へ入場。
高松塚古墳に関する基本的事項のご説明がまずありました。
「高松塚は二段築城の円墳で、いわば、お正月の鏡餅を想像していただければ…」
結構笑える説明でわたくし的にはOKです。
墳丘は、土を盛っては突いて固め、を繰り返した「版築(はんちく)」という工法。
「断面図を見ると、バームクーヘン状になっているのが判るかと思います」
ますますナイスでゴザイマス。
で。
punipuniさんの時にはいやにあっさりした説明で、
「カビ」が出た話なんかもさくっと割愛しちゃったようですが。
今回はしっかり説明してました。
調査の段階で、過去の南海地震によるひび割れが生じ、
壁画発見時からすでに石室の天井石や床石にも亀裂ができていた。
それにより石室と版築の間にも隙間ができて、隙間に竹の根などが入り込む。
そして、隙間を伝って虫なども侵入。
やがてその虫が石室内で死ぬとカビが生える。
死骸にとりついたカビにたかるカビも繁殖。
…ということらしい。
punipuniさんの時の説明の人がハナシをはしょったのか、
それとも前半部の説明では「カビの説明がないやんけ!」
「どないなってんねん!ワレ!」
となったから善処されたのかはわかりませんが、
結構な割合をかけてカビや劣化の原因のハナシもしてました。
現在は石室をすっかり取り出してしまったので、
古墳も埋め戻しし、以前の形状に戻して『鏡餅状』にしたとのこと。
「お帰りの際には、ぜひ見学していってください」
そして、ハナシが終わるといよいよ修理作業室見学です。
作業室は、飛鳥歴史公園館の奥にある建物でした。
(ここ、飛鳥ウォークの時、水野センセと鬼の雪隠方面へ抜けた時通りました)
建物の前にはガードマンさんがいて、まるで仁王像。
なんかあった暁には飛びかからんばかりの勢いです(ウソだけど、半分ホントか)
建物に入ると作業室の前に通路があって、ガラス越しに見学です。
もともと、公開を前提にこの建物を設計&作ったのでしょう。
こういう配慮もあるんだなと。
石は全部で16分割。
それが別々に、隣りと距離を保って置かれています。
でも、奥に床石が置かれていて、手前に比較的絵がよく残っている
『飛鳥美人』や『青龍』や『玄武』が置かれていました。
石の配置にも、公開を前提にしている感がありありです。
見る前は「もっと悲惨な状況」を想像していました。
「最悪の現状」を描いていたせいか、実物を目にしたら
「おお、浮かび上がってるよ~見えるよ~見える見える~すごぉ~い」状態。
説明員さんが二名ついて、質問にも答えてくれました。
このクリーニングにあと10年かかるだろうけど、
その後のことは未定。10年後にこの石を元の姿に組み立てて、
展示するような技術が出来ていれば陳列できるだろうけれど。
今の状況では難しそう。現地に埋め戻すかも未定。
(今更戻すのもなあ…)
作業室内は湿度55%に保たれているので、
壁画の色がくすんで見えるけど、もともとの環境であった
湿度100%に戻せば、またぱっと発色がよくなるんだそうで。
(ま、現状ではその環境ではさらにカビ大発生なので無理だけど)
キトラにはあって、高松塚にはないものは「朱雀」ですが、
朱雀は盗掘にあった際に開けられた穴の方にあったので、
その際に失われたのではないかと。
あと、朱雀側から侵入した盗賊の正面にあったのが玄武なので、
玄武の中心部分(顔のあたり)が無くなっているのは、
「侵入者が正面にあった怖い顔を削ったせいでは?」
ってハナシを遠くで聞いたような気がします。
そして無情のキッチンタイマーの音。
10分間一本勝負終了です。
名残惜しいけど、「みなさん」にお別れをして外へ。
最後にアンケートに答えて終了です。
その後、高松塚壁画館へ行き、「本物も見ちゃったもんね~」
とか優越感に浸ってルンルン気分で帰路についてしまい、
本物の「高松塚古墳」を見てくるのすっかり忘れてしまいましたよ。
おーまいがっ!
