草もち姫 徒然なるままに

日暮し、PCにむかひて心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。

「尾根緑道」の魅力

2016年03月31日 | 散歩

京姫の案内で多摩にある「尾根緑道」を歩きました。相模原と町田の境界辺りの京姫にはお庭のような場所らしく、コストコ多摩境店に車を置いて出発。尾根緑道を端から端まで歩くならここは中間地点になってしまうのですが、帰りに買い物もしようってことで。

    

桜はまだちょっと早い感じですが、整備された道、国道から一本入っただけで自然の中にすっぽり包めれて別世界のようでした。

今日に限って車の中にスマホを置き忘れたけど、カメラは持参していたので大丈夫!でした。桜+コブシ+雪柳の白の3重奏(*^_^*)

    

タンポポ、スミレ、カタクリ、ムラサキダイコン、クリスマスローズそしてドングリに萌えぇ、、です。

    

      

スーパー主婦の京姫はちゃっちゃとお弁当を作っていてくれて、、感謝。手作りのおはぎ(*^_^*)枝豆、ホウレンソウ入りの卵焼き、しょうがの佃煮!!夏ミカンに柿のタネまで!

北海道の「青池」の様に立ち枯れた木がある池を見ながら、コブシの花びらが落ちてくるベンチで休憩+おしゃべりが止まらない(笑)高校時代の話沢山しました。

    

あっちは桜が咲いているよ!とおじさんが言っていた通り、「桜メインで」写真を撮ってもらいました。

    

「サンクチュアリ」というのは基本的な意味は「聖域」ほかには「保護区」など、要するに他の人が物理的あるいは観念的に立ち入れない区域という意味で使われます。

鳥が鳴き、風の音を聞き、歩道はふわふわで足にも優しい。残念だったのは万歩計がなかった事(-_-;)

          

コストコでは1本20円の水を大量に買い込み、久しぶりにサーモンを仕入れ、てんこ盛りで200円のソフトクリームを食べ、ホットドッグ大好き兄さんの為にお土産も。

帰り道、恩田川を通ったら、、もう満開になっている場所も!!郵便局通りも週末には満開になりそう!!

      

明日からは4月でまた鍵当番です。朝一で先月の就労報告にシルバー人材センターに寄ったら「来月から自給が20円上がりますよ」と言われました(*^_^*)やったー!

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茗荷谷の「播磨坂」→「小石川」の印刷博物館

2016年03月31日 | 散歩

都内の桜の名所も色々あるが大手町から丸ノ内線で数駅の「茗荷谷」近くの「はりま坂桜並木」に寄ってみました。春日通りを少し行きますが「文京図書館」の裏道に入ってみました。テニスコートもあります!!

    

ここも満開とは言えないけど週末の「桜まつり」に向けて準備万端です。ソメイヨシノの発祥の地「染井」とは近くです。物議を醸す「ビニールシートに張り紙」も(笑)

    

大通りをはさんで「洋風」と「和風」にしつらえられた遊歩道沿いに桜、バラ科の「カイドウ」和風の方は人工ですが川も流れています。彫刻とのコラボもあり「文京区」かっけぇ(*^_^*)

    

気になる黄色い花の木は「サンシュユ」というらしいです。帰ってググったら「山茱萸」らしいですが、多分一度も書けそうにない(笑)漢方薬でもあるようです。

何っ!!「温めた牛乳にサンシュユの枝を入れ、保温して一晩置くとヨーグルトができる。」

            

Google MAPで調べたら目的の「印刷博物館」までは徒歩で13分ほどという事で春日通りを戻り、「富士坂(禿坂)という急坂を下りて小日向~小石川に向かいます。

    

「藤寺」は5月に来てみたいです。「国際仏教学大学院」は「徳川慶喜邸宅跡」らしいです。「龍閑寺」を過ぎたところを右に曲がると首都高の手前の大きなビルが「凸版印刷ビル」でこの中にあるのが印刷博物館らしいです。入場料は300円らしいですが、今回はボスが戴いたチケットを下さったので来てみた訳です。

    

    

