”その8”に進む前に、番外編”その1”と”その2”で述べた事を、主観的な視点から補足します。流石に映画では、ここら辺の複雑さと葛藤は描ききれませんね。
レイ・クロックの自伝本『成功はゴミ箱の中に』と『わが豊饒の人材』では、距離感と味付けと展開が全く異なります。
この”わが豊饒の人材”の中には、マクドナルドの闇の中の成功哲学と苦悩の物語の全てが収められてます。成功をダラダラと羅列した類とは異なり、成功の裏付けを一つ一つ網羅した傑作本です。ビジネス書というより、マクドを支えた人間たちの”熱きドラマ”ですね。
1987年出版された本なのに、改訂版が出ないのが不思議な位です。”成功はゴミ箱の中に”ではなく、まさに”この本の中に”あるんですね。
特に、クロックの執着と倹約とフランチャイズに対する熱き思いには、頭が下がりますが。クロックの陽とソンナボーンの陰、熱情と冷静さ、営業と財務、フードビジネスと不動産、全てに二人は対称的だったんですね(paulさんのコメント引用です)。
このCFO(財務最高責任者)であるソナボーンも、CEOとして独善的にふるまうクロックに嫌気がさし、1967年に辞任。その後マクドナルドの店舗には、二度と立ち寄る事はなかったとも。クロック自伝では、ハリーの方から友情の抱擁があったとあるが。どうだか?
確かに、レイクロックの自伝本の後半では、クロックは自分に都合のいい事ばかり書いてる。ウンザリする程に。ソナボーンは身体が弱かったから辞めたとか。ハリーと共にクロックを支えてくれた経理秘書のジューンも、クロックがクビにした。優しくは書かれてるが。
そして、自分だけはチャッカリと事業に性を出す。その為に、若く素朴で質素で従順なフレッドを、自分に都合良く自分の後釜に仕立て上げたのかもです。でも、このフレッドこそが、信頼の厚い盤石なサプライヤーを育て上げ、クロックと共に営業の基盤を作り上げたんですが。
しかし、このフレッドは元医大生で、タイプ的にはソナボーンに近いのですが。細かい所に拘り、倹約という面では、クロックに相通ずるものがあったらしいです。
確かに、人生前半のクロックの不遇と苦悩には大きく同情するが。後半は読む程にウンザリする。自分の失敗はひた隠し、他人の失敗は怒鳴り散らす。典型のワンマンに見えなくもない。
ただ、”わが豊穣の人材”には、極端にクロックの悪口は書かれてはいない。むしろ、彼の荒唐無稽な行動とやり方を養護する内容が多い。ウエブ上ではクロックに対する辛辣な批判が殆だが。私もその一人ですがね。
でも、この自伝本、いや自慢本を読む程に、こういったカラクリというか、トリックというか、闇に埋もれた”隠しキー”が、逆に見え隠れするのも事実。同じ様に、マクドナルドの謎もです。事実と真実はかくも異なるのだ。
ま、そう考えると、人格も知能も教養もない”盗賊”クロック様々という事になるが。 ”わが豊饒の人材”でも語られてる様に、本社•フランチャイズ•サプライヤーという三つの要素を見事なまでに噛み合わせ融合させた、奇才いや鬼才と言えるかもしれない。
逆に、教養がなくとも、奇抜なアイデアと狂気じみた信仰と情けがあったからこそ、成功したとも言える。特に、独創性と協調性の両立に成功した、唯一の奇跡のビジネスモデルと言えると、べた褒めですな。
著者のJFラブ風に言わせれば、アメリカ特有の個人主義と多様性を相殺&圧殺する事なく、マクドナルド体制への一致と忠誠を可能にしたと。故に、マクドの幹部は運•鈍•根の官僚タイプではなく、極度に異質な個性の集まりだった事も、あらゆるポジションからのアイデアの一斉放射を可能にしたと。
この”知られざる”マクドナルドは、パートナーシップという複雑に交差する網目によって結ばれた、独立企業体の連合であるとも。マクドに関わる何百という冒険的起業家の物語であり、共通の利益を生み出す複雑な組織の相互作用の物語でもあると、JFラブは力説する。まるで、Pオースターみたいな描写ですな。
