大場は、井上とドネアの試合を桑田トレーナーの自宅で眺めていた。
しかし、この試合を見て、大場は考えを変えた。”もしかしてこいつは、オレよりもポテンシャルが高いかもな”と。
桑田は言い放つ。
”思った以上に打たれ強い。あれだけの負傷を負い、ドネアの左を何度も喰らいながら、冷静に戦ってたな”
大場も頷いた。
”メディアが騒ぎ立てる様に、日本人では彼が最強かもしれないね”
桑田が遮る。
”確かに最強かもしれん。でも、弱点もハッキリと露呈したよな?マー坊”
大場が少し微笑んだ。
”若い時のドネアだったら、井上を倒してたね。つまり、36才のドネアでは今の井上は倒せないって事”
桑田も微笑んだ。
”井上はパワーはあるが、明らかにフットワークに難がある。防御に回るとやはりボロが出ちゃうな”
強さの次元と時代の違い
そこに、長野ハル会長がやってきた。
”アンタ達、まだ起きてんの?ノンタイトル戦まで10日を切ってるのよ。相手の事よりも自分の事を心配したら?”
大場は何気なく呟いた。
”お母さん(長野の愛称)、何だか興奮して眠れないんだよ。みんな井上が強いと言うけど、どんな次元の強さかイメージできなくて”
長野ハルは諭すように言い放つ。
”同じ強さだったら、今の時代の方が強く見えるわね。人間の記憶って曖昧だから”
桑田は頷いた。
”確かに。マー坊の時代と井上の時代では、ボクシングのレベルも取り巻く環境も全く違うもんな”
長野は更に諭した。
”政夫とサラテがかみ合ったのは、時代が同じだったからよ。確かに、下馬評ではサラテ有利だったけど、強さの次元では殆どど変わらなかったわ”
大場も頷いた。
”井上とドネアのオッズを見ても、1対5程で井上が圧倒してたね。でも蓋を開けたら殆ど互角だった”
桑田は笑った。
”強さの次元が違ったって事よ。僅か10年違うだけで、これだけの差が出るって事さ”
長野は、去り際に言い放つ。
”普通にやれば何とかなるって事ね。少しは自分を信じなさい。とにかく早く寝る癖を付けるのよ”
桑田は微笑んだ。
”何時の時代も女は強しって事か?”
大場は苦笑いした。
”でもリングに立つのはオレなんだよ。少しは同情してよ”
大場政夫vs亀田和樹
サラテ戦の見事なKO勝利で一回りも二回りも逞しくなった大場は、ノンタイトル戦で、元WBOスーパーバンタム級暫定王者の亀田和樹を対戦相手に選んだ。
お互いにアグレッシブなスタイルで、仮想井上との前哨戦としては相応しい相手だった。ノンタイトルと言っても、この試合に勝った方が井上尚弥への挑戦権を獲得できる重要な一戦でもあった。
試合は大場のペースで始まる。ガードを固め距離を詰める亀田に対し、大場は左右のロングレンジで対抗した。接近戦では、井上対策として取り組んだ左ボディが有効だった。
特に、ボディと顔面に打ち分ける左のロングフックは効果てきめんで、大場の執拗な左を亀田が何とか掻い潜ろうとすると、そこには強烈な”狂気”の右が待ち構える。
早くも2Rには鼻血を流した亀田は、強引に仕掛けてきた。しかし、カウンター気味の右アッパーをモロにもらい、鼻血の量はかなり激しくなる。
大場は無理には打ち合わなかった。いや、その必要もなかった。華麗なフットワークを使い、亀田の焦りを誘い、左右のストレートを1ダースほどブチ込んだ。
大場圧倒的優位の中、5Rが終了すると堪らずドクターが入った。
鼻骨が陥没してるらしく、試合続行が不可能と判断され、大場のTKO勝ちが宣告。亀田サイドは、まだやれると執拗に食い下がったが、後の祭りでもある。
リングサイドでこの試合を見てた井上尚弥は、改めて大場の凄みと異次元のポテンシャルの高さを思い知った。流石の井上も、メディアには何も答えずに会場を後にする。
亀田和樹は、試合後にポツリと言い放った。”打ち合いに持っていく筈だったが、全てで相手が勝っていた。練習と根性だけでは勝てない事を思い知った”
一方の大場は、何時も通り淡々としていた。”サラテ戦の後だったから、慢心や油断がないか心配だった。でも桑田さんの教え通りヤッたら、亀田君の顔面が真っ赤に染まってたので、少し気の毒だったかな”
解説として呼ばれてたWBAミドル級王者の村田は、”フェザーでも圧倒できるほどの完成度です。流石の井上選手も相当に苦戦するでしょうね”と心配そうに語った。