もう一つパンフレットにあった2階の「小石川テラス」というレストランが素敵そうだったので、、予想は的中。大企業のレストラン!ありがたい(笑)

    

景色もよく、内装もゆったり。メイン、小鉢2種類、サラダ、スープ、ご飯にドリンクバーとデザートがついて920円です(*^_^*)もちろん佐保姫とシェアで4種類の小鉢を戴きました。

    

テラスではひょっとしたら会社説明会?のイメージビデオ撮影?みたいなことをやっていたので実際に出てはみませんでしたが、気持ち良さそうです。

博物館は地下階ですが時間が経つのも忘れるほど面白いものがあり、3時半からの「印刷工房」の体験にも参加して自分でガッチャンと印刷したしおりをお土産に戴いて来ました。

パソコンで自由に選んで作れるカードもあったので挑戦、今年大学に入った野球少年に「進学祝い」を作ってみました。

    

人間と印刷の歴史から始まってもちろん大好きな浮世絵も登場!「印刷」という概念は今はとてつもない範囲に広がっているのも実感。

帰りは江戸川橋まで歩き、有楽町線で帰宅です。本日も良く歩いた(*^_^*)

    

 

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皇居で春を愛でる(*^_^*)

2016年03月31日 | 散歩

春と秋の皇居の通りぬけ、、テレビで人波を見るにつけ、「行かないなぁ」と思ってはいたが、ミーハー姫心がくすぐられ、「まぁせっかく東京にいるのだから一回位」と佐保姫とお約束。

当初3/26の土曜日と思ったが、まだ1分咲きとのことで寒そうだったし延期。開花宣言の後の寒い日が続いたせいもあってか、毎日更新される宮内庁のサイトで3/28(月)の午後は「待ち時間なし」と出ていた。しかし火曜日は晴れの予報、、行くからにはなるべく待たないで、と思い「桜田門9時待ち合わせ」で決行する事に。

    

有楽町線の桜田門駅3番出口も桜田門辺りも意外に人が少なくでホッとしました。サイトで地図も見られるが、結局二重橋方面の一か所から入場のようでした。

    

沢山の警官が立っていて分りやすく誘導しています。イベントにはマストの「DJポリス」も大活躍。

持ち物検査ではバッグを開けてみせます。ペットボトルは持ち込んでもいいようですが、「一口飲んでもらえますか?」と聞かれました。この日一番の「萌えぇ」でした。男女別に警察の方にボディーチェックを受けます。

    

コーンで列が作ってありますがこの時間で1列目の後方につけました。10-16時オープンと聞いていましたが、さすがに臨機応変、9時半には列が動き始めました。

確かにさくらはまだ3分咲きというところですが、普段は入れない皇居内は別世界です。沼津の松も負けそうな素晴らしい松の枝ぶり、テレビで時々天皇陛下がおでかけの時にお見送りをされたりする玄関が見えます。

    

東御苑を掘り越しに見るようです。「宮内庁舎」も拝見!そこまで人もギュウギュウでもなく、皆さん控えめにお庭を愛で、粛々と進みます。

    

          

乾門近くの方が咲いているようですが、戻れないので途中から右に曲がって東御苑に出ました。

    

例の「城跡あるけど本丸跡」しかない、「松の廊下はここでした」けど何も無いって場所ですが(-_-;)来るたびに感動します。北海道の知り合いが「竹!!!」と感動した場所です(笑)

    

特にさくらは皇居とは違ってほぼ満開、広い芝生に寝転んじゃいました。

          

平川門までの花も見事で、特にボケの花は2色が競って咲いており、隣りの普通の赤一色のボケがちょっと地味に見えました。

          

外国人も多くボランティアのシニアも「江戸時代には、、」と熱弁をふるっています。

    

さてせっかくすずかけ村からお江戸に出たので次の場所に向かいます。

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東海道中膝OK? 「興津」→「府中」 その3 思い出の「狐ケ崎」

