象が転んだ

たかがブロク、されどブロク

『獣人』に見る、ゾラの剥き出しの獣欲とメルヘンチックな本性と〜母娘の崇高な死と純朴無比な運命と〜あらすじ中盤

2018年06月19日 20時00分00秒 | バルザック&ゾラ

 昨日、”スマホで数式”を読んで下さった方、どうも有難うです。全くスマホで数式が記述出来るようになれば、”リーマン”ブログも、もっともっと見栄えが良くなるのですが。

 前回は、ルーボー夫妻が、元裁判長でルーボーが助役を務める西部鉄道の役員でもある、グランモラン老人を列車の中で殺害し、お陰で夫婦の熱は冷めきり、ルーボーは自暴自棄になり、妻のセブリーヌは、主人公で同じ西部鉄道の機関士であるジャック・ランチェに想いを寄せる。

 勿論、この悪名高き隠れ前科者の老グランモランは殺されても同然の老人で、派手な淫行でセブリーヌを犯し、踏切版のルイゼット嬢(後述するフロールの妹)をも犯し、殺害してたのだ。

 しかし、パリの司法省や西部鉄道は、このスケベ老人の前科が発覚するのを恐れ、ルイゼットの恋人だったカビューシュに罪を着せるが、証拠不十分で釈放され、時間と共に、このパリとル・アーブルを大騒ぎさせた事件も、忘れ去られようとしていた。特にこのル・アーブルの描写は、ゾラの故郷であるメダンに近いから、実に力入ってます。

 一方、ルーボーは解雇の危機に晒されるが、妻のセブリーヌの必死の訴えもあり、西部鉄道は、夫を解雇する事で、政治的混乱を引き起こす事を恐れ、解雇を取り消すのだが。

 以上、前回のあらましです。


 さて、中盤に入ります。次第に、”獣人”に見合ったドロ沼の展開に落ち込んでいきます。

 年が開けると、ジャックとセブリーヌは、酒と賭場に浸り、次第に凶暴になる夫のルーボーを殺害し、アメリカへ逃亡する計画を夢見るようになる。
 "あいつさえ殺せば、この厄介な発作も治る。アメリカでの生活が、巨万の富と安楽な暮らしを約束してくれるんだ。それに、アイツは全てに有罪だ、殺されて当然の男さ"と。

 しかし、ルーボーを殺す事にジャックは迷う。本能的な欲求や興奮に襲われた時なら殺人は可能だが、打算や利害で意図的に人殺しをする事は不可能だと自らを諭す。

 それでもセブリーヌの口づけは、彼に殺害の勇気を奮い立たせる筈だったが。結局、ルーボー殺害は未遂に終わった。ジャックは憤怒と恥辱に塗れ、セブリーヌは彼に絶望する。


 この年の4月、フロール(踏切番)とルイゼットの母であるファジーおばさんが死んだ。原因は、2度目の夫のミザール(踏切の電信係)が仕組んだ、殺鼠剤入のふすま湯(浣腸剤)だった。
 ファジー婆さんは、食物にばかり警戒し、毒入りのふすま湯にまでは気付かなかった。しかし、彼女が持ってる筈の千フランは見付からない。

 ミザールは痺れを切らし、僅か千フランの為にファジーを殺害したのだ。もうここら辺になると、”獣人”の匂いがプンプンしてきますな。獣人の中では、老グランモランとこのミザールが、一番獣人に近いですね。


 一方、力持ちで気の優しい大女のフロール嬢は、母親の死以上に、ジャックを奪い取ったセブリーヌへの嫉妬に苦しんでた。彼女もまた、ジャックへの恋が芽生えてたのだ。
 ジャックは、かつての名付け親であるファジー婆さんの所へ足下に通ってた。フロールは何とか彼を誘い込もうとするが、純朴過ぎる性格が災いする。

 そんな中、たった一度のロマンス?がフロールの闘争心と嫉妬に火を点けたのだ。今から思うと、ジャックが狂気に掻き立てられ、力ずくでフロールを犯してたら、ジャックとフロールの運命も変ったでしょうか。


 それに、元裁判長のグランモランとセブリーヌの汚い行為を知ってるだけに、何とか仕返しをしたかったのだ。崇高で純真な大女にって、この情欲深い淫乱女のセブリーヌだけは許せなかったのだ。

 彼女は全てをひっくり返して決着を付けたいと考えた。事実、彼女はこの地では無敵だったし、戦士でもあった。そして、ふと二人をまとめて殺す事を思い付く。単に破壊の野蛮な本能に従っただけだが。"列車をひっくり返せば、二人は死ぬ" この勇敢無比なフロールの存在は一種の清涼剤の役目を果たしてますね。


 フロールは列車転覆の犯行を計画するも、恐怖と狂気に襲われ、自らを見失いそうになる。恋人の転轍手のオジールを追い掛け、結婚する事も夢見るが、"妹も母親も死んだのに、この二人が生き延び、温々と愛し合うなんて。そんなの許せる筈がない、全滅だ"と二人への復讐を誓うのだが。

 運良く、大きな石材を運ぶカビューシュに出会う。彼を死んだ母と面会させ、自宅に釘付けにし、踏切上に石材の荷車を自慢の怪力で押し戻し、ジャックとセブリーヌが乗ってる急行列車と衝突させる計画だ。


 間もなく、その急行列車が踏切に突っ込み、石材荷車とまともに衝突した。ジャックが気づいた時は既に遅かった。

 列車は横腹を抉られ、石材荷車の上に乗り上げ、転覆する。全13両のうち、前の7両は瓦礫と化したが、セブリーヌが乗ってる後尾の6両は、脱線する事なく無事に停止した。

 燃え盛る転覆した列車の中で、遺体が次々と運び込まれ、残骸の山は増え続け、現場は壮絶な修羅場と化した。火夫(石炭を入れる人です)のべクーと車掌のアンリ(ジャックの同僚)は、衝突寸前に飛び降りて無事だったが、ジャックは炭水車の奥に閉じ込められた。ここら辺の描写も実にリアルで鮮やかなんですよ。まるで、アクション巨編を見てるみたいで。


 衝突の一部始終を眺めてたフロールは、われを忘れ、狂った様に”恋するジャック”の救出に力を注ぐ。彼女の神憑りの救出劇もあり、ジャックは何とか助かるが。

 フロールは、ジャックの怯えと憎しみの混じった視線を浴び、立ち尽くす。"嗚呼、二人共殺せなかった。自分は無益な人殺しをしたのだ"と、後悔の念に苛まれた。
 
 彼女はその場を逃げ出し、トンネルの隠れ場の中で思いにふけ、恐ろしい空虚に襲われた。犯行の現場をジャックに見られたのだ。
 フロールは死を覚悟した。今度は、自ら正々堂々と列車に正面衝突を図るのだ。”処女の女戦士の本能”に従い、列車に向い、一直線に死んでいくのだ。潔すぎますね。


 頭部はグチャグチャに潰れてたが、半裸の手足は傷ひとつなく、純血と力を漲らせた見事な美しさを示してた。彼女の遺体はファジーおばさんの横に並べられた。彼女は大きな目を見開き、笑いを浮かべ、自分の娘を見つめてる様だった。

 この母娘の三人の死は、とても興味深く映る。犯されて死ぬか、毒を盛られて死ぬか、自ら墓穴を掘り、列車に体当りして死ぬか。それぞれに崇高さと純朴さが漂いますな。まるで、ロマンスと凶暴さが入り交じる傑作ですね。

 という事で、今日はここまで。



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