masumiノート

何を書こうかな?
何でも書こう!

ガソリンスタンドのひとこま

2011年01月07日 | ガソリンスタンドでの出来事

「暮れに一台はスタッドレスに交換してもらったけど、又、雪が降ってきたし、もう一台のもやっぱりお願いしたいんだけど何時頃行ったらいいですか?」とSさんからお電話。
「じゃあ、お昼すぎは如何ですか?」
ということでお昼一番にご来店くださいました(^^)



夏タイヤを外します。(白く写っているのは雪です)


チェンジャーでの組替え作業です。


バランサーでバランスの調整をします。OUTERが20gと出ています。


タイヤを洗いながら空気の漏れが無いかなどチェックします。


表側もネ♪


バルブからの漏れが無いかもチェック☆


「これで安心出来るわ、ありがとう^^」
タイヤ交換等の作業は感謝されることが多くて・・・恐縮です(≧▽≦*)!!

昨日はタイヤ入替えが3台立て続けにありまして・・・感謝です(*'-'*)


社会保障制度

2011年01月06日 | ニュースから一言二言

「公的医療保険はあてにならない」の嘘!使わないと大損する健康保険の裏ワザ(ダイヤモンド・オンライン) - goo ニュース

「健康保険があてにならないから、民間の医療保険に加入している」

 連日、テレビから流れる生命保険会社のコマ―シャルの影響か、近年、こうしたことを思う人が増えているようで残念でならない。

 生命保険文化センターが発表した「平成19年度生活保障に関する調査」によると、公的医療保険(健康保険)の給付内容について、「充実している」と答えた人は21.8%。これに対して、「充実していない」と答えた人は57.8%にも及ぶという。しかし、こうした調査結果が、そのまま健康保険の保障実態を表したものとはいえない。そもそも、健康保険と民間医療保険は、その性質がまったく異なるものだ。

 国の制度である健康保険は、健康状態に関係なく、健康な人も病気の人も誰でも差別なく加入できる。そして、所得に応じた保険料を支払い、病気やケガをしたときは、治療に必要な医療そのものが提供される。

 一方、民間の医療保険は、健康状態によっては加入を断られることもあり、誰でも入れるわけではない。保険料は、病気やケガをする確率に応じて異なり、一定条件を満たした場合にのみ現金が給付される。給付金を支払うかどうか決めるのも保険会社なので、病気やケガをしても必ずしもお金が受け取れるわけではない。

 さらに、健康保険は医学の進歩とともに受けられる医療が変わっていき、安全性と有効性が認められれば新しい治療も受けられるようになる。しかし、民間医療保険は、原則的に時代が変わっても保障内容は契約当時のまま。医療の進歩や医療制度の変化には対応できず、保障は非常に限定的だ。

 こうした違いを冷静に判断すれば、病気やケガをしたときに本当にあてになるのがどちらなのかは考えるまでもないだろう。それなのに、前出のような調査結果がでるのは、保険会社の宣伝のみを信じて、健康保険の保障内容を調べもせずに実態のない不安を膨らませている人が多いためではないかと筆者は考える。
2011年1月6日(木)08:40

・・・・・・・・・・

使わないと大損する・・・なんていう題の付け方はちょっと変だと思うけど(^^;

「国民年金が当てに出来ないから掛けていない。その代わりに●●生命の個人年金に加入している」と言った人も居ましたけど、
先ずは公的なものが基本(土台)で、民間のものは経済的に余裕があれば「足す」と考えた方が無難です。

参考
http://www.kokumin-nenkin.com/knowledge/hikaku-1.html
http://kojinnenkin.sblo.jp/category/134977-1.html


だけど・・・

健康保険については、こんなニュースもありましたね。
国民健康保険料が払えない:09/01/15(その2)


無保険の子供達
http://www.chugoku-np.co.jp/Syasetu/Sh200811220120.html

年金暮らしのお年寄りや失業中の世帯だけでなく、今の雇用情勢の中、低賃金で働いている若者も多いと思います。
保険料が払えなくて健康保険に加入できず医者にも診てもらえない。
そんな人たちがこの国には居るという現実・・・

「政治と金」よりも、他に大事なことがあると思います。

「消費税に政治生命」と言った管首相
翌日には仙石官房長官が「危機感がそこまで深いと認識」と予防線。。。

日本の政治は全てがこんな調子ですね・・・

「政治と金」よりも「国民と金」の問題の方を先に解決して欲しいな。


孤族の国の先に見える希望

2011年01月04日 | ひとり言

<ご縁ありまして。>/2 「一緒にごはん」が温かい
http://news.goo.ne.jp/article/mainichi/life/20110103ddm013040035000c.html

2011年1月3日(月)18:00
 ◇16~97歳、約50人が暮らす福祉施設

 夕暮れ時、厨房(ちゅうぼう)からみそ汁や煮魚の懐かしいにおいが漂い始めると、食堂は少しずつにぎやかになる。知的障害の男性がお茶をいれ、体の不自由な高齢者に差し出す。傍らでマニキュアをした少女が携帯メールを打ちながら、はしを口に運ぶ。

 東京都福生市。在日米軍横田基地近くの住宅地にある4階建ての「ウィステリア福生」は、16歳から97歳まで約50人が共に暮らす複合福祉施設だ。2階に知的障害者、3階に高齢者、4階には虐待などで家にいられない10代後半が住む。

 1階にはみんなが集う食堂がある。日々の生活は個室でも「ごはんは食堂で食べよう」がモットー。食後は大きなテレビの前のソファに座り、寝るまでの一時を過ごす。「においで今夜のおかずが分かる。仲間がいる。命ある間は、あったかい場所にいてほしい」と、運営するNPO法人の志茂新子さん(62)は言う。