2016年03月29日 | 東海道53次

現在の清水の中心街はもっと港の方で、清水港沿いに大きなショッピングモールなどがあるが昨年ヨモちゃんと来たので、そちらには寄らないでひたすら東海道を歩きます。

「追分ようかん」は創業元禄8年(1695)の老舗。日曜で休みでしたが、どうしても食べてみたくて(笑)帰りに清水の駅でゲットしました。

    

「追分茶屋」過ぎると「何かの碑」?都田、、の文字に惹かれてよく見たら「都田吉兵衛供養塔」全く知らない(-_-;)と思ったけど

文久元年(1861)、清水次郎長は子分の森の石松の恨みを晴らすために、都田吉兵衛をここで討った」でやっと納得。

「森の石松」や「清水次郎長」は知っているけど通称「都鳥」と呼ばれた幕末のヤクザさんの事は知らない(-_-;)

けど殺された吉兵衛の死体は、次郎長による後難を恐れた人たちによって野ざらしになっていたが、これを哀れんだ人がここに埋葬し、ここに供養塔を建てたという』 ことです。

     

とにかく「追分」一色ですが、「追分」という語感が好きです(^O^)/スミレやフリージアも綺麗に咲いており、暑くも寒くもない栗毛日和、とはいえぼちぼち足が疲れてきた。

     

東海道の踏切を横切っていくと「静岡鉄道」の「狐ケ崎」の駅が見えます。子供の頃何回か静岡に来ていて「狐ヶ崎遊園地」というのがあったので覚えていた名前だけどもう無いんだろうか?ググったらやはり往時は有名な場所だったようです。ウィキペディアまである(笑)やはり私世代は「ヤングランド」じゃなくて「遊園地」だった。そうそう「お化け屋敷」というイメージがあります。多分1-2回来たか来ないかだと思うけど、テレビとかで宣伝していたのかもしれません。

「上原延命子安地蔵」近くのお宅の「ぼけ」が美し過ぎ!ついでに大きな窓に写った私も激写。

           

「草薙の一里塚」の前のバス停のベンチで休憩します。休日なので車が少ないし妙に座り心地良かった。二つ目のミカンを戴く。まだまだ静岡駅までは1時間半以上かかりそう。

      

「草薙神社」の大きな鳥居が見えたけど「本体はずっと向う」と言われ遠くからご挨拶のみ。別の機会に行ってみたい場所です。静鉄の線路に沿って歩くようです。「草薙総合運動場駅」方面に右に曲がります。「3番センター、、」という野球場のアナウンスが響きます。静岡県の野球小僧には聖地です。一度プロ野球を見に行った記憶もあります。

     

この電車がバラエティーに富んでいて、、「ちびまるこちゃん」「静岡工科大」「午後の紅茶」もっと沢山あったんだけど楽し過ぎると写メがぶれて使い物にならないのが私の難点(-_-;)

    

     

さてここからが大変でした。新幹線もびゅんびゅん走る鉄道を越えて北側に行きたいのだけど、、結局大きな陸橋を歩く事にしました。「東静岡駅」でも相当大きいようです。てっきりこれが静岡駅かと思ったほど(笑)なんで「府中」が静岡になったんでしょうか?現在の静岡市は,駿河の国の府中という意味で駿河府中(するがふ ちゅう)(駿府)と呼ばれていた!

なるほど(*^_^*)ここからは静岡県人の為に書きますのでスルーして下さい。知らなかったぁこんなこと(笑)

明治維新の時,中央政府から「他の土地にも同じ名前があってまぎらわしいので,古い呼 び名などがあったら二・三書き出して提出しなさい」との指令がありました。

駿府(すんぷ)に旧幕府の徳川氏が来ていたことも あって,藩の段階で公的な意味をもつ府中という名前が使われるのを好まなかったのではないかと考えられています。

古い呼び名 なども特になかったので,「静,静城,静岡」の三つを提出したところ,1869(明治2)年6月に,徳川家達(いえさと)を 「静岡藩知事に任命する…」という形で初めて「静岡」の名前が使われ,以後広がっていきました。

    

ここも一本奥まった旧東海道は静かな商店街です。4月2.3日は「静岡まつり」のようです。また来ようかな?鳥居は「西宮神社」

                       

いつ左に曲がっても「静岡駅」だったけど一応府中宿西端の「伝馬町」を「駿府城」への大通りとぶつかる場所まで歩いて「静岡駅」に向かいます。こんなに大きな街だったのね。

     

珍しいの駅構内も激写、春風亭昇太師匠はすっかり静岡の顔です。そしてやはり「松坂屋」と「お茶」に「エスパルス」。4/9.10は茶まつりですか。毎週お祭かっ!

