象が転んだ

たかがブロク、されどブロク

巨大産業の興隆〜「ザ・フード〜アメリカ巨大食品メーカー」を観る

2025年01月24日 07時01分14秒 | 戦争・歴史ドキュメント

 産業革命の時代を迎えたアメリカでは人口が都市部に集中し、食品産業においても改革が求められていた。そんな中、ハインツはトマトを使った調味ソースを、モルヒネ中毒だったペンバートンはコカコーラを、そしてケロッグとポストは病人用の朝食としてグラノーラとシリアルを開発する。
 やがて、有名医師の兄ジョンによりケロッグ・コーンフレークは爆発的ヒットになり、弟ウィルは広告を活用し食品業界を一変させるが、兄弟間の確執で販売権を巡る激しい闘争が起きた。一方、欧州からミルクチョコレートを持ち込んだハーシーは、大規模工場を建設し巨額の投資を続ける。
 世界大恐慌の最中、ハーシーはチョコレートバーを、マースはM&M'sの販売を開始。第二次世界大戦ではハインツやコカコーラ、そして冷凍食品で財を成したバーズアイが戦地への食糧供給で更に規模を拡大していく。
 戦後には、フライドチキンのサンダースやハンバーガーのマクドナルド兄弟らが外食産業の大改革に乗り出し、ついにファストフードが誕生する
(AmazonPRIME)。


巨大食品メーカー誕生の陰に

 Amazonも実に出来のいい教養番組を提供してくれる。NHKも見習って欲しいものだが、”出来の悪い”ヒストリーCHレベルでは、受信料に見合うコンテンツとは言えない。

 今日紹介する「ザ・フード」とは、ハーシー、ケロッグ、ハインツ、マクドナルド、ケンタッキーなど、世界中で何世代にも渡って親しまれている巨大食品メーカーの創業者たちの人物像やその裏側、更にどの様にアメリカの食文化を変え、これら産業が大きくなっていったかを、ドキュメンタリードラマ風に振り返る番組だ。
 1話約90分で、3話完結のこのドラマでは、ハインツ、ケロッグ、ポスト(後のゼネラルフーヅ)、コカコーラ、ハーシー、マース、バーズアイ(冷凍食品のパイオニア)、マクドナルド、ケンタッキーフライドチキンの9社の巨大食品メーカーを1次的に企業毎ではなく、アメリカの歴史という縦軸を中核にし、メーカーを横軸に並べて紹介する。そして、こうした2次元座標の中で時代に応じた各企業の隆盛が、ドキュメンタリードラマ風に紹介されていく。

 実によく考えられた構成で感心するが、ハインツの話をやってたかと思えば、いきなりコカコーラへと飛び、かと思えば再びハインツの話に戻るみたいな感じで、最初はついていくのに大変だった。
 が、紀伝的ではなく、同時代のパラレルワールドを臨機応変に行き来する多重なスタイル慣れてしまえば、これら巨大食品メーカーの成功の本質を僅か270分(=90分×3)で見抜く事が出来る。ああ〜なんて贅沢なドラマなんだ・・

 これら最初に巨大食品メーカーらが一挙に生まれたのは19世紀後半〜20世紀初頭の事である。その理由として、①南北戦争が終り、世の中が平和になった②当時は食品の保存方法が悪く、衛生法も整備されてなく、食品の安全性が保証されてなかった③アメリカ全土に鉄道網が張り巡らされた④20世紀初頭に電気が普及し、大量生産が可能になった・・という4つ要因が挙げられる。
 つまり、”アメリカとその時代”こそが巨大食品メーカーを次々と生み出した事が判る。
 更に、マクドナルドの様な巨大企業が生まれたのが第2次世界大戦後で、その契機はアメリカが車社会になり、全米中に高速道路網が張り巡らされた事だ。
 でもなぜ、彼ら創業者は食品にばかり集中したのか?例えば、ハインツの創業者ヘンリー・ハインツがトマトケチャップを、ジョン・ペンバートンがコカコーラを開発したのも、その頃のアメリカの時代背景が鍵を握っているのだ。