 夫が住職を務める寺で、志茂さんは遺影も参列者もない葬儀を数え切れぬほど見てきた。身元不明の自殺者、産み捨てられ凍死した赤ちゃん。葬儀後、残った財産だけ取りに来る親族もいる。「人の最期がこれでいいのか」。行き場のない人たちとの出会いを重ねるうちに、ウィステリア開設にたどり着いた。

 オープン当初は「若い子がお年寄りをいじめはしないか」と心配もされたが、取り越し苦労だった。何度も門限を破り、職員が注意しても反発するばかりの少年が、高齢者に「みんなで飯食おうよ」と声をかけられ、早く帰ってくるようになった。「タトゥー(入れ墨)を入れたい」「キャバクラで働きたい」。そんな話を聞くたびに、お年寄りたちが人生を語る。

 「血のつながりがすべてじゃない」との思いを、志茂さんは日々深くする。

 髪をオレンジに染めたみわさん(19)がやって来たのは、設立から6年が過ぎた09年の秋だった。

 物心ついたときから児童養護施設にいた。小6で両親の元に帰ると、母は何かにつけみわさんを殴った。警察に駆け込み、再び施設へ。定時制高校に進んだが中退し、施設を出ざるを得なくなった。「お母さんとやり直せるかなあ」。いくら考えても、家に戻るのは無理だと思った。

 児童福祉司に紹介されてここに来たときは「疲れ切っていた」と振り返る。人を信じられず集団になじめない。4階の自室で昼夜逆転した生活を送り、他の入居者とは口を利こうとしなかった。

 でも1階に下りていくうちに、あいさつを交わすようになった。無言でご飯を食べていると「おいしい?」と知的障害のある女性が声をかけてくる。認知症のおばあさんが笑顔で手を振ってくれる。食堂にいる時間が少しずつ長くなった。

 そこにはいつも、みんなに「福ちゃん」と呼ばれている福島さん(59)がいた。腎臓病と分かり、行政のすすめでここに入居した。痛む右ひざをかばいながら、体が不自由な人たちのお盆を下げ、食べこぼしてしまう人のエプロンをたたんでいた。

 福島さんは20代で両親を亡くし、独身で兄弟も既にない。会社の移転で長く勤めた仕事を失い、生活保護を受けてアパートで1人暮らしをしていた。ところが数年前、部屋で急に体が動かなくなった。偶然訪問したケースワーカーが救急車を呼び、一命をとりとめた。「一人は怖い」。初めてそう思った。

 みわさんは自立の準備としてアルバイトを始めた。でも人間関係が苦手で、どこも1、2カ月しか続かない。福島さんは新聞の求人広告を見つけては、みわさんに渡した。

 「介護の仕事が向いてるんじゃない?」。お年寄りと笑い合う姿を見ていた人たちに言われ、みわさんは昨秋、高齢者支援のボランティアをやってみた。認知症の人は接し方が難しいが、毎日食堂でしてきたように向き合ううちに、気持ちが伝わるようになった。初めは抵抗があった下の世話も「ありがとう」の一言で前向きになれると気付いた。

 10月20日、面接を受けた特別養護老人ホームからパート採用の連絡があった。19歳の誕生日だった。

 「ただいまー」。午後7時前。仕事を終えたみわさんは食堂に駆け込み、今日も福島さんの隣に座る。「聞いて福ちゃん、ちょー仕事疲れたんだけど。今日おむつ交換習ったよ」。遅れた夕食をかき込みながら、一日の出来事を話す。福島さんは時折うなずき、静かに聞いている。

 パートでの3カ月間の仕事ぶりが認められれば、正職員への道が開ける。

 10代の若者は、20歳までにここから自立しなければならない。何度もくじけてしまったけれど「今度はきっと頑張れる」と思える。この家には、応援してくれる人たちがいる。【榊真理子】

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ここは福祉施設でもあり若者は20歳までにここから自立しなければならないけど、
どういう形態になるのかとか、今は考え付かないけど、
将来的には家族を超えた、コミニュティという家族(一つ屋根の下に暮すという意味の家族)の在り方を認めるべきときがくるのかも知れない。

でなければ、行政だけでは孤族を支えるのは無理だと思う。

 


謹賀新年

2011年01月03日 | 日記

明けましておめでとうございます。

今年のお正月は、昨年末から運転免許の更新の為に帰省していた息子とこうちゃんと三人で過ごしました(^^)
娘は仕事納めの翌日に帰省してきましたが「お正月は京都で彼氏と過ごすから」と、一泊しただけで京都に帰って行きました(^^;
年末は子供達もほったらかしで
お正月の買い物を頼んだりで申し訳なかったですが、久々に兄妹が顔を合わせることが出来たので母は嬉しかったです。

元旦は、心配したほどの積雪では無かったので息子とこうちゃんと三人で初詣へ行きました。
息子に撮ってもらった写真です。(公開は数日間だけにします)
※1月5日画像消去しました。

手水舎も凍っています。


おみくじを引きました。

3人とも、揃いも揃って『半吉』

半分だけ吉って何ですか~?(笑)

33歳まで大吉しか引いたことが無かったmasumiさんですが、34歳以降、小吉とか末吉とか・・・そんなんばっか(^^;

「調子に乗らずに神仏を念じて励みなさい」ということのようです。
確かにお調子者ですからね(汗)

「あんたが小1のときに生まれて初めて引いたおみくじは大凶やってんで」と息子に話すと
「え?ぼくが?生まれて初めて引いたのが?大凶?!それ、逆に凄いよね!」と喜んでおりました(^v^)

そんなこんなで、この一年も元気で楽しく過ごせたらと思うmasumiさんなのでした(笑)


ということで、
本年もどうぞよろしくお願い申し上げまするm(_ _)m