前回”3の9”では、テイラー展開からローラン展開へ、そしてローラン展開が導き出す”留数”について述べました。
前回を簡単に振り返ると、テイラー級数(正則関数)をあるべき乗で割り、特異点(極)周りのローラン級数を作り、留数(残留物)をつまみだす。この流れが実に妖艶(Laurent)でした。
ある複素関数f(s)の極s=aにて留数A(=Res(f,a))が存在する時、その留数Aさえ判れば、極aの周りを周回する積分”∫f(s)=2πiA”が導ける。
つまり、留数定理とは、極での留数をAとすると、f(s)の周回積分の答えが、”2πiA”になるというトリックです。
数学とは、トリックを生み出し、そのトリックを見破る学問だと思うんです。数の学問というのは名ばかりで、”数で翻弄するトリック”を使う学問と言えばいいんですかね。
複素積分経路における留数定理
上で概略を述べた”留数定理”の詳しい説明ですが。
前回”3の9”でも述べた様に、関数を見れば特異点を簡単に見つける事ができるし、ローラン展開に慣れれば(ですが)、その特異点が何位の極かも計算せずに判断できます。
故に、複素関数をわざわざローラン展開をしなくても留数は求まります。特に、1位の極の留数を求める公式は、単純なので頻繁に使われます。
一方で、特異点(極)aの周りを1周する積分”∫cf(z)”については、極aに対する留数Res(a,f)さえ判れば、以下の”留数定理の公式”で簡単に計算できます。
「∫cf(z)=2πi*Res(a,f)」
つまり、留数に2πiを掛けるだけの事です。
因みに”∫c”とは、複素積分経路Cにおける周回積分の事で、ここでは簡単な”滑らかな連続する丸い周回経路”です。Cの下付き文字がないのでこれで我慢して下さい。
留数定理の証明ですが、ローラン展開の各項を積分すればいい。
簡単な例として、原点を中心とする半径Rの円周Cᵣ={Reⁱᶿ|0≤θ≤2π}を考えます。このCᵣ上でのローラン展開の一般項をzⁿ(n∈Z)を積分するには、まずz=Reⁱᶿと置きます。但し、eⁱᶿ=cosθ−isinθは”オイラーの公式”ですね。
dz=iReⁱᶿdθより、∫cᵣzⁿdz=∫[0,2π]Rⁿeⁱⁿᶿ(iReⁱᶿ)dθ=iRⁿ⁺¹∫[0,2π]eᶦ⁽ⁿ⁺¹⁾ᶿdθ。
ここで、(ⅰ)n≠−1の時、∫cᵣzⁿdz=iRⁿ⁺¹×[eⁱ⁽ⁿ⁺¹⁾ᶿ/i(n+1)](n:2π,0)=0、∵e^2π=e⁰。
(ⅱ)n=−1の時、∫cᵣzⁿdz=iRⁿ⁺¹×2π=2πi。
但し、少し見辛いですが、∫[a,b]f(n)dn=[F(n)](n:b,a)=F(b)−F(a)に注意です。
以上より、ローラン展開のzⁿの項の内、n=−1つまり、−1乗の項(z⁻¹)だけが積分に関与し、Rの値にはよらない。
一般にz=aのみで極を持つ有理型関数f(z)のローラン展開の(z−a)⁻¹の係数が留数ならば、他の項が何であろうとこの円周上の積分は、∫cᵣzⁿdz=2πi×留数となる。
故に、z=aでのみ極を持つ有理型関数f(z)がz=aで留数Res(a,f)を持つ時、特異点(極)aの周りを1周する周回積分は、”∫cf(z)=2πi×留数”となる。
上では原点周りの円を見ましたが、原点以外でも成立しますね。
故に、一般に閉曲線C上の集会積分を求めるには、C内でf(z)の極を全て挙げ、それらの極での留数を合計すればいい。つまり、∫cf(z)=2πiΣRes(a,f)となる。
ローラン展開の一般式で言えば、a₀以降の項は全て正則なので0になる(コーシーの積分定理)。故に、1/(z−a)ⁿという形の関数を、特異点aの周りで一周積分した時の(留数定理の)公式「∫cf(z)=2πi*Res(a,f)」を知ればいい。
この様に、有利型関数を複素平面内の閉路上で積分する時、閉路内の全ての極に対する留数を求め、それらの和に2πiを掛ければよく、これを”留数定理”という。また閉路内に極がない場合、閉路内の積分値は0になり、これを”コーシーの積分定理”という。