            

東海道線のホームで28,983歩。時間があったので清水駅で改札出てお土産買ったりしたので帰宅したら30,000歩超えました。さすがに疲れた、、

    

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東海道中膝OK? 「興津」→「府中」 その2 「江尻(清水)宿」の河童(@_@;)

2016年03月29日 | 東海道53次

「こんまつ」という文字に目立つ緑の暖簾、、果たして何屋さん?「旗などの染織店の様ですがこの辺りから江尻宿になるようです。「本要寺」という大きなお寺でちょっと休憩。 「花まつり」のお知らせが春を呼びますね。変わった石の置物があって可愛いです。先ほど買ったミカンを戴きます。大きいけどボケてなくて美味しいミカンです。 

           

「清水駅」を左に見ながら通過して川の手前の辺りが「銀座」らしく、整備されたきれいな商店街です。「稚児橋」を探します。「江尻宿オリジナルシャツ」を売っているお店も、お値段のいいです。(2万円弱) 学生服のお店は今が1年で一番華やぐ季節です。

     

クジラのオブジェ?インパクト大きいのだけど説明がないので分りません(-_-;)ググってもだめ(笑)みんな「なんで?」って書いてる(笑)ここまでで10,524歩。

      

「少年サッカー発祥の地」って面白そう「魚町稲荷神社に行くと大きなサッカーボールが!!消火栓もサッカーしてました(^O^)/

      

 昭和31年、「魚町稲荷神社」に隣接する「江尻小学校」にサッカー好きの新任教師(堀田哲繭)が赴任しました。その日から先生は子供達と毎日運動場でボールをけりました。ところが、当時江尻小学校には“ボールを、足で蹴ってはいけない”という校則がありました。しかしサッカーの魅力にとりつかれた子供達の様子を見て、校長先生も許可をしたのです。
これが、『日本で初めての少年サッカーチーム』を生むきっかけになりました。

とあります。エスパルスはなんとしてもJ1に返り咲かないといけないですね。もう一つの名所「稚児橋(ちごばし)」は「慶長16年、家康公の命令でここに橋が架けられた。渡り初めで、一番年老いた夫婦が先頭を歩いていたが、巴川より童子が突然現れて橋の上を駿府の方角に歩き去ったという。

伝説からこの橋を「稚児橋」というようになった。出てきた童子は河童!!ということで橋は見事にカッパ一色です。 

巴川(ともえがわ)そばに掲示板だった「船高札」がありました。その内容には、暴風などに遭っている船には助け船を出すことや、船が破損したときには力を合わせて荷を引き上げること(引き上げてもらったものは褒美を渡すこと)などが書かれていた。老舗のおせんべい屋さんのあるこの辺りを過ぎると江尻宿も終り「府中」に向かいます。

     

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東海道中膝OK? 「興津」→「府中」 その1 「沼津の凄さ」

2016年03月28日 | 東海道53次

昨年広重美術館に数回行ったときに、まさかこんな展開になると思わず(笑)興津駅から薩埵峠を超えて由比宿に入ってそのまま蒲原まで歩いたり、蒲原からバスで由比の美術館に行ったりしたのでこの区間は一応踏破したという事で、「興津」から「江尻(清水)→府中(静岡)を目指します。

本日も青春18切符でスタート、各停なので行きも帰りも時間がかかるのでちょっと早起きしてみました。長津田6:25発→横浜駅7:00発の東海道線で熱海(沼津行き)→沼津(浜松行き)に乗り換えます。休日なので客層も違うけど皆さま地元民なのか富士山探さない(笑)諦めていたけど沼津過ぎたら少しずつ見えて来て、富士川辺りでははっきり見えた!

