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”痴漢男”逃げ切り成功?〜ショートストーリーその8

2021年12月27日 05時08分20秒 | ショートショート

 「はじめから逃げ場がなかった“痴漢男”」というユニークな記事を見た。
 10月下旬のある日、通勤時間帯の電車内で1人の男が隣に座る20代女性の胸をめがけて手を伸ばしていた。女性は眠ったままで気がつかなかったが、目の前にいた乗客の男女2人がその異変に気づく。
 偶然乗り合わせた男女2人。
 その見事な連携プレーで男を追い詰めていく。“痴漢男”に逃げ道はなかった。というのも2人は現役の警察官だったのだ(日テレ)。

 こうした記事を見るにつけ、日本の警官は優秀だなって感心する。これがアメリカなら、金にならない庶民レベルの事件なんて見て見ぬふりで、痴漢男を脅し、一寸した政治取引で小遣いを巻き上げるのが関の山だろうか?
 それも通勤時の事である。余程の正義感や警察としての使命感がなければ、こんな見事な連携は成立しないだろう。
 そこで、この現実に起きた記事を参考にして、(久しぶりですが)ショートストーリーを作ってみました。


”痴漢男”の憂鬱

 男は財産目当てのホステスと別れたがっていた。というのも男は、超の付く資産家の長男で、50になっても1人モンである。
 趣味は釣りと”ぼっち”キャンプくらいである。故に、定職にも就かずに年中世界中を巡り、一人旅を繰り返している。
 しかし彼とて一端の男である。男女関係がなかった筈もない。若い時は頭もよくてモテた方だったから、高級令嬢との縁談も数多くあったはずだ。
 だが男は、清潔感溢れる整った女性よりも少し擦れた砕けた女を好んだ。都心の高級クラブで出会い、肉体関係を持ったホステスが何人かはいた。しかし、付き合ううちに(女の)育ちの悪さと貧相な教養が目に付き、結婚に至る事はなかった。
 今では、腐ったタヌキみたいに堕落してるが、一応は線形代数学で博士の修士号を持つインテリである。

 50を目の前にすると流石にクラブには行けなくなった。場末の外人パブに通うようになり、30代のペルー女と付き合ってた事もあるが、性格が暗すぎると一方的に振られてしまう。
 本気で結婚しようと思ってただけに、男の人生を狂わせる転機となる。
 そこで出会ったのが、今仕方なく付き合ってる30代後半の、これまた落ちぶれた元風俗嬢上がりのホステスである。
 女は最初から、男が一人で受け継いだ資産が目当てだった。ホステスならではの情報網を最大限に活かし、男の資産額を正確にはじき出していた。
 一方で女も必死である。中学を卒業するとすぐに過酷な芸者修行に放り出され、ついていけなくなると、地元のスナックに勤めた。そこそこの美人でグラマーなので人気はあった。
 心機一転、銀座で勝負をかけた。勿論、思惑は見事に外れる。その後はソープや風俗やデリヘルなどを転々とし、再び地元に戻り、小さなスナックのチーママとして何とか生き延びていた。

 男は不思議とこの不幸な女(の洞察の鋭そうな瞳)に魅せられていた。
 ”生い立ちは悪いけど、この女何かを持ってる。それに頭も悪くない”
 女は女で、目の前の梲(うだつ)が上がらない男の不思議な魅力に惹かれていた。
 男が裕福な出というのは、微妙な仕草ですぐに判った。頭も悪くない、むしろいい方だ。
 男と女はすぐさまに意気投合し、一時は結婚も真剣に考えた。しかし、先にタガが外れたのは女の方だった。
 ”私、この仕事辞めようと思うの”
 ”辞めて何すんのよ?”
 ”うう〜んわかんない。いやねぇ、アンタのお嫁さんかな?”
 ”俺にはアンタを支える生活力なんてないよ”
 ”ほんと?”
 ”ああ、貧乏は一生貧乏さ”