補足〜円周以外の留数定理
因みに、留数定理やコーシーの積分定理は簡単な円周に限らず、どんな形の閉路についても成立する。
例えば、a≤Re(s)≤b (a≤0≤b)とc≤Im(s)≤d (c≤0≤d)を満たす長方形を反時計に回る周Lを一周{(b,d)→(a,d)→(a,c)→(b,c)}する閉路上の∫ₗzⁿdz積分を考える。
この積分も上で計算したのと同様に、n=−1のみが2πiをもつ。
まずn≠1の時、∫ₗzⁿdz=∫[b,a](x+ci)ⁿdx+∫[d,c](b+yi)ⁿidy+∫[a,b](x+di)ⁿdx+∫[c,d](a+yi)ⁿidy=・・・=0。z=a+yi(y:d→c)、z=b+yi(y:c→d)より、dz=idyに注意です。
次にn=1の時ですが、∫ₗz⁻¹dz=∫[b,a](x+ci)⁻¹dx+∫[d,c](b+yi)⁻¹idy+∫[a,b](x+di)⁻¹dx+∫[c,d](a+yi)⁻¹idy=[log(x+ci)](x:a,b)+[log(b+yi)](y:c,d)+[log(x+di)](x:b,a)+[log(a+yi)](y:d,c)。
ここで、2つの複素数w=re^(iθ)、w’=r’e^(iθ’)に対し、[logz](z:w,w’)=logw−logw’=log(re^(iθ))−log(r’e^(iθ’))=logr−logr’−i(θ−θ’)=log|w|−log|w’|−i(arg(w)−arg(w’))が成り立つ。但し、arg(w)は複素数wの偏角θの事です。
長方形L上の複素積分は、wとw’を対角点とし各辺の端点をとった積分を4辺に対して、足し合わせたものです。
この時、積分値の実部はlog|w|同士の差であり、一周すると合計が0になる。一方、積分値の虚部は偏角arg|w|同士の差であり、反時計回りに一周すると偏角が2π増える為に合計も2πとなる。
複素関数としての対数関数は多価関数(1つの入力に複数の解が存在)であるが為に、積分路の始点と終点が同じであっても一周する事で偏角が増え、対数関数の値は2πiだけ増える。故に、∫ₗz⁻¹dz=2πiとなる。
これより、先程の円周上の積分と同じ結果である、(ⅰ)n≠−1の時、∫ₗzⁿdz=iRⁿ⁺¹×[eⁱ⁽ⁿ⁺¹⁾ᶿ/i(n+1)](n:2π,0)=0。(ⅱ)n=−1の時、∫ₗzⁿdz=iRⁿ⁺¹×2π=2πiを得る。
但し、ここではzを用いたが、sでも同様ですね。
解析接続と留数定理
そこで、解析接続に使った例を挙げます。”1の2”の中盤でも述べた実例ですが、f(s)=1−s+s²−s³+・・・=1/(1+s)=g(s)は、f(s)の側から見て解析接続がg(s)によってなされるという事でした。
逆に、g(s)の側から見れば、f(s)による原点周りのテイラー展開となってます。
そこで、φ(s)=f(s)/s²=1/s²(1+s)とすると、φ(s)はs=0で2位の極を持ち、正則(微分可能)ではないが、s²を掛けると、s²φ(s)=f(s)=1/(1+s)はs=0でも正則となる。
この様に、s=0で正則でなくとも適当なべき乗をかければ、正則になる関数φ(s)を有理型関数と呼ぶ事は、前回”3の9”でも述べました。
一方、φ(s)=1/s²(1+s)=(1−s+s²−s³+・・・)/s²=1/s²−1/s+1−s+s²−s³・・・となり、φ(s)はs=0(2位の極)でのローラン展開の第2項(s⁻¹の項)の−1が(2位の)留数となる。
これは、上の展開式の両辺に2位の極のs(=0)を掛けるとsφ(s)=1/s(1+s)=1/s−1+s−s²+s³・・・となり、s=0より第1項の1/s(発散)が邪魔になる。そこで、もう1度sを掛ければ、s²φ(s)=1/(1+s)=1−s+s²−s³+・・・となり、s=0より1だけが残るが、左辺(=0)≠右辺(=1)により矛盾する。故に、上式の両辺をsで微分すれば、(s²φ(s))’=−1+2s−3s²+4s³・・・となり、−1だけが残り、−1がs=0(2位の極)の留数となる。
