
”その70”では、カラオケパブでの無銭飲食の夢を見たが。今度ばかりは通用しなかった。
結果から言えば、窃盗罪で捕まった訳だが、非常にリアルで非常に奇妙な夢だった。そして、最悪でかつ最高の物語でもあった。
夢の舞台は、某食品メーカーの製造工場に隣接する社員寮だ。
食品製造業はブラック系が殆どだが、私も過去そういう所に勤めてたので、極端に違和感はなかった。
しかし、社員寮の待遇の悪さには誰もが不満タラタラだった。
売上げが極端に落ち込み、給料が安いのはわかるし、ボーナスが出ないのも理解できる。労働条件は最悪だし、そんな極悪の環境で疲れ果てた労働者が休息する住処が雑魚寝状態の平屋のそれも集団部屋じゃ、そこは人間の住む所じゃない。
俺たちは品質維持と効率重視で、一生懸命に頑張ってる。売上げの落ち込みは純粋に上役の責任だ。
皆そういう思いで一杯だった。
女社長
真夏というのに、エアコンもなく、皆朝一からの仕事をボイコットしつつあった。
職長らしき男が入ってきた。
”お前ら!朝からストライキかぁ〜いい身分だな!オイお前、班長だったな”
私は男を無視した。
男はもう一度叫んだ。
”社長が呼んでる。話があるらしい”
私は男に連れられ、事務所へ向かった。
社長は40歳前後程のセレブ風の洒落た中年女性だった。社長にしては品よく思えた。
他には役員らしき男が2人ほどいた。
女は冷静に口を開いた。
”待遇面で不安があるそうね”
”当り前だ”
役員の1人が言い放った。
”言葉に気をつけろ!”
私は男を睨みつけた。
”お前はバカか!それを言うなら、こっちの方だ”
女社長は役員の男を静止した。
”で、具体的にはどんな条件なの?”
私は中年女を下から上までじっと眺めた。
”こいつはすぐにオチる”と、私は心の中で夢想した。
”明確な要件があるんでしょ?”
”2人の無能な役員が邪魔だ。アンタと2人きりで話ししたい”
役員の1人が顔を真っ赤にしてこっちに向かってくる。
私は男のクビにしっかりと結ばれたネクタイを一気に締め上げた。みるみる内に男の顔が紫色に染まり、口から泡を吹き始める。
もう1人の男が私を抑え込みに掛かった。
私はその男の喉仏を潰す様に締め上げると、男は嘔吐し、力なくへたりこんだ。
女社長は、冷静さを何とか保とうとしていた。
”判ったわ、社長室でゆっくりと話し合いましょ”
私には最初からプランがあった。一度でいいから勝ち組の威張り腐ったセレブ女を犯してみたかった。
事務所に呼ばれた時から、そのつもりでいた。全ては想定内だったのだ。
社長室は女性の部屋のごとく、艶やかなコロンの香りで充填されていた。
私は一気に欲情した。社員の待遇なんて最初からどうでもよかった。
女社長は何にも抵抗はしなかった。豹に喉元を噛み抉られたインパラの如く、死んだも同然だった。
欲情は一気に消え失せ、失望は頂点に達した。
このレベルで社長が勤まるんだ。俺たちは今までこんな雑魚に支配され、虐待を受けてたんだ。
中年女の肢体に巻き付いた、高価なエゾ鹿のレザースカートを一気にひっぱがすと、飽食で弛みきった貧相な肉の塊が悲しく揺れていた。
スカートを戦利品にして、社長室を出た。役員の2人は去勢された牛みたいに大人しくその場に佇んでいた。
”そのスカート、結構高い値で売れるんですよ。あの女、他にも高価な宝石やアクセサリーをツケてませんでしたかね”
私は急に悲しくなった。
某有名食品メーカーの上層部の実態がこれだとは?
”アンタらにやるよ。どうせ貧乏給だろ。あ、これもやるよ”
公安の男
私が事務所の外へ出ると、夢の舞台が変わっていた。
そこは、都心部の駅のコンコースだった。
私は免許証の更新をする為に、電車で試験場へと向かっていた。
そこへ、公安警察らしき男がやってきた。
”〇〇さんですね。署まで来てもらいましょうか”
私は少し動揺した。
”私が何をしたっていうんです?国家を脅かす様な行為は何もしてませんけど”
”いやそういう事じゃないんです”
”じゃどういう事です?”