いや~現地で見る贅沢。
堪能させていただきました。
「国宝高松塚古墳壁画 修理作業室の公開」に行ってきました。
分単位でスケジュールが決められているようで、
私が現地に行ったら、まだ前の組の受付をしているところでした。
(時間厳守なのだ)
5分前から受付開始なので時間少しすぎてから集合テント前で受付。
白いテント内でしばし待ちます。私を入れて7名だったでしょうか。
そして時間になり、建物内へ入場。
高松塚古墳に関する基本的事項のご説明がまずありました。
「高松塚は二段築城の円墳で、いわば、お正月の鏡餅を想像していただければ…」
結構笑える説明でわたくし的にはOKです。
墳丘は、土を盛っては突いて固め、を繰り返した「版築(はんちく)」という工法。
「断面図を見ると、バームクーヘン状になっているのが判るかと思います」
ますますナイスでゴザイマス。
で。
punipuniさんの時にはいやにあっさりした説明で、
「カビ」が出た話なんかもさくっと割愛しちゃったようですが。
今回はしっかり説明してました。
調査の段階で、過去の南海地震によるひび割れが生じ、
壁画発見時からすでに石室の天井石や床石にも亀裂ができていた。
それにより石室と版築の間にも隙間ができて、隙間に竹の根などが入り込む。
そして、隙間を伝って虫なども侵入。
やがてその虫が石室内で死ぬとカビが生える。
死骸にとりついたカビにたかるカビも繁殖。
…ということらしい。
punipuniさんの時の説明の人がハナシをはしょったのか、
それとも前半部の説明では「カビの説明がないやんけ!」
「どないなってんねん!ワレ!」
となったから善処されたのかはわかりませんが、
結構な割合をかけてカビや劣化の原因のハナシもしてました。
現在は石室をすっかり取り出してしまったので、
古墳も埋め戻しし、以前の形状に戻して『鏡餅状』にしたとのこと。
「お帰りの際には、ぜひ見学していってください」
そして、ハナシが終わるといよいよ修理作業室見学です。
作業室は、飛鳥歴史公園館の奥にある建物でした。
(ここ、飛鳥ウォークの時、水野センセと鬼の雪隠方面へ抜けた時通りました)
建物の前にはガードマンさんがいて、まるで仁王像。
なんかあった暁には飛びかからんばかりの勢いです(ウソだけど、半分ホントか)
建物に入ると作業室の前に通路があって、ガラス越しに見学です。
もともと、公開を前提にこの建物を設計&作ったのでしょう。
こういう配慮もあるんだなと。
石は全部で16分割。
それが別々に、隣りと距離を保って置かれています。
でも、奥に床石が置かれていて、手前に比較的絵がよく残っている
『飛鳥美人』や『青龍』や『玄武』が置かれていました。
石の配置にも、公開を前提にしている感がありありです。
見る前は「もっと悲惨な状況」を想像していました。
「最悪の現状」を描いていたせいか、実物を目にしたら
「おお、浮かび上がってるよ~見えるよ~見える見える~すごぉ~い」状態。
説明員さんが二名ついて、質問にも答えてくれました。
このクリーニングにあと10年かかるだろうけど、
その後のことは未定。10年後にこの石を元の姿に組み立てて、
展示するような技術が出来ていれば陳列できるだろうけれど。
今の状況では難しそう。現地に埋め戻すかも未定。
(今更戻すのもなあ…)
作業室内は湿度55%に保たれているので、
壁画の色がくすんで見えるけど、もともとの環境であった
湿度100%に戻せば、またぱっと発色がよくなるんだそうで。
(ま、現状ではその環境ではさらにカビ大発生なので無理だけど)
キトラにはあって、高松塚にはないものは「朱雀」ですが、
朱雀は盗掘にあった際に開けられた穴の方にあったので、
その際に失われたのではないかと。
あと、朱雀側から侵入した盗賊の正面にあったのが玄武なので、
玄武の中心部分(顔のあたり)が無くなっているのは、
「侵入者が正面にあった怖い顔を削ったせいでは?」
ってハナシを遠くで聞いたような気がします。
そして無情のキッチンタイマーの音。
10分間一本勝負終了です。
名残惜しいけど、「みなさん」にお別れをして外へ。
最後にアンケートに答えて終了です。
その後、高松塚壁画館へ行き、「本物も見ちゃったもんね~」
とか優越感に浸ってルンルン気分で帰路についてしまい、
本物の「高松塚古墳」を見てくるのすっかり忘れてしまいましたよ。
おーまいがっ!
いや~現地で見る贅沢。
堪能させていただきました。