    

先週歩いた辺りを復習しながら景色を見るのも楽しい(^O^)/この富士川、、歩いて渡った、って改めて感激(笑)興津駅3374歩からスタートです。「興津宿」の看板で何か集まっているのでJRの駅からハイクですか?」と聞いたら「いえ名鉄?だか中日ツアー」だったらしいけど、物欲しそうな顔していたのか(-_-;)パンフレット戴きました。家に帰って見たらビックリぽんの内容で、感激!!広重様の小さいサイズのクリアファイルとか始めてみました。

    

興津宿も整備されて一軒ずつに木製の燈籠の様なものがあったり、道路が広くて歩きやすい。まずは「理源寺」から龍の彫刻や字の書いてある板が好きです(*^_^*)

          

ところどころにミカンが売られています。今日は買おう!と決めてきたけど、まだ歩きだしたばかり、、でもこの7つの大きなミカン200円には惹かれて買いました。リュックがあるので大丈夫。今日一つか二つ食べようと思うし。「東本陣跡の公園」→「「西本陣跡」→「「一碧楼水口屋跡脇本陣」はギャラリーになっているようですが早すぎて開いてなかった。

      

東海道よりも一本海寄りに「展望台」とあったので行ってみました。素敵な図書館や公園があります。富士山も駿河湾も良く見えます。公園にあった健康遊歩道、、痛そう(-_-;)

    

「皇太子殿下(大正天皇)御海水浴跡」という碑があります。明治22年東海道線が静岡まで通ったので泳ぎにみえたそうです。この時には「清見寺(せいけんじ)」に泊まられたそうです。このお寺も家康様が徳川家康公が幼少時代に今川家の人質として駿府に在りし頃、清見寺の住職でもあった雪斎禅師に教えを受けたことは有名らしいですが、私は「清見寺トンネル」と「清見(きよみ)ミカン」しか知らなかった残念な静岡県民(笑)今回は外観だけ拝見。

    

「興津坐漁荘(ざぎょうそう)」の看板が沢山見えるんですが、、それって何?「西園寺公望公」の別荘だったそうです。そしてなんとここのスタッフのおじさまによると西園寺公は「朝が来た」の広岡浅子さんの作った日本女子大学の開学にも大いに協力したようです。テレビでは大隈重信公は出てきたけど、、証拠の写真が日本女子大のサイトに載っておりました。別荘は金沢の伊藤博文亭といい勝負位に立派でした。

                      

「興津」って馴染みがないと思うけど沼津って凄いのね。お花もいい感じに沢山拝見しました。住宅の松もいい枝ぶりでゆっくり住めそうな町です。

            

川沿いその次は「袖師ヶ宿」これも「袖師トンネル」でしか知らなかった。踏切越えて「東光寺」

    

           

「ほそいの松」→「江尻宿」に入ります。二代将軍秀忠は、街道の両側に松の木を植えさせ、元禄16年頃には、松原の全長約360m、松の本数206本とあったそうですが、当時の細井の松原は太平洋戦争で松根油(航空機燃料)として伐採されてしまった。現在は、植樹されたものだそうです。ここまで10,524歩。

      

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タコパー→ZELVIA→びっくりドンキーな休日

2016年03月26日 | 美味しい!

久しぶりにホームタコパーはやはり人数があってこそ、タコパーだとホットンど私の役割は無いのでラッキー(*^_^*)

    

先日町田デビューした姉さんのお友達のシルクボーイ君がサッカーファンということで、なんと町田のJ2「ゼルビア」の試合に行くそうで、時間もなかったのでノアちゃんで送って行きました。町田は広くて限りなく横浜寄りの我が家からは9KM位ある「野津田競技場」までは30分以上かかる。帰りはバスで、、という事で帰宅途中面白いもの発見!駐車場があったのでついつい入って行ってしまう。ゼルビアスタッフやファンの集まるキッチンらしいです。食べる予定もなかったけどせっかくなので町田の名産品の一つ「あいす工房ラッテ」のアイスをゲット。

バニラ・クリーム・抹茶・チーズクリームの4種類です。テイクアウトだけど「ドライアイス要りますか?」って聞いてくれない(笑)まぁいいか30分で帰宅。ジェラーットっぽくて美味しい!!