ケチャップとコカコーラ

 ヨーロッパに端を発した産業革命の結果、アメリカでも都市化が進み、一方で、まだ冷蔵庫もない時代だったから、都市部での食品衛生事情は良くなかった。期限切れの腐った様な生鮮食品が普通に販売され、(衛生面は勿論)味や臭いも酷いもので、それを誤魔化す為にケチャップが使われたが、そのケチャップの品質も劣悪なものだったとされる。
 そこで、ハインツは”安心して食べられる”トマトケチャップを開発を決意したが、食品衛生に問題が山積みの時代に、彼は敢えて産業革命の隆盛に乗じてケチャップの大量生産に乗り出した。食品工場に電気を導入し、流れ作業を取り入れたのも、当時は革新的な事だった。
 つまり、食品衛生事情が良かった時代なら、ケチャップもハインツも必要なかった筈だ。だが、アメリカのその時代がハインツという巨大ケチャップメーカーを生み出し、成長させたのだ。
 
 一方、コカコーラの生みの親であるジョン・ペンバートンの住む南部には、南北戦争の後遺症に苦しむ人に溢れ、薬の需要が高かった。
 「コカインとコーラの蜜な関係」でも書いたが、薬剤師であった彼は1880年頃、”奇跡の植物”と注目されてたコカを使い、ワインにコカの葉の成分を溶かしだ飲み物を開発。お酒とコカインが組み合わさる事で、うつ状態を改善し、活力を与える薬としてコカコーラはモルヒネの代用品として人気を博した。
 また当時は、コカインは麻薬とは考えられず、酒の方がより問題視されてたから、禁酒中でも飲めるコカを使った飲み物を模索し、1886年に、コーラ原液(コカの葉とコーラの実から抽出)を炭酸水で割ったコカコーラを完成。コカイン入りのコカコーラは発売直後から大ヒット商品になり、戦争で傷ついた兵士や学者・医師・弁護士など上流階級からも支持され、国民的飲料になった。
 だが、その矢先にペンバートンはガンに冒され、大量のモルヒネを買う必要に迫られ、その金を工面する為に株を格安で売り出す。そして、その大人数の手に渡った株を買い占め、コカコーラ社を立ち上げたのがエイサ・キャンドラーである。

 ここで話をハインツに大きく振るが、トマトケチャップの大量生産に成功したハインツは大企業に成長。が、ヒット作が生まれると類似品を売るライバルも登場する。やがて粗悪な品質のケチャップが出回る様になるが、当時の法律ではそれを取り締まる事ができないので、ハインツは規制強化の為に政府に働きかけたのだ。
 こうして規制強化が実行された結果、原料や添加物を記載する必要が生じたが、その影響をもろに受けたのがコカコーラ社で、有害性が論じられたコカインの代りにカフェインを使用したが、”有害なカフェインが含有されている”と、不当表示で訴えられ、更には、”コカインを含まないのに、コカコーラを名乗っている”とまで指摘された。
 キャンドラーは政府と裁判で戦い続け、”カフェインの量を半分にする”事でコカコーラ社は現在に至るのだった。


ケロッグ博士とチョコレート帝国

 以上から判る様に、これら巨大食品メーカーは全てアメリカ国内で生まれ、アメリカの歴史と共に発展し、成長した。更に歴史に影響を受け、また他の企業の動きに影響を受けてきた。
 つまり、企業とは単独で、外的な影響を受けずに発展する訳ではない事が、ハインツとコカコーラの例を見ても理解できる。
 こうした、お互いに影響を及ぼし合ったケースが第2話以降、幾つも登場する。例えば、コーンフレークのケロッグとポスト、チョコレートのハーシーとマースの関係である。
 前者では、バトルクリーク出身のジョン・ハーヴェイ・ケロッグがコーンフレークを開発したのは、元々は病院食として出す為だった。医学博士でもある彼は、自身が運営する療養施設で運動や食事療法を取り入れ、健康食や健康器具などの開発・販売を行い、商業的にも大成功を収めていた。
 元々シリアル食は、自慰の禁止及び去勢を目的に作られていたが、彼はパン生地を誤って乾燥させ、それを患者に与えた所、好評を得て”コーンフレーク”として販売した。後に、弟のウィルと共にコーンフレーク社を設立(1897)し、大成功を収め、1922年には社名をケロッグと改称する。
 因みに、ドラマではケロッグ兄弟の確執に触れ、生産工場を焼失した兄に代り、学のない中卒の弟は商売魂に富み、兄の会社を引き継ぐが、砂糖の添加を巡って兄弟が対立。その後、裁判で勝訴した弟がケロッグ社の初代社長として君臨する辺りは、非常に興味深い。
 つまり、起業とは理屈じゃないのだろう。

 一方で後者は、徐々に豊かになるアメリカの状況に合わせ、嗜好品であるチョコレートの生産がハーシーやマースによって行われた。
 当時のミルクチョコレートでは脱水した牛乳や乳化剤が主に使われてたが、キャラメルに生乳を加える事で大成功と巨万の富を収めていたミルトン・ハーシーは、キャラメル工場を売り、チョコレート工場をペンシルベニアの農村地帯にハーシー社を設立(1894)。
 彼は徹底してチョコの風味に拘り、新鮮な生乳を使う事を決意。苦難の末に開発した自慢のミルクチョコレートは空前絶後の大ヒットを生んだ。
 因みに、彼は全財産を孤児院や学校や遊園地を備えた”ハーシータウン”に注ぎ込んだが、社員の猛反発を買い、鬱になるシーンがドラマでも再現されるが、世界恐慌下でも逞しく生き抜く様には感動すら覚える。更に、戦時もハーシーチョコは軍にも多く配給され、チョコはカロリーが高く、非常食にも有用で不況に強い事が証明された。つまり、チョコレートを単なるお菓子から”食の革命”にまで引き上げた。
 一方、フランク・マースはキャラメルとピーナッツをトッピングし、ミルクチョコレートで包んだ”スニッカーズ”を考案(1933)。更に、ハーシーからチョコレートを仕入れる事で、ハーシーもマースも売上高が急増する。
 親子で運営するマース社だが、独占欲の強い息子フォレストは独立し、ニュージャージーに工場を建設(1940)し、ハーシーからチョコレートを得て、M&Mやスニッカーズやミルキーウェイのチョコバーの生産を開始。更に、M&Mは米軍の配給食に大量に使われ、64年には、父のマース社(シカゴ)を買収した。
 ハーシーとマースの対立に関しては「チョコレートの帝国」を読んだ方が理解は深まるだろう。


最後に

 第3話では、第2次世界大戦以降に郊外の住宅地が流行して建ち並び、車の所有率が増え、レストランのスタイルがドライブインに変化していく姿を紹介する。
 そんな中で生まれ発展したのがマクドナルドやケンタッキーフライドチキンであった。特に、マクドナルド兄弟とレイクの対立とマクドナルドの誕生は非常に興味深いが、私のブログ(全17話?)も参考にしてもらいたい。

 以上、「ザ・フード」に登場するアメリカ巨大食品メーカーの9社を紹介したが、彼ら産業革命以降のアメリカを支配した巨大帝国は、GAFAに代表される昨今の巨大産業に比べると、その影響力も含め、全ての領域で次元の違いを感じてしまう。
 例えば、AppleのジョブズもMicrosoftのゲイツも”コソ泥”みたいな手腕と経営で、テスラのイーロン・マスクもまるで詐欺師に近い。
 彼らは、労働者に分け与えるというより奪いとり、更にライバルを徹底して潰してきた。
 まさに、資本主義と言うより資本家による独裁とも言える。これは、資本主義の限界と暴走とも言えるが、アメリカが毛嫌いする共産主義の矛盾も同じで、資本家による又は国家による富の独占の違いだけで、マルクスが説いた”富の分配”には程遠い(勿論、富の分配も空想に過ぎないが・・)。
 でなければ、犯罪者トランプが再選する筈もないのだろうが。

 一方、ハーシーの創業者ミルトンは労働者の為の理想郷を私財を全て投げ売って作ったし、マクドナルドのレイ・クロックはフロントと対立し、膨大な借金を背負ってまでも、現場重視のビジネスに固辞した。
 つまり彼らには、会社を大きくする前に”労働者と共に”という崇高な理念があった。
 資本主義と民主主義の限界と寿命が叫ばれる今、勿論、経営者と労働者の線引きは我らが思う以上に難しいのだろうが、今日紹介した創業者らは単なる食品会社を巨大な食品メーカーにまで拡張し、アメリカを支配する帝国として一般化した。
 そういう諸々の事を学べる、非常に充実した感のある270分のドラマであった。

 


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