”実は、ここでは言い難い事なんです。だから署まで来てください”
”ここでハッキリと言いましょうよ。某食品メーカーの件ですか?”
”いやそんな事じゃないんです”
”あのセレブ女が何か言いましたか?私は女には手一つ触れてませんが(ホントは触れてます?_?)”
”だからそういう事じゃないんです”
私は冷静さを失い、興奮した。
”だったらどういう事なんだ。アンタらは任意で一般庶民を逮捕できる程の権限を持ち合わせてるのか?”
公安の男はポツリと呟いた。
”あなたは、トマトを1つ盗みましたね?目撃者もいるんですよ”
私は唖然とした。そして嘘をついた。
”確かに、でも後でお金を払おうとして、店員を呼んでも誰も来なかったんだ。それに無人店みたいな所で・・・”
”窃盗は窃盗です。立派な犯罪です。国家を脅かすに準ずる行為とも受け取れますね”
私は何も言えなかった。
実は、田舎の駅から電車に乗る前に、トマトを盗んだのは確かである。何故盗んだのかはわからない。でも口にしたトマトはとても美味しかった。
男は私から免許証を取り上げ、署へと連行した。私は力なく男に従った。
おかげで私は全てを失った。たかがトマト1個だけで、人生の全てを失ったのだ。
女社長を脅して、支配下に収めた時は絶頂の気分だったが、トマト1個を見下したが故に、人生のどん底に陥ったのだ。
私は深く反省した。人生というものを見下してた自分を呪った。
そして夢から覚めた。
最後に〜夢を見る脳
この夢は非常に興味深かった。
今までいろんな夢を見たが、一番リアルで最高の出来だった。
食品メーカーの脆弱さと権力に弱い公安警察の実態を浮き彫りにした様な夢だった。
本当は”カラオケパブ”の夢の翌日に、大谷翔平が夢に出てきた。その翌日に”アメリカが燃え尽きる”夢を見た。
そして今日の女社長と公安の男の夢である。
しかし何故、4日も続けて中身の濃い奇怪な夢を見続けるのか?
夢をみる理由には様々な俗説があるが、”寝てる間に夢を見る様な生理活動(脳活動・自律神経活動)が存在する”事だけが判っている。
特に、怒りや恐怖などの情動の発生や記憶に関わる扁桃体は、レム睡眠中に特異的に活性化する為、悪夢を見易くなる。嫌な夢を見るのも、記憶の保存に重要な海馬などの脳部位が活性化する為だとされる。
また、処理しきれない不要な記憶を消し去る為だという新説も登場している。
ただ、夢もここまでリアルで完成度が高いと、夢を見る理由がどうであろうと一種のパラレルワールドを体感してるみたいで、ある種の充足感が私を包み込む。
明日はどんな夢を見させてくれるのだろうか?今はそれだけが、私の唯一の楽しみのような気がする。
悲しい話だが、夢は叶えられないから夢である。だから私は延々と夢を見続けるのだろうか?
爽快な暴力あり、大どんでん返しあり。
でも最後のオチはチャンドラーというよりモーパッサンに近いね。
只々、脱帽!
公安警察はとてもリアルでした。トマトを盗むのも私だったらあり得るのかな(笑)。
ただ女社長と絡むシーンは記憶が飛んでんですよ。レザースカートだけが残されてただけで、詳細を覚えていない。
それに夢から覚めた後もとても眠く、そのまま寝込むから余計に記憶が曖昧になる。夢をストーリーにするというのは結構心身に負担を掛けるんですね。
お褒め頂いて有り難うです。
男の人には痛快な夢なんでしょうか?
アホ臭と思って書いた記事ほど評価されたり感動を巻き起こしたりする。その逆も真なりですが。
この夢のキーは後半の公安が登場した事でぐっとリアル感が増した事です。
普通夢は現実とはかけ離れてますが、この夢はより現実に近いものでした。夢から覚めた時も結構落ち込んでて、ああ人間てこうやってダメになるんだなって教えられた気がしました。
でも、上手く表現できてないですよね。
三者三様ですが、特に短編ではオチというのは重要ですよね。
転んだサンのトマト1個のオチも実にユニークです。でも女社長のレザースカートは意味不明??
女社長を追い詰めてから、レザースカートの間の記憶が全く途切れてんです。
女社長とレザースカートの関係も曖昧ですが、そこら辺は夢のランダム性なんでしょうね。