最初は、いきなりサラテと大場が闘う所から始めたかったんですが。このビッグブートが実現するまでの過程をリアルに詳細に描きたいで、全10話程の物語になる予定です。 さてと本題に移ります。
時は1976年9月、チャチャイ戦以来、実に3年8ヶ月ぶりの世界タイトルマッチです。場所は日本の新蔵前国技館で、この試合の為に急遽、2万2千に収容人数を増やしていた。お陰で、日本プロボクシング史上最高の観客動員となる。
勿論会場は超満員であり、会場の外には何とかチケットを求めるファンが数多く群がっていた。実際にはこの新蔵前国技館は実現せず、1984年に両国国技館に移転しました。悪しからずです。
大場vsサラテ
大場はチャチャイ戦と同じ、白をベースに青いストライプのガウンで颯爽と登場する。サテンのきらびやかな質感が大場の”今”を具現していた。
大場が姿を表すと、会場はどよめきと共に、大きく揺れ動いた。大場の存在はそれ程までに大きかった。チャチャイ以来3年8ヶ月ぶりの待ちに待った世界タイトル。それも相手はバンタム級史上最強と言われ、”殺戮マシーン”の異名をとるサラテである。
日本TVのアナウンサーが早速マイクを大場に向けた。
”チャチャイ戦と同じ純白のガウンですね。縁起を担いでるんですか”
”チャチャイとは友達なんですよ、だから彼に敬意を評す為にもね”
”彼もリングサイドで見てますよ、何か一言”
”あの試合もベストだったけど、今晩の試合はもっとベストになる筈です”
”相手はとても手強いですが、特別な作戦はありますか?”
”いいえ、とにかくベストを尽くすだけです”
大場は軽く会釈して、リングに上がった。控室同様に、戦場となる四角いカンバスの上でも笑顔は絶やさなかった。
続いて、王者のサラテが登場する。深いブルーをベースにスパンコール調のガウン。その中から垣間見る浅褐色の肌の中に深く息づく、2つの鋭い眼光が会場を支配した。
178センチの長身は、173センチの大場を一回り大きくしたように見えた。まるでライト級でも全く見劣りしない程のなボリュームと迫力である。
改めて、会場はメキシコの”怪人”に怖れを成した。殺戮者は余裕でインタビューに応じる。
”勝算は、どれくらいありますか?”
”バカな事を聞くんじゃない、ミスター大場が死なない事を祈ってる”
”何ラウンドで倒すつもりですか?”
”奴が何ラウンドまで持ちこたえるかだ”
”日本のファンに一言”
”今まで誰も見た事のない様なファイトを提供するよ。大場には悪いが、俺の敵じゃない”
不敵な笑みを浮かべ、サラテはリングに上がる。リングサイドの最前列では、ド派手なメイクを施した愛人が笑顔を振りまいてる。サラテもそれに応え、照れくさそうに笑う。
一方、大場の妻は二人の娘と共に控室に籠もった。娘はパパの試合を見たがったが、妻が反対した。ボクシングはそれもリングは男だけの世界なのよ、女の子が立ち入る場所じゃないのよと、軽く諭した。
勿論、長野ハルも縁起を担ぎ、タイトルマッチでは何時も控室で戦況を見守る事にしていた。長くこの世界にいるが、長野もボクシングが”男だけの領域”である事はわきまえてた。
いよいよ運命のゴング
両国国家の斉唱が終わり、先ず大場が紹介された。”WBCバンタム級1位、41戦38勝18KO、東京帝拳所属、大場政夫”とコールされると、会場は異常なまでの歓声と喝采に包まれた。
サテンのガウンを脱ぎ去った大場の肉体は、白い大理石で出来た彫像そのものだった。サラテの殺戮を持ってしても、この肉体の牙城を崩せるのかと、思えるほどの完成度であった。
続いて、”WBCバンタム級王者、47戦47勝45KOのパーフェクトレコードを持つメキシコの殺戮マシーン、そしてメキシコの英雄、カルロス・サラテ”と大場とは全く異なり、長く派手にアナウンスされた。
会場はその圧巻の戦歴とサラテの存在に、完全に静まり返った。大場に対する異常なまでの歓声が完全に消え失せたのだ。
大場は、得意げに振る舞うサラテを睨みつけた。少し含み笑いを込め、相手を侮蔑するような視線を送る。
一方サラテは、大場の侮蔑した視線を見逃さなかった。殺気ある視線を大場に突き刺し、不気味な笑いを浮かべた。
浅い茶褐色に輝く、野獣と化した肉体は獰猛そのもので、今にも大場に飛びかかりそうな勢いであった。そこに減量苦の影響は全くないように思えた。
大場の肉体が大理石の彫像とすれば、サラテのそれはチタンで出来た彫り物である。
2つの獣はリング中央で向かい合った。
殺戮の眼光と狂気の慧眼がぶつかり合う。 会場はお通屋みたいに静まり返った。