                

夜は若者メニューのびっくりドンキーに参加させていただいた。ミート君とヨモちゃんと来て以来2年以上来ていないかな。メニューも少しずつ変わっているようです。

    

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東海道中膝OK?「吉原」→「蒲原」 その4 「雪の蒲原」の碑

2016年03月24日 | 東海道53次

「蒲原宿」は整備され、観光的にも力が入っているようです。しかし体力的にも時間的にも余裕がなくなっているので写メを取って良しとします。「北条新三郎の墓」「東木戸」からスタート

      

こんな階段、、無理(-_-;)北条新三郎さんは蒲原城の城主だったようです。木戸は宿の入り口、出口てことです。

      

この景色は珍しい、「日本軽金属 電力発電用鉄管」ってことは?この中を流れているものの姿が想像できません???電力発電用の水が流れてるので正解?

     

平日だし、この時間なので殆ど開館していないけど、無料のパンフレットは戴けます。

    

「渡邊家」の三階建の土蔵は全国でも5番目の古さだそうです。

      

この街並みが最大の売りですかね。それぞれ旧家は手直しされて、看板も立てられております。観光客用の駐車スペースも発見!「なまこ壁の家」の「佐藤家」「吉田家」

            

しかし蒲原宿最大の目的は広重様の「蒲原夜の雪」という傑作の舞台だという事です。まぁこの温暖な静岡の蒲原に雪降らしてしまった!(笑)「山崎精肉店」のシャッター(*^_^*)

          

旅籠「和泉屋」→「本陣跡」→「手作りのガラスと総欅の家『磯部家』」→

  

    

    

洋館は「旧五十嵐歯科医院」です。開いている時間は喫茶があるらしいです。「美しい格子戸の家」は「増田家」

  

  

「志田家」も見学可能な有形文化財らしいです。「蔀戸(しとみど)」ってのがあるので有名らしいんですけど、寝殿造りや社殿に見られる雨戸みたいな物で跳ね上げ式に開いて昼間は日よけになるって、、今回は蔀(しとみ)って字を覚えただけで良しとします(笑)ついつい調べてしまった、茶色の写真は国分寺の寺の物です。

    

やっと西の入り口出口に当たる「木戸」です。24,725歩、お疲れさん!後は蒲原から電車で帰るだけ!と思ったら駅まで2キロもある(@_@;)

      

6時までには着くかな?と夕日に向かって歩きます。途中の路上の「桜エビ」シリーズ楽しい!!「蒲原駅」に着いたら27,444歩。

        

まだ明るくてホッとします。17:48発 →長津田着 20:55着 運賃2,590円 ですが往復で2,360円の青春切符に感謝m(__)mこれで帰宅しても一番乗り。

現在の立場は「子でなく、婆でなし」(今日自分で作った言葉(笑)両親もいなく、孫もいないという意味)お気楽人生です。

 

 

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東海道中膝OK?「吉原」→「蒲原」 その3 姫のライバル?

2016年03月24日 | 東海道53次

富士川を超えてルンルンしてしまい、本当はこの坂道を登らなくちゃいけなかったのだけど普通に国道を歩いて行ってしまい(-_-;)「身延山道」の石碑辺りで気がついたのでミカン畑の横を登って行きました。

     

ここが旧道なんですねなんでこんな山の中だったのか?洪水などで足止めされる危険があるので山側にしたんでしょうか?名前がわからないけどめっちゃピンクの木が咲いております。道路にもこんなマークがあるのでちゃんと東海道歩いている気がしていいですね。

    

見事に富士山は雲の中だけど眺めは最高!今の国道を歩くよりはずっと気持ちがいいです。白椿も大ぶり、、ミカン沢山ついてるし転がってる(笑)誰も拾わないのね(-_-;)

      

ついに「岩淵一里塚」です。大きな木が目印の様に立っていてそれっぽい。ここも間の宿ってことです。昔はお茶屋さんとかあったんでしょうけど、今は住宅街です。

      

こういった看板がないと分りませんので助かります。なんと!今度は「東名高速」の下を歩くわけです。「中之郷」の次は「蒲原宿」とあります。

      

なんと!なんと!次は新幹線の線路の下を歩くのです。お馴染みの「秋葉山の常夜灯」も度々登場です。

            

少し登りがあるけど、下に「東名高速」とか見えるのでテンションは上がりっぱなし。そして遂に駿河湾が見えてきた!!!!!