”痴漢男”逃げ切れず

 この時、男は危機を察した。一方で女は勝負を賭けた。この時から女は男を付回すようになる。
 (資産家の)男は追い詰められていた。
 ”どうにかしてあのクソ女を振り払わねば・・・最悪、財産の全てをブン盗られかねない”
 男は痴漢に成りすまし、敢えて逮捕される事で、女の興味を逸らそうと考えた。この手の女はカネとミエが全てである。いくら金持ちでも前科者と結婚しようとはしない筈だ。

 男は若くて魅惑的な娘ばかりを狙うようにした。痴漢行為が意外に簡単な事を男は思い知る。
 何度か痴漢行為を繰り返すうちに、警察から任意同行を求められた事があった。しかし、その時は証拠不十分で逮捕される事はなかった。被害者の女の証言が曖昧だったからだ。
 ”もっと大げさにやらないと、明確に証言してくれないのかもしれない”

 いつもの通勤時間帯に、スーツで決めた男はいつもの席に決まった様に座っていた。
 いきなり格好の獲物が来た。どこかで見たような女だったが、不思議と何の警戒もなくスヤスヤと眠り始めた。
 男は右手を伸ばし、若い女のブラウスの中に指を差し込み、胸をあからさまに触った。感触は十分だったが、女は何も感づく事なく熟睡してるではないか。 
 すると、どこからかスマホの録画音が微かに響く。まさか男の目の前に立ち、つり革を持ち、スマホを眺めてる中年女の仕業とは思いもよらない。

 男の痴漢行為の一部始終がスマホで録画されてたのだ。
 中年女は、”証拠は抑えました。目の前の男が痴漢をやっている。次の駅で男を降ろしますから、協力してください”と素早くメールを打ち込んだ。
 彼女は隣に並んで立っていた若い男性にスマホを見せた。男性はメールに目をやると戸惑う事なく、素早くうなずく。

 電車が次の駅に到着する僅か前に、中年女がスーツの男に毅然と声をかけた。
 ”痴漢やったでしょアナタ。降りなさい”
 若い男は痴漢男の背後に周り、両腕を縛り上げた。
 ”ジタバタしても駄目ですよ。証拠はちゃんと上がってんですから”

 その言葉に、男は意外にも素直に応じた。
 次の駅に電車が到着し、ドアが開くとスーツの男は、中年女と若い男性に連れられホームに降りた。
 男は迷惑防止条例違反(痴漢)の疑いで現行犯逮捕され、そのまま近くの警察署に連れて行かれた。
 痴漢行為をいち早く発見し、更にはスマホで証拠をおさえた中年女。そして、その女性からの依頼でスーツの男を確保した男性。偶然、同じ電車に乗り合わせた通勤客2人による見事な連携プレーだった。
 と思いきや、二人は同じ警察署に勤務する警官だったのだ。


はじめから逃げ場がなかった“痴漢男”

 しかしここで終われば、現実の実際に起きた事件そのものである。
 そこから物語は急展開する。

 なんと、痴漢に遭った若い女が三人がいる警察署に駆け込んできたのだ。
 若い女は息を切らしながら、叫ぶ。
 ”胸とか触んないで、ちゃんと起こしてくれればよかったのに・・・お陰で乗り過ごそうになったじゃない”
 逮捕された男はキョトンとしていた。
 女は更に続けた。 
 ”私が以前痴漢に遭った時に助けてくれた恩人です。あの時はてっきり彼の事を痴漢だと勘違いして・・・それからの付き合いなんです”

 男は素早く頭を切り替えた。
 ”い・い・いやぁ〜君があまりにも爆睡してて、あそこまでしないと起きないと思ってさ・・・少しやりすぎたかな”
 女は微笑んでいた。
 ”もっと強めに触ってくれないと起きる筈がないわ。アナタは何に付け臆病すぎるのよ”
 男も笑っていた。
 ”ああぁ、今度からは強めに揉む事にするかな”

