2001年9月1日(土)
B・B・キング「ライヴ・イン・クック・カウンティ・ジェイル」(MCA)
ひさしぶりに、ピュアなブルースを一枚。
キング・オブ・ザ・ブルース、B・B・キングはまた、ライヴの王者でもある。
彼は一年の半分はツアーに出て精力的にステージをこなすという生活を、何十年も続けてきている。
当然、ライヴ盤も他のブルースマンに比べて、ずば抜けて多い。
「ライヴ・アット・ザ・リーガル」(65年発表)を代表格に、「ブルース・イズ・キング」(67年)、初来日時の「ライヴ・イン・ジャパン」(71年)、ボビー・ブランドとの共演ライヴが2枚(76年)、故郷での凱旋ライヴ「ナウ・アピアリング・アット・オール・ミシシッピ」(80年)、東京で日本のミュージシャンと共演した「B・B・キング・アンド・サンズ」(90年)などなど、枚挙にいとまがない。
しかも、いずれも名盤との評価が高い。
そんな中でもちょっと異色なのがこの「ライヴ・イン・クック・カウンティ・ジェイル」である。
なにしろ、「塀の中での」ライヴなのだから。
1970年9月10日、シカゴのクック・カウンティ・ジェイルつまり刑務所でのライヴ録音。
2000人余りの囚人たちを聴衆として、繰り広げた演奏なのである。
しかもただの慰問公演ではない。刑務所機構改善を推進する市民グループの要請で、彼が一役かうことになっての登場だという。
当時のクック郡刑務所では、いろいろと規律の乱れがあり、また十分審理を受けられずに収監されている受刑者(大半は黒人)も多かった。
そういった問題をクローズアップしていくために、企画されたコンサートということになる。
まず「イントロダクション」では、女性担当官がMCをつとめ、コンサートの仕掛人である心理学者のムーア氏、主席判事のパワー氏を紹介するのだが、瞬間、囚人たちから一斉にブーイングや嘲笑がわき起こる。
そのシニカルな反応が、実に印象的だ。
そんな一種異様な雰囲気の中、BBが紹介され、さっそくステージはスタートする。
一曲目は皆さんごぞんじの「エヴリデイ・アイ・ハヴ・ザ・ブルース」。
当時のBBのステージは必ずこの曲から始まったという、きわめつけの定番曲である。オリジナルのメンフィス・スリムをはじめ、ローウェル・フルスンの歌でもおなじみのスタンダード。
このナンバーを、ジャジーなホーン・アレンジを加え、アップテンポで快調に飛ばすBB。
続いては、いきなり調子を変えて、スロー・ブルースの「ハウ・ブルー・キャン・ユー・ゲット」。
この切り替わりが実に見事である。なんともカッコよろしい。
「ハウ・ブルー~」は、BBが63年に初録音したナンバー。自分にろくすっぽ感謝もしない性悪女のことを歌っている。
フォードの新車を買ってやったら、あらワタシはキャデラックが欲しいのとぬかす、そういう女。
10ドルのディナー(作曲当時の物価水準から言えばもちろん高額)をごちそうしてやったら、あいつ「スナックどうもありがとう」なんて言いやがると憤慨するくだりは、特に有名だろう。
余談だが、SMAPのヒット曲「10ダラー」は、この曲にインスパイアされて書かれたんじゃないかな、なんて思う。
この歌詞が聴衆の共感をつかんだか、もう、大ウケ。BBのシャウトも一段と激しくなる。
次の「ウォリー、ウォリー」も、似たタイプのスロー・ブルース。まずは、ギターを思い切りスクウィーズさせてソロをキメるBB。
そう、このアルバム・ジャケット写真のような表情で弾いていたんだろうな。
そして、お得意のファルセットを交えつつ、目一杯ソウルフルな歌を聴かせてくれる。スゴい迫力だ。
さらには、曲の途中で歌をとめて、聴衆に語りかけるBB。まずは女性の聴衆(これが結構人数がいるようなのである)に、男とのつきあい方について、饒舌に説くのである。
すぐさま客席から、熱い反応が返ってくる。それを聞き、さらに熱弁をふるうBB。
続いては、男性の聴衆に対しても、女ごころとはどんなものか、とうとうと喋り続ける。
男たちも、深く共感するところがあるのだろう。最初のシニカルなムードなどどこへやら、BBの呼びかけに積極的に応え、ステージと客席との一体感は更に高まっていく。
こうした、「プリーチ」(説教)とも言われている観客へのMCは、彼のステージの大切な要素なのだ。
語りかけ、レスポンスがあり、また語りかけ、アオり、しっかり心をつかむ。このやりとりによって、ライヴの熱気はいやが上にも上昇する。
ショーマンシップの極上のお手本のようなステージに、シンガーの端くれである筆者もまだまだ修行が足りないなという思いを新たにした。
実際、聴衆の気持ちの「つかみ方」において、BBを超える達人はそういるまい。
さて後半戦。「スリー・オクロック・ブルース/ダーリン・ユー・ノウ・アイ・ラヴ・ユー」を続けて演奏。
スロー・ブルース「スリー~」は51年初録音、彼が世に認められるきっかけとなった、記念すべきヒット。
「エヴリデイ~」と同じくフルスンの重要レパートリー。BBはフルスンを高く評価し、リスペクトしており、カヴァーも何曲かある。
「ダーリン~」はR&Bのバラード・ナンバー。彼の得意とするジャンルのひとつだ。ハードにメリスマをきかせるだけでなく、ときには甘い声でささやくように恋を歌う彼もなかなかグッド。
続く「スウィート・シクスティーン」で、場内はさらに盛り上がる。もちろん、BBの十八番、60年の大ヒットである(全米R&Bチャート2位)。オリジナルはジャンプ・ブルースの名シンガー、ビッグ・ジョー・ターナー。
トレード・マーク、ES-345のシャープな音色が最高だ。気合い十分のソロが冴え渡る。もちろん、BBの全身からしぼり出すようなシャウト、ファルセットも最高にごキゲン。
その興奮もさめやらぬうちに、「スリル・イズ・ゴーン」でステージはクライマックスを迎える。もちろん、BB最大のヒット。当時の先端であったファンク・ビートにのって、快調なヴォーカルを聴かせてくれる。
ラストは、過剰な興奮を鎮めるかのように、ソフトなミディアム・テンポのバラード「プリーズ・アクセプト・マイ・ラヴ」で締めくくり。この歌もまた、BBの内なるソウルの熱さを感じさせるいい出来で、シミジミとしてしまった。
一般に彼のライヴの最高傑作は「ライヴ・アット・ザ・リーガル」だということになっているが、このライヴも負けず劣らず素晴らしい。
それはもちろん、当時四十代半ば、声もギター・プレイも一番脂がのっていたBBの、ベストな演奏が収められたということもある。
が、コンサートのもう一方の主役である、聴衆のほうも実にいいレスポンスを見せてくれている。
考えてみれば、彼ら囚人ほど「ブルース」な状況にある人たちもいない。最もよくブルースの心を解する人たちだと言えるだろう。
「毎日毎日がブルース」とは、まさに彼らのためのテーマ曲である。
世界最高のブルースマン、そして最もブルースを解する人々の「出会い」がこの傑作ライヴ盤を生み出したといって、間違いあるまい。
「王様」と「囚人」、立場のまるきり違う人たちだが、ブルースという「絆」によってしっかりとひとつになったこの瞬間を、ぜひ感じとっていただきたい。