大場政夫の衝撃
4ヶ月前に、元5階級制覇のノニト•ドネアを下し、WBA&IBFバンタム級王者となった井上尚弥に、このクラスでは敵はいないと思われた。しかし、フェザーでも戦えると見込んでた矢先に、大場政夫が立ちはだかる。
あの伝説の大場がである。衝撃のKO劇を飾ったサラテ戦(1976年9月)の後、突如として姿をくらました、伝説の王者•大場政夫である。本にもなった”狂気の右ストレート”は、世界中の強打者をも震え上がらせた。
それから43年後の2019年末、再び突如として大場は蘇ったのだ。
日本列島がどよめき混乱する中、ノンタイトル戦での井上への挑戦権を掛けた試合では、4RTKO勝利で元スーパーバンタム暫定王者の亀田和樹を呆気なく葬り去る。
かなり無理がある設定ですが、ご勘弁をで〜す(笑)。
当初、大場の実力は当然の如く未知数だったが、亀田戦での評価が急浮上し、タイトルマッチの1週間前では、1対1.2で若干井上有利の所まで追い上げていた。それだけ亀田を圧倒した大場の衝撃は凄まじかった。
一方でドネアを下し、全米大手の「トップランク」と契約を結んだばかりの井上陣営も手抜かりはなかった。ラスベガス進出の第一歩として、そしてスーパー王者としての区切りの20戦目を、”世紀の日本人対決”として世界中に宣伝していたのだ。
試合は当初、日本で行うつもりだったが、プロモータでボブ•アラムの強い勧めもあり、ボクシングの聖地ラスベガスに決まった。
それだけ、”マサオ•オオバ”の名は全米中に広まっていた。
メキシコの怪人と謳われた”豪腕”サラテを、僅か5RでKOした動画がネット上で流されると、大場の評価は一変する。
この1976年のファイトは、”狂気が凶器を呼んだ衝撃”と評された。
井上陣営は、大場の左右のストレートを特に警戒した。それらを掻い潜ろうとすれば、強烈なアッパーやフックが待ち構えてる事も。身長差は5センチ、リーチでは10センチの差がある。KO率(井上19勝16KO、大場39勝19KO)では井上が圧倒するが、体つきは大場(172センチ)の方が一回り大きく感じた。フェザーを主戦場としてたドネア(168センチ)よりもずっと大きくパワフルに見える。
一方大場陣営は、井上が思ってた以上に小さく感じた。パンチとスピードはあるが、TVで見る程に驚異には映らなかった。
桑田はポツリと漏らす。
”政夫のフットワークで撹乱すれば、意外に早くヘタるかな?”
長野ハルも頷いた。
”思った以上に小さいわね。政夫の時代だったらフライ級でもやや小さいくらいよ”
大場が口を挟む。
”でも、標的となる顔はデカいですよ(笑)”
すると、大場陣営に一斉に笑みがこぼれた。
大場サイドの秘策
米メディアは、大場の情報を集めた。43年前に、サラテと戦った”大場政夫”と同姓同名で、かつ身長体重も容貌も体系も、それにDNA鑑定の結果も同じ。そして、年齢も当時と全く変わらない点に注目した。
当初は大場政夫の息子か?と噂されたが、昔の大場に息子がいない事が判明した。事実、サラテと戦った大場自体の素性自体が不明なままだったのだ。
展開に無理がありますが、ご勘弁を(笑)。
もしサラテと戦った”大場政夫”が、今目の前にいる大場と同一人物だとしたら、オッズを大幅に修正しなくてはならなくなる。亀田を軽く圧倒したファイトだけでも、評価は鰻上りだったのだ。
一方、井上サイドにとってそんな事はどうでもよかった。とにかく目の前の強敵を倒す事しか頭の中にはなかった。
ただ唯一確かな情報は、”全盛期のドネアよりも強いかもしれない”という事だった。
CNNは大場を特集した。
”今目の前にいる大場があの「大場政夫」だったら、井上は負ける”というタイトルだった。
大場は、ブロンド娘のインタビューに微笑んで応じる。
”私は正真正銘の大場政夫です。あのサラテを血祭りにした狂気のボクサーだ。井上君も強いボクサーですが、強さには次元がある。その次元の違いをリング上で証明したい”
一方井上は、強気の姿勢を崩さなかった。
”時代が違うとか、次元が違うとかいう言うけど、ボクシングには変わりはない。世界の評価では私が強いという事で一致してる。それをリング上で証明するだけだ”