 二人の警官は空いた口が塞がらない。
 若い男が口を尖らせた。
 ”アンタらは出来てんのか?だったら最初にそう言えよ。てっきり痴漢だと勘違いしたじゃないか”
 逮捕された男はそれを遮った。
 ”だって、あんな力で腕を絞られたら骨折するよ。だから敢えて観念したのさ”
 録画を成功させて、してやったりの筈だった中年女は肩を落としている。
 ”見せつけるのもいい加減にしてよ。こっちは仕事だったんだからね。警察の正義感や使命感をおちょくるんじゃないよ”
 男は素直に謝った。
 ”今回はどうもスミマセン。これからは穏やかな方法で彼女を起こしますから”
 若い女も同様に頭を下げる。
 ”本当に申し訳ありません。でも男女の関係って、普通こんなもんじゃあーりません?”

 若い方の警官は、目の前のテーブルに用意された供述書を破り捨て、”痴漢男”を釈放した。
 二人の警官はそのまま自分たちの部署に戻っていく。
 二人の背中を見ながら痴漢男が呟いた。
 ”あの時、俺を庇ってくれたのは君なのか?どっかで遭ったような気がしてたんだ”
 ”あの時はお尻だったよね”
 ”そうだったかな?ずっと前の事で忘れちゃった”
 ”資産家の一人息子って事も忘れちゃったのよね”
 ”そこまで調べ上げてたんだ。だったら逮捕されてた方がマシだったかな?”
 ”そんな事ないわよ。目の前の若く魅惑的な女と結婚できて、しつこく追いかけ回す(干からびた)風俗女と別れる事ができるんだから、一石二鳥でしょ?”
 ”でも追いかけ回してたのは、君のほうさね”
 ”でも最後は逃げ切れなかったのよね”
 ”記事のタイトルと同じで、<はじめから逃げ場がなかった痴漢男>ってとこかな”

 二人は思わず大笑いした。



4 コメント

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それでもボクはやってない (tomas)
2021-12-28 14:17:39
この映画で痴漢冤罪は注目されるようになりました。痴漢よりもずっと深刻な問題だとわたし的には思っています。
一方でメディアも痴漢を娯楽として面白おかしく扱い、あからさまに痴漢をしておいて無罪を主張する植草氏のような人もいます。

でもですよ
転んだサンのショートショートみたいに、痴漢をキッカケにラブストーリーに発展するというのも、逆転の思考という点では笑えそう。
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植草容疑者 (tokotokoto)
2021-12-28 16:20:50
2004年4月に女子高生のスカートの中を手鏡で覗こうとして逮捕された植草氏だが、この時は<盗撮>でした。そして、その2年後の6月には<酒気帯び痴漢行為>で現行犯逮捕された。
この件でネット上では、<ミラーマン>という植草氏に対する呼び名が定着しました。

植草氏が名古屋商科大大学院客員教授に就任する時のブログには
<この手の犯罪は常習性があるので近い内にまた繰り返される>とも言ってました。
個人的には嫌いな人物ではないのですが。どんなインテリも40をすぎるとエロ爺に成り下がるんでしょう。

転んだサンの記事では痴漢男は50すぎの資産家の息子でインテリ風に描かれてますが、もしかしたら植草氏をモデルにしたんでしょうか。
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tomasさん (象が転んだ)
2021-12-28 17:20:24
痴漢行為もそうですが、痴漢冤罪の方もずっと深刻な問題ですよね。
触ったの触らんかったので、一生を棒に振るなんてバカらしいですもん。
このショートストーリーはそういった皮肉を込めたつもりですが。うまく伝わらないみたいで・・・
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tokoさん (象が転んだ)
2021-12-28 17:25:58
植草一秀氏の事はよく知ってます。
イケメンで聡明でインテリで、何の欠点もないような人物に見えましたが、再び痴漢行為で逮捕されてたんですか(残念)。
植草氏をモデルにした訳でもないんですが、見る人が見ればそうも思えますよね。
面白おかしく書いたつもりですが、少しブルーになりました。反省です。
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