但し、2位以上のn位の極の留数に関しては”3の9”を参照です。
またφ(s)=1/s²(1+s)は、s=−1でも1位の極を持ち、この両辺に2位の極(=1+s)を掛けると、(1+s)φ(s)=1/s²となり、s→−1とすると1だけが残り、s=−1(1位の極)の留数は1となる。
事実、”3の9”で得た公式”Res(a,f)=lim[s→a](s−a)f(s)”に当てはめると、lim[s→−1](1+s)φ(s)=1となりますね。
故に、原点と−1の2点を含む閉曲線Cに対しても、複素関数φ(s)の原点と−1の2点を囲む閉曲線に対する周回積分は、∫cφ(s)ds=∫c1/s²(1+s)*ds=2πi(−1+1)=0となりますね。
最後に〜複素積分の達人
この様に、複素関数の解析接続と留数定理と周回積分の密な関係が大まかには理解できた筈ですが、細かい所は抽象的すぎて、何だかなぁ〜って感じです。
以上、テーラー展開をローラン展開へ拡張し、留数定理と複素関数の周回積分へと結びつけました。
複素積分をバカ正直に計算するのではなく、複素関数をローラン展開に置き換え、先に極に対する留数を求めれば、それだけで周回積分の値(留数の和に2πiを掛けたもの)が求まるというトリックです。
リーマンが”定積分の達人”と言われたのも、こういったトリックを幾つもマスターし、暗算で複素積分の値を計算してたんですね。
リーマンは計算する数学者ではなく、”思索する数学者”と言われましたが、こうしたトリックを使って頭の中で素早く計算してたんですね。恐れ入ります。
リーマンはこういった抽象的な留数の複雑な計算も頭の中で一瞬で出来るんです。
コーシーの積分定理をひと目見た時、ベルリン大学に留学してた若きリーマンが、”これこそが未来の数学の姿だ”と叫んだのも留数定理と積分定理が頭の中で自動的に結びついたんでしょうね。
リーマンにとって数学とは、複素空間に展開する手品みたいなものだったんでしょうか。
リーマン予想が含まれる論文にはこの複素積分が頻繁に登場します。留数の概念だけを知っておくだけでも、特に1位の極の留数の公式”Res(a,f)=lim[s→a](s−a)f(s)”を知っておくだけでも全然違いますね。
2次以降となると、”Res(a,f)=1/(n−1)!*lim[s→a]dⁿ⁻¹{(s−a)²f(s)}/dsⁿ⁻¹”となるんですが、関数の中には微分を繰り返すと(テイラー)級数展開できないものがあるので、覚えとく必要はないとは思いますが。
とにかく、我ら凡人にはややこしい定理ですよね。
複素関数の線積分の定理としては、f(s)が正則の時、始点と終点のみで積分値が決まり、f(s)には関係ない。また、f(s)が正則の時、始点と終点が同じでも今度はf(s)によって積分値が異なる。
コーシーの積分定理はともに上の例で、始点と終点が同じなので原始関数の引き算を見れば0になるのは明らかなんだが、証明にはグリーンの定理とコーシー=リーマンの定理を使う。
つまり、コーシーの積分定理から周回積分公式が導かれ、この公式により留数定理を使い簡単に複素積分が計算できる。
素人目には極で積分をしてると思いがちだが、厳密には極の周りを積分するんだよな。だから極の留数に2πiを掛けるんだけど。
書き忘れてましたが、極周りの積分なんですよね。勿論、極は積分できませんから、ギリギリの所を回って積分する。
お陰でリーマンの解析接続には、この極周りの周回積分がよく出てくるんですよね。だから極に遭遇しても積分が出来る。
これこそが複素解析のトリックとも言えるんでしょうか。
この経路の積分での原点周りの収束や解析性は何ら問題はない。極での解析接続にはこうしたトリックを使うんだね。
そして原点周りで反時計回りに一周し、僅か少し下を辿ります。
ベルヌイ数の公式もこういう極周りの周回積分から得られるらしいですが、見事なトリックとしかいいようがないですね。