しかし、悪く言えば、”事業の成功に、崇高な人格や高質な知能は必要なく。重要なのは、脊髄反射的な判断力と動物的行動力とサイコ的異常なまでの執着”という事になる。クロックの自伝本を鵜呑みにすればではあるが。それで勝負する経営者も、世の中にはゴマンといるのも確かだが。天文学な成功を収めたのはクロックだけである。
結局、クロックはソナボーンを認める事は、マクドナルドにおける自分の存在価値を、マクドの生みの親がクロックであるという神話を、自らの英雄崇拝を打ち消す事であり。事業が軌道に乗ったら、ソナボーンを切り離すつもりだったかもです(主観が結構入ってます)。
つまり、クロックにとって、共に戦い支え合った仕事仲間や友情よりも、自らの神話や英雄伝説や成功を優先した結果、とも言えなくもない。
しかし、この”マクド一家”の主であるクロックは、フランチャイズの質を維持する為に、駆け出しの小さな業者を敢えて選び、辛抱強く取引を続けた事は、あまり知られてはいない。事実、フランチャイズもサプライヤーもこのマクドナルドの、いやクロックの虜となり、互いの成功の為には全てを捧げたのだ。
確かに、ソネボーンはフランチャイズをフードビジネスから引き剥がし、不動産ビジネスに転換する事を夢見てたが。クロックはフードビジネスに重きを置く事で、冒険的な個人起業家と巨大な会社組織との間に存在しがちなギャップを埋めた事も事実ではある。
これこそが、この”わが豊饒の人材”で語られるマクドナルド・インサイドの闇と不思議なのである(7/6更新)。
ハリーソナボーンに関しては知れば知る程、凄い人ですね。レイクロックが彼を自伝であまり触れなかった事もよくよく理解出来ます。
でも、クロックも彼なりに懸命にフードビジネスに身を捧げました。フランチャイジーの質を維持した功績とアイデアは、やはり高く評価すべきでしょうが。
でも、本や映画にするには、ソナボーンよりもクロックの方が絵になるかもしれません。ソナボーンは華麗すぎたというか、スマートすぎたというか。
いつの世も、どん臭い奴が評価され、大事にされるのかもしれません。また、マクドナルドのこの闇の部分が、大衆にはより魅力的に映るのでしょうか。
ただ、レイクロックの悪口ばかり書いてますが。ソナボーンの不動産のチームにも彼が名を連ね、熱心に勉強し、土地探しには、人一倍熱心だったようです。
それに、”甲高い”クロックの声は部屋中に響き渡り、マクドナルドの支配者としてのカリスマと威厳は十分に保ってた様です。
そして、フレッドターナーは、二人が成し得なかったフランチャイズの大幅拡張を成功させたんですが。
全く、この『マクドナルド〜我が豊穣の人材』を読むたび、闇に包まれる思いです。
ある種の成功した人の特徴をつかんだ、非常に示唆に富んだ見方だと思いました。
ま、成り上がり系長者に当て付けの(特にソフバンの孫)、オーバーな表現で、ここまでクロックは酷くはないんですが。日本人の感覚からすると、クロックはイメージ的にも、受け入れられないものがあるんですね。
でも、”わが豊穣の人材で”は、クロックはべた褒めですね。彼はジョブスやゲイツなどのIT長者と比べると、全ての面で傑出してますね。教養はないが知能は異常に高い。叩き上げの苦労人で、質素で倹約家で、家族思いの彼は、弱者には非常に思いやりがあり、情け深いんですね。
ある意味、天文学的な成功を収めるに、全ての要素を兼ね備えてんです。クロックに関しては、ウエブ上でも殆ど悪く言われ、研究の対象にすらなってません。
私は、そんなクロックとマクドナルドの闇に光を当てたかったんです。
中々、こういったビジネス系ブログは女性には負担でしょうが、よくぞアクセスしてくれました。感謝です。