1月26日(日曜日)
加賀山昭・加賀山紋さんの、「能登半島復興応援民謡コンサート」で石川県珠洲市へ向かいました。
氷見市から珠洲市までは、震災前の道路状況の良いときで2時間ちょっと。しかし昨年元日の震災以降は道路がまだまだ復旧途中で時間がかかるよ、という話をあちこちから聞いていたので、早めに出発することにしました。
前日は新潟県糸魚川市で、スコップ三味線との共演を終えて自宅に帰ってきたのが22時半。
翌日の準備をして就寝したのが1時過ぎ。完全に寝不足状態でが4時半起きで6時前に氷見の自宅を出発しました。
能越自動車道で七尾市まではすんなり走れますが、七尾市から穴水町までの、のと里山海道が酷い状態でした。
至る所で道路が崩壊していて、迂回路が作られているのですが非常に走りにくい状態です。加えて夜明け前の薄暗い状況なので神経を使いました。
地元の人の話では、山間を走るのと里山海道をより海岸沿いの国道を走った方が楽だということでした。
穴水から珠洲へ向かう珠洲道路は比較的ダメージが少なく、心配していたほどのことも無くすんなりと走れました。
会場の珠洲市の「ラポルトすず」には8時半頃に到着。ホールへは9時にならないと入れてもらえないのですが、午後開演なのに既にお客さんが数名並んでおられました。
午前中は珠洲民謡会の皆さんのリハーサル。
珠洲民謡会の会長さんの江差追分は2尺2寸ということで、大慌てで裏吹き用のチ一の楽譜を赤字でロ一の楽譜の横に書いて、なんとかリハーサルには間に合いました。
最近2尺1寸管までしかケースに入れて無いのでたまにこんなことがあります。音大出てる尺八吹きは平気で裏吹きするのでしょうけど、専門教育受けてないのでロツレチを書かないとちょっと無理です。
簡単な民謡なら裏で吹くことができますが、江差追分は尺八伴奏だけにいい加減なことはできないし、ちょっと焦りました。
午後から本番ですが、尺八笛担当の私はほぼフル参戦。
前日の寝不足と、昼食に食べたシャケ弁の塩分のせいか、いまいち調子が出ませんでしたが、なんとか無事にステージは終了しました。
沢山のお客さんのニコニコした笑顔を見ることができて、かえって元気をもらった気がします。
珠洲の皆さん、民謡で少しは気が紛れて元気が出たでしょうか。
今回久しぶりに珠洲民謡会の会長さん、尺八のKさんとも沢山お話しすることができました。
会長さん宅は地震で住むことができなくなって、緊急避難先の富山県・石川県のホテルを転々として昨年暮れにようやく仮設住宅に入ることができたそうです。
尺八のKさん宅も地震で納屋と蔵は倒壊、自宅は半壊で昨年末にようやく大工さんが入って補修ができたそうです。
業者や職人さんがなかなか間に合わなくて、とにかく復旧が遅いのだそうです。
帰りに見附島のほうを回ってから帰ろうと思い、海岸沿いを走りましたが、宝立町という辺りの状況があまりにも酷くて、そしてあまりに気の毒で写真を撮る気にもなりませんでした。
見附島は別名軍艦島と呼ばれていて、海岸の方から見ると立派な艦船に見えていたのですが、地震で崩れて昔の面影がありませんでした。これも写真に撮るのは気の毒でそのまま通り過ぎてきました。
震災から1年以上経っているのにあまりの酷い状態に心が痛みます。
帰りは穴水町から七尾市まで海岸沿いの国道を走って帰りました。
のと里山海道よりは走りやすかったですが、やはり至る所で大きな段差があったり注意が必要です。
寝不足がたたり、睡魔との戦いでしたが19時半に無事自宅へ帰還。
2日間で移動距離600キロ弱、タフな週末でした。