”前回”では、ルシタニア号の悲劇と英独の国家間のプロパガンダ的な駆け引きについて述べました。
今日は、ルシタニア号沈没の真相とアメリカ参戦の本当の理由についてです。
ルシタニア号沈没の真相と
でもチャーチルは、どうやってアメリカを巻き込んだのか?当時のアメリカ大統領(第28代)は平和主義で知られるウッドロウ•ウィルソン(1856−1924)だったのにだ。
当時は孤立主義だったアメリカのウィルソン大統領は、ヨーロッパで起きている問題には関わらない様にしていた。
彼は、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世に抗議文を送り、抗議文を受け取ったドイツは、Uボートの中止要請を受け入れた。
しかしメディアは、ルシタニア号の乗客だった英国人とアメリカ人の被害者の記事だけを載せ、”反ドイツ”のプロパガンダを辛抱強く展開し続け、新兵を募集し、お陰でアメリカ国民の世論も、少しずつ”戦争支持”に傾いていく。
実は、ルシタニアの寄港先(リバプール→NY→リバプール)のアメリカも積荷が軍需物資である事を知っていながら、乗客には隠していた。
事実イギリス政府は、ルシタニアを武装商船として徴用する事を前提とし、1913年に機銃や弾薬が秘密裏に運び込まれ、船首に設置されテストされていた。
しかし、艦の特性から石炭の消費が大きい事と標的にされ易い事から、徴用が見送られてはいたのだが。ヤッパリだったんですね。
”前回”でも述べた様に、シュヴィーガー艦長の証言では魚雷を放ったのは1発だけとの事だが、乗客の証言では爆発は2回起きたと報告された。
チャーチルの策略と陰謀
この報を受け、チャーチル海軍大臣はドイツは2発撃ったと主張した。しかし2回目の爆発は、実は魚雷の衝撃でルシタニア号の積荷のアルミニウムの粉末が、空中に飛び散った事による爆発だったのだ。因みに、アルミニウム粉末は弾薬の原料とされる。
しかしチャーチルは、積荷の事実を徹底的に隠蔽した。助かった乗客の中には、ドイツ軍の魚雷は1発だけだったと証言した人もいた。
しかしチャーチルは、本当の事を証言した者の人格を貶め、新聞にその人を中傷する記事を載せた。ルシタニア号の犠牲者の様子を伝える新聞には、捏造された写真や情報も掲載された。
お陰で、反ドイツの風潮が英国内で高まり、ルシタニア号沈没の責任はターナー船長に向けられ、全ての責任は敵国ドイツにあるされた。
流石は元従軍記者上がりのチャーチルですね。記事の隠蔽や情報の捏造はお手の物なんです。ノーベル文学賞受賞(1953)の文才はこういう所で生きてくる。
事実、歴史学者のポール•ジョンソン(英)は、”チャーチルは戦争を言語に変え、言語をお金に変えた”と語った。
つまり、英国は”自国の正義”を守る為に、ルシタニア号の沈没の真相を隠蔽し、その情報戦により、英国内や米国内の大衆の社会への怒りを、”反ドイツ”の戦争へ向ける事に成功した。
結局、第一次世界大戦に参戦して勝利したアメリカは、かつての大英帝国と同じ様に“覇権主義”への道を進みます。
チャーチルが策謀したのと同じ様に、以降のアメリカは数々の戦争を捏造し、真相を隠蔽し、メディアを味方に付け、世論を操作し、アメリカの正義を声高々に歌い上げた。
お陰でワンパワーの超大国として君臨し、今に至っている。
隠蔽され続けるルシタニア号の悲劇
番組では戦後1973年になり、前回でも述べた様に、アメリカ人ジャーナリストが、ルシタニア号の積荷の資料を見つけ、毛皮とされていた積荷が実は兵器であった事を突き止めた。 その時の英国政府はノーコメントだった
が、1982年に潜水士が沈んでいるルシタニア号の調査の申し入れをした。
その際、人命救助の考えから調査の危険性を伝える為、英国政府はとうとうルシタニア号の積荷が兵器だった事を認めたのだ。
結局、豪華客船ルシタニア号の沈没については、イギリスが主張してた様にドイツに一方的に非があったのではなく、英国とそれを後方支援してた?アメリカにも責任があったのだ。
しかし、ルシタニア号のこの沈没が、即座にアメリカの参戦となった訳でもない。
事実、アメリカがドイツに宣戦布告したのは、1917年1月の”ツィンメルマン電報事件”(写真)と、ドイツの無制限潜水艦作戦の再開を経た後の1917年4月6日の事だ。
つまり、ルシタニア号の悲劇から約2年も経っており、アメリカ参戦のきっかけとまでは言い難い。
故に、これで全てが判明した訳でもない。もしルシタニア号の悲劇が、アメリカが第一次大戦に参戦する理由ではなかったとしたら?
その為に無能?なチャーチルを利用したというのも、何だか無理がある様にも思える。
そう思うのは私だけだろうか?
