象が転んだ

たかがブロク、されどブロク

『制作』に見る、ゾラとセザンヌの友情と決裂と影響

2018年02月03日 15時56分40秒 | バルザック&ゾラ

 本を読むという事は、著者が作品の中に隠した解答を導き出す事も、醍醐味の一つだと思う。そしてその答えは、N次元の微分方程式と同じく、読者の数だけ存在する。
 『制作』で、ゾラは主人公のクロード•ランチエを通じ、芸術家と自然との闘いこそが真実との闘いの連続であり、常に打ち負かされる天使との格闘の壮絶な悲劇を描いたと、訳者の清水正和さんの解説にある。
 一方で私めは、クロードの本性を解き明かす為の、その本質と真理を覆う深い闇を絵画で表現し、それを照らし出す手段である"外光"にひたすら拘り、芸術家としての才能と悪の本性との葛藤と捉えた。


セザンヌとゾラの友情

 ゾラはこの作品で、内密の創造の営みと生みの苦しみをクロードの悲劇を誇張して示した。ゾラはこの作品を描く前に、『知られざる傑作』(バルザック)を参考にしたという。
 本当は『制作』という平凡なタイトルではなく、『未完の傑作』としたかった所であろうか。
 主人公クロードのモデルは親友のモネか、後に〈近代絵画の父〉と称される幼馴染のセザンヌとも言われる。
 しかし、作品後半のクロードはモネもセザンヌとも大きくかけ離れ、全くゾラの自由な創造人物と化していく。
 そのクロードが最後に描いた「シテ島と裸婦」は、70年代の印象派の全盛期を通り越し、80年代のギュスターブ•モローの様な、薄暗く奇怪な、一種の幻想的萬意(アレゴリー)画家に変貌するのも実に奇怪でユニークに映った。
 一方、友人のコネにより、何とか入選を果たしたクロードの「死んだ子供」は、初期のセザンヌの暗く陰湿な画風を大きく反映するが、ゾラの死後に、彼が集大成的に完成させた「大水浴」と「セントヴィクトワール山」のダイナミックスケールとは大きく異なる。
 主人公のクロードと同じく、セザンヌも殆どが落選続きで、晩年になって漸く認められる様になる。しかし一方で、『居酒屋』以後、次々と傑作小説を生み出し、スターダムにのし上がるゾラを嫉妬していったと言われる。
 事実、初期のセザンヌの絵は暗く陰湿で、作中のクロードの描く絵とそっくりなのだ。しかし、晩年のセザンヌの画風は鮮やかな色調と明るく溌剌とした、生命感溢れる作品に昇華してる。
 多分これは憶測だが、ゾラは心の中で思ってたのではないか。”セザンヌは才能はあるが、陰湿過ぎる、これじゃ評価される筈もない”と。事実ゾラ自身も、ルーゴンマッカールの6作目迄は、全くだったのだから。

 クロードが若い頃に、恋焦がれ、追い求め続けた、あの"外光"が晩年のセザンヌの絵に燦々と注ぎ込む。
 つまり、『制作』でのこの"外光"のヒントがなかったら、作中のクロード同様に、日の目を見る事はなかったろう。友達は持つべきもんだ。


未完の傑作

 一方で、"下腹部に神秘のバラを咲かせた異教の女神の様な裸婦像を凝視する"姿で、クロードが首を括る演出は、ギュスターブ•モローの「出現」の中の"サロメの女"にヒントがあるという。
 60年代、マネらの印象派を強力に援護したゾラが、この神秘的幻想画家に霊感を受け、モローの想像力の奇抜さ、豊かさ、謎を秘めた象徴的な描き方に、深い関心を示したともいわれてる。
 故に"未完の傑作"が、クロードの突然の死により完成し、それを夫をひたすら支え、愛し続けてきた妻のクリスチーナに見せつけるという、憎い幕切れ。
 "このシーン全体が一枚の絵となり、完成に至る"と清水氏は解き明かす。
 つまり、彼の苦悩の大作は失敗作でも未完でもなく、彼の死を以てして傑作に至るのだ。
 故に、清水氏は"未完の傑作"をテーマにし、私めは"外光"をテーマにした。

 文学においてゾラは、堅固な構成と生命力&力動感漲る文体を心掛けたが、絵画においても力強く劇的なドラクロワや堅固な質感を持つクールベなど、ミケランジェロ的なものを好んだ。
 つまりゾラがセザンヌと過ごした少年時代に既にロマン主義の洗礼を受けた作家でもあったのだ。
 よって、モローに惹かれたのもゾラのロマンチックな趣向の発現であろう。
 ただ、この作品の発表を機に、セザンヌとの親交が断たれた事は有名な話でもある。
 しかし、この『制作』の最後の"さあ、仕事に戻ろうか。時間がない"とのフレーズは、ゾラがセザンヌに呼びかけた励ましのメッセージだったのだ。

 この推理は流石、清水氏ならではである。"クヨクヨしてる暇はない。君には才能があるんだから、サッサと仕上げに掛かろうぜ"と、親友のゾラの励ましが、ここまで聞こえてきそうだ。

 1902年のゾラの急死に、衝撃を受けたセザンヌが晩年に描いた「大水浴」「セントヴィクトワール山」の2つの集大成的連作は、先立ったゾラへの友情ともとれる。
 それにモネの晩年の作品群も、『制作』のショックが生みだしたとも言われてる。
 つまり、この作品は19世紀フランスの近代絵画や革新期の動向を、生き生きと追体験できる自伝的芸術小説でもある。

 ゾラの特徴でもある"群衆描写""擬人法""コントラスト法"。また"反復と変奏"による交響曲的効果を狙った構成と文才には、全く舌を巻くと、清水氏は締め括る。
 それ以上に、清水氏の模範解答の解説には、頭が下がる思いだ。



2 コメント

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知られざる傑作 (tokotokoto)
2018-02-08 05:25:41
セザンヌとピカソは、バルザックの「知られざる傑作」に大きく心が揺さぶら、影響を受けたと言います。

ゾラにしても、セザンヌにモネや数学者とか人間関係も作品と同様に多彩だったのですが。かのモーパッサンも彼に才能を見いだされたらしいです。まさに、偉人は偉人を引きつけるの典型ですよね。
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Re:知られざる傑作 (lemonwater2017)
2018-02-08 14:29:59
 二人共、絵画を描く様にして、小説を書いたんですね。画家になってたら、どんな絵をかいたことでしょうか。

 狂気じみた絵ならバルザックで、やたらデッカイカンバスの絵なら、ゾラでしょうか。
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