大場陣営には秘策があった。”ヒットマン”と恐れられたトーマス•ハーンズのあのデトロイト•スタイルを大場に叩き込んでいた。井上が接近戦を仕掛けてきた時の応戦スタイルを、ハーンズの”毒牙”に映し出してたのだ。
桑田は大場と井上の一戦を、仮想”ハーンズvsクエバス”に喩えていた(”デュランその2”参照)。
絶頂期のメキシコの英雄ホセ•ピピノ•クエバスの全てを、ハーンズの冷酷無残な毒針で粉砕した衝撃のファイトだ。
”ボーンクラッシャー”と恐れられたクエバスも、毒が全身に回ったかの様に肢体が麻痺したまま、何も出来ずにマットに沈んだ。
大場陣営の基本プランとして、序盤は得意のフットワークを使ってリングを舞い、中盤の接近戦ではデトロイト•スタイルで応戦する。そして後半、井上のスピードが落ちてきた所を毒牙で突き刺す。
因みに、この”デトロイト•スタイル”とは、シュガー•レイ•ロビンソン(1921-1989)の構えと似てるが、ハーンズのそれはとてもパワフルで衝撃だった為に、ハーンズの故郷とり、”デトロイト”(ヒットマン)と名付けられた。
左腕をくの字にして下ろし、左ジャブと左ストレートで距離を取り、相手が接近してきたら強烈な右アッパーで毒針の如く突き刺す。ガードが低い為、顔面の防御が甘くなるが、ボディの防御は強固になる。
つまり、脚を使っても使わなくでも井上と対等に殴り合えるスタイルでもある。距離があれば左右のストレートの餌食に、近ければ毒針の犠牲になる。
つまり、サラテが大場戦で見せたスタイルでもある。
故に大場サイドは、徹底的にパワーアップを図った。その分減量はキツくなったが、2クラス下のフライ級に比べれば、楽な方だった。
長くなったので、今日はここまでです。次回”その2”(要CLICK)では、いよいよ対決の時を迎えます。
貴方はどう予想する。井上が大場を粉砕するか?それとも大場が井上を破壊するのか?
ところで井上は眼底骨折だったらしいです。
ドネアにしても十分な手応えがあったんでしょうに、やはり攻めきれなかったんですよ。
井上のボクシング生命に影響がなければいいんですが。やはり強い奴と戦う時は十分に気を付けないと傷物にされるのは世の常でしょうか。
できるだけ競り合う展開にしてくださいな。
出来るだけ井上贔屓にしたつもりです。
ご要望にお答えしたいのは山々ですが。
少し書き換えようかな。
柴田国明と言えば、ベン•ビラフロアとの戦いが思い出されます。僅か1発でKOされた試合が未だに脳裏に残ってます。
小林弘とデュランの試合も完璧に一方的だったですね。特に、デュランは相手のパンチを敢えてもらってた。
それに対し井上は防御が全くですね。
コメント懐かしかったです。
大場は博打的なボクシングで、ツボにはまると強いけど隙もあるので井上は絶対に逃さないでしょう。
今年の巨人ソフトバンクみたいな展開しか思い浮かばないです。
井上ではやはり負けるね。気持ちはわかるけど、闘いの次元が違い過ぎるように思える。
それに今のボクシングをどう評価するかによるけど。
そしてこの私に「君がやってる様な練習ではアカンよ。もっと真剣にやらないと」とダメ出しされたのです
そしてその時の口撃パンチのダメージは、今も私の脳髄に刻まれ残っているのです
輪島には一瞬で全てを見抜かれてしまっていたんですネ~
転象さん、この噺は夢の中の作り話ではなくホンマにあった出来事なんですよ
そんな輪島なら井上に「ネリと再々戦したら今度は倒されるよ」と
言うと思うのですが
身体の強さとか能力とか
ボクシングのセンスではなく
精神論でボクシングをするタイプだと思うんです。
特に、カシアス内藤戦では、精神力の差がモロに出た試合でした。
ガッツ石松さんと輪島さんの試合も見てみたかったですね。いい勝負になったと思います。
ネリですが、何度やっても井上には勝てそうな気がしなく、私にはミスマッチにも思えました。
井岡ではなく、WBCバンタム級王者の中谷潤人の方が井上を倒す可能性はずっと高いと思います。でも、Sバンタムで互角に戦うには最低でも1年は間を開ける必要がありますかね。
ともあれ、井上を倒すとすれば日本人のサウスポーの様な気もしますが・・・