一回り小さい筈の大場だが、上腕の盛り上がりはサラテを上回ってた。しかし、背中から浮かび上がる獣性はサラテが上回ってる。
衝撃と壮絶の1R
いよいよ運命のゴングが鳴る。いきなり殺戮と狂気が擦れ合う。
大場がいきなりの右のオーバーハンドをサラテに見舞ったのだ。サラテのこめかみを鮮やかに撃ち抜いた。
大きくよろめくサラテ。
大場はいきなりラッシュを掛けた。左右の速射砲が忽然と、そして猛然と火を吹く。
ロープを背に、サラテは珍しく防御を固める。得意の打ち合いには応じずに、長いリーチを使ってクリンチで危機を逃れようと必死だ。
会場は興奮と罵声と歓声と、そして喧騒に包まれた。
サラテのセコンドは血眼になり、大声で何かを叫ぶ。
サラテは大場の右肘を強引に抱え込み、何とかクリンチで危機一髪を逃れた。レフェリーが反則スレスレのクリンチを注意する。
サラテは大場と同様に、典型のスローファイターだ。アモレス戦でも序盤にいいパンチをもらってる。そこを大場は突いたのだ。
これは大場サイドのプラン通りでもあった。序盤は、脚を使って距離をとると見せかけ、いきなり相手懐に攻め込んだのだ。
その気になれば、何時でも何処からでも波状攻撃が準備出来てる事を、サラテ陣営に知らしめる為である。
サラテは大場の右ロングを視線上に捉えてたが為に、まともに食らったにも関わらず、致命傷にはならなかった。
大場も無理をして攻め込む事はなかった。あくまでも”挨拶代わりの一撃”だったのだ。
しかし、会場は間関諤々の興奮状態にあった。興奮した一部のファンがメキシコから応援に来た客と喧嘩になるエキサイトなシーンも見られた。
それ以降、大場は冷静に距離をとり、サラテの様子を伺いながら、ジャブをボディ顔面に打ち分ける。
大場陣営は冷静そのものだった。大場の奇襲が、サラテの殺戮の突進を見事に防いだ形となったからだ。
サラテも大場の左右のロングを意識してか、得意の接近戦に持ち込む事ができない。
1Rの終了間際、誰もが大場のラウンドだと確信した瞬間、今度は大場の左ボディを左に回り込み、掻い潜るようにして、サラテお得意の左アッパーを大場のテンプルに見舞った。これまた見事なタイミングで命中する。
堪らず大場はもんどり打って倒れたが、これもタイミングよくゴングに救われた。
殺戮の左
”あれが殺戮の左か。あれで幾人ものボクサーが墓場行きになったんだ。頭蓋骨は軋む音がここまで響いたぜ。大場は大丈夫か。やはりミスマッチだったのか”
会場はどよめいた。あれ程興奮しまくってた血の気の多いファンも青ざめていた。
大場は何事もなかったかのように、スツールに腰を落とした。
”大丈夫だよ、桑田さん。パンチは見えてたから。少し油断しちゃったかな”
”マー坊(大場の愛称)、絶対に油断は禁物だ、特にこの世界ではな。でもツイてるな俺達、上手くゴングに救われたよ”
”でもパンチは強いけど、スピードは大した事ないよ”
”ガードをもっと上げて、テンプルに気をつけるんだ”
一方、サラテ陣営は得意満面だった。開始早々大場の右ロングをまともに食らい、出鼻を挫かれたが故に、プランの練り直しを考えてた所だったからだ。
”いいパンチだった。相手はラッキーだっただけだ。ゴングがなかったら、試合は終わってたさ”
”ああ、奴はスピードはあるが、テンプルが弱い。ビデオで見た通りだ、オッサンのアドバイス感謝するぜ”
”油断さえしなければ、直ぐにでも倒せる。このままじっくりと料理しようぜ”
”ああ、まあ見てろって”
ゲスト解説の沼田義明(元Jrライト級王者)も、10ー9でサラテ有利とジャッジした。
”大場君、油断は絶対にダメですね。いい部分と悪い部分が出た感じです。とにかくガードを固めて距離をとって、得意のフットワークで翻弄すべきです”
大場の先輩でもあり友人でもある沼田も、何かしら心配そうだった。
あ、それとチャチャイ死んだんですね。全く知らなかったです。彼は日本ではモテモテだったらしく、日本の女性ファンも多かったことでしょうか。
それと、ライオン古山のアナザーストーリーも書きたくなってきました。
いきなりの打撃戦ですか。
イケイケ大場!一気に叩き潰せって行きたかったんですが。
流石、サラテです。最初から左アッパー狙ってましたね。ウ~ン残念。でも、大場もダメージは少ないようです。
転んださんも結構考えてんですね。想定外というか想定内というか。
明日はどっちだ。
お互いの気性からしたら、当然とも言えますが。これでこそボクシングだと思うんです。メイウェザーJrみたいに逃げ回るのはボクシングじゃない。
ゴーンと一緒で詐欺ボクサーですかね。
2R以降もできるだけスリリングな展開にしたいと思います。宜しくです。