    

おっと?このお姫様は何者?誘われて入ったお寺はお花が素晴らしい「光蓮寺」でした。「浄瑠璃姫」とは?草もち姫としては気になる(笑)平安時代末期、三河国(愛知県)で源義経と恋に落ちた姫が、奥州に向かった義経を追う途中、蒲原の地で命を落とすという物語らしいです。静御前にまさかのライバル(笑)この場合は「ゲス」じゃないのか(-_-;)

     

このアレンジが素敵過ぎ!

     

蒲原宿木戸まで4分、、いよいよ「蒲原宿」の入り口です。

    

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東海道中膝OK?「吉原」→「蒲原」 その2 富士川を歩いて渡る!!

2016年03月24日 | 東海道53次

次は「蒲原宿」だがその手前に間宿の「本市場」までは特に史跡もないとの事ですが、いい景色、百人一首の札の埋め込まれている潤井川の堤防、菜の花が良く似合います。

    

総合庁舎北を過ぎた辺りの「間の宿」本市場の看板にも広重様の浮世絵と解説がありました。

      

バナナをどこかの公園で食べようと持参したけど、「富士市フィランセ」という公共の福祉やボランティア関連の施設の様なのに入って喫茶店で一休みする事に。チョコレートとバニラにジャムで300円、コーヒーが100円ですと!手作りのコースターも富士山、楊枝入れも富士山。富士山あっての富士之町です。誇れるものがあるのは素敵。

   

「鶴芝の碑」は「鶴の茶屋」跡で、ここから眺めた冬の富士が、鶴が富士の中腹で舞っているように見えたことからこの名をつけたとされている。が今日は検証できない(-_-;)さてまだmだ先は長い、ひたすらきょろきょろしながら歩きます。本日一番の別嬪さんはこの白とピンクが一緒に咲いている梅の木かな?

     

「栄立寺」を過ぎると「駿河の大地主旧松永邸跡」という看板が掛ったホテルがありました。「FUJI WHITE HOTEL」です。母屋は富士市博物館に移築保存されているそうですがせめて看板ももう少し綺麗にしてあげて欲しい。

     

札の辻から柚木に向かいます。富士山の雪解け水が流れているのか蓋がしてある場所もあるけどあちこちに川が流れて水鳥が遊んでおります。ちょいちょいきれいな花も面白そうな店も(笑)「女性塾」って、、エステサロンでした。

           

「天白神社」の向こうは「身延線」で丁度「柚木駅」でした。数回乗った事がありますがまさか身延線の下を歩くことになろうとは、、美味しそうなレタスやエンドウ豆も激写(*^_^*)

    

ひたすら富士川を目指して歩きます。弥二さんも喜多さんも広重様もきっとそんな風に思っただろうなぁ、、

    

ほう、、4月には「なんでも鑑定団」の公開収録があるようです(笑)製紙会社の寮やクリニックなども発見、昔はすごく臭かったけど最近の工場は臭いがしないんですね。

     

思ったよりも意外に早く「水神社」が現れて感激!ここだけはしっかり入ってみました。おごそかな空気を感じる。

          

うおっ!本当に富士川を歩いて渡るんだ(*^_^*)写真では伝わらないけどものすごい川音で怖いくらいですが、めっちゃ興奮します。震えるほどの感動です(笑)

          

 山の中腹の白い部分が「楽市楽座」のある富士川のSAみたいです。今まで車と電車でしか渡らなかった富士川を歩くなんて、これは貴重な体験でした。

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