チャーチルを庇う訳でもないが、ルシタニア号の悲劇には、英国政府やチャーチルよりも、アメリカそのものが大きく関わってる様な気がしないでもない。
アメリカ参戦のもう一つの真実とは
前述の”ツィンメルマン電報事件”とは、ドイツ帝国の外務大臣アルトゥール•ツィンメルマンにより、1917年1月16日にメキシコ政府に急送された電文の事で、”もしアメリカが参戦するならばドイツはメキシコと同盟を結ぶ”との内容だ。
つまり、メキシコのアメリカへの先制攻撃はドイツが援助し、ドイツが勝利した場合には、米墨戦争でアメリカに奪われたテキサス州、ニューメキシコ州、アリゾナ州をメキシコに返還するというもの。また、メキシコにドイツと日本の仲裁と、日本の対米参戦の説得を促すものでもあった。
しかし、メキシコ側の返答はNOだった。アメリカと戦っても勝ち目はないし、万が一勝ったとしても国内外での問題がこじれるだけだと判断した。
故に、メキシコのカランザ大統領は4月14日に、ツィンメルマンの提案を断わった。しかし、その時既に米国は、ドイツに戦争を宣言していたのだ。
当時アメリカにとって、メキシコはドイツと並ぶ対立関係にあり、この電文こそがアメリカ参戦の直接の原因になったとされる。
そこでアメリカ政府は、敢えてこの謎の電文を国民に公開した。
しかし、この電報のニュースは、アメリカとメキシコの間の緊迫した対立を益々悪化させた。因みに、アメリカの大衆は当初、その電報が同盟側との戦いをもたらす為の偽電であると信じた。
しかし、当のツィンメルマンが3月末の演説で大失態を犯す。
”ドイツがアメリカの船舶を攻撃している一方で、アメリカの中立を望む”とバカ正直に述べたのだ。その上で、交渉を勝手に打ち切られた事に関し、ウィルソン米大統領を非難した。
ここにてアメリカとドイツの基礎的な対立を確認した事が、いやドイツの本音を知ったアメリカ世論の反ドイツ感情の発露を呼び起こしたのだ。
この数日後の1917年4月2日、ウィルソン大統領はドイツに宣戦宣言するよう議会に依頼した。そして1917年4月6日に、議会は第一次世界大戦へのアメリカ参戦を承認した。
つまり、アメリカの大衆が電報を本物だと、つまりドイツの本心だと知った以上、もはやアメリカが世界大戦に参戦する事は避けられなくなったのだ。
世論操作と嘘と戦争と
結局、ルシタニア号の悲劇が起点となり、謎の電文の真相が最終的には、世論を突き動かした。つまり、ルシタニア号の真相は英国やドイツだけでなく、アメリカも知ってたのだ。
勿論、英国軍の暗号傍受や解読、それにチャーチルの情報操作や記事の捏造も、アメリカ参戦の1つの要因にはなったが、実はそれだけではなかった。
しかし、大衆の世論がいとも簡単に戦争に直結する事を思い知らされた、アメリカの参戦でもあった。
この世論操作は、後の第二次世界大戦でも大きな効力を発揮したのは言うまでもない。
そして現在に至っても、メディアによる世論操作は、核兵器以上の破壊力を持つ。
我々は真相を探る為にメディアに頼る。勿論、真実のみを伝えるメディアも存在する。
しかし、真実を伝える事ほど難しく、厄介なものはない。つまり、真実は存在はするが形を伴わないからだ。
逆を言えば、真実を歪曲させ、嘘を捏造する方がずっとたやすい。小説は真実よりも奇なりで且つ、表現が容易なのだ。
先述したツィンメルマンは、自ら作った伝文の正当性と信憑性を壇上で演説した。しかし、その電文を嘘だと信じ込んでた大衆の反発をモロに食った。
あの時ツィンメルマンが、”あの電文は嘘っぱちだ”と叫んでたら、世論が戦争に翻る事もアメリカの参戦もなかったか。
アメリカは平和のまま、第一次大戦がすぐに終結してたかもしれないのだ。
”嘘だと言って、ツィンメルマン”
そう、アメリカの大衆は心の中でこう叫びたかったのだろう。
結局、ツィンメルマンの正直がアメリカ国民を怒らせ、ドイツの悲劇を生んだ。
嘘は付き方次第では、戦争を引き起こし、平和を呼び覚ますものでもある。
故に、虚構こそがサピエンスを繁栄させ、同時に人類を絶滅させる最終兵器でもあるのだろうか。
アメリカの本音とドイツの本音がモロにぶつかった結果ですね。
勿論、アメリカの世論操作もなくはないんですが。敢えてツィンメルマンの伝文を国民に曝け出し、動揺を与えたのは確かですから。
チャーチルの陰謀が効力を発揮するのは、第二次世界大戦での事ですが、この経験が強く生きてる事は確かです。
paulさんには色々と勉強になります。
ドイツはとても頭がいいのに真正直で頑固でせっかちな所があります。ツィンメルマンも痺れを切らしたんでしょうか?少し勿体無い気もします。
でもアメリカ政府が謎の電文を国民に公開したのも、参戦に誘い込むための世論操作の一つかもしれません。
ドイツの本音としてはアメリカとはできればやりたくないがいずれは叩くべき相手であり、アメリカの本音としてはドイツは早いうちに叩くべき相手です。
ルシタニアの謎はアメリカとドイツとイギリスの本音がもろにぶつかった結